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甘い囁き、不敵な眼差し
中央に煌めくシャンデリアが、ダークブルーを基調とした空間を照らし出す。 ビンテージウッドを敷き詰めた床や、無造作に飾られた趣味の良いアンティークの調度。 人々のざわめきに溢れ、着飾った淑女達が、まるで色とりどりの蝶のように、心地よい泡沫の蜜を与える男達と戯れる。 そんな、きらびやかという言葉を絵に描いたような店内を見渡す視界の端に、男の姿がちらりと見えた。 男もこちらの視線を感じたのか、一瞬目を合わせ、にこりと笑いかけてくる。 その視線に、未だ鼓動が落ち着かなくなるだなんて、少々癪に障るから本人には決して教えてやらない。 男は手馴れた仕草で華やかな香りを纏った女達の腰に腕を回し、優雅な流れで正面のボックス席までエスコートする。 美しく装った客達の中心でシャンパングラスを合わせ、より長くその視線を惹き付けようと競うように話題を向ける女達をサラリとあしらい、男は艶やかに笑っている。 その見事なまでもの優雅な笑顔と振る舞いは、たとえそれが営業用の演技だと分かっていたとしても、彼女達は錯覚してしまうのだろう。 この笑顔は今、自分だけに向けられている、と。 「胡散臭い・・・。」 思わず呟いて爪を噛む。 しかし、そう思いながらも、ついついその姿を追ってしまうのだから、自分はもう末期なのかもしれない。 女性客の一人が、バックから取り出した小さな箱を男に手渡した。 男は、それに大げさに驚いて見せ、女の手をとると優美なしぐさで手の甲に口吻けた。 客は整った顔の男に手を取られたままじっと見つめられ、上気した顔に蕩けたような表情を浮かべている。 そんな女の表情に満足したのか、男は追い討ちを掛ける様に、客の肩に腕を回し、耳元に唇を近付け内緒話でもするかのように何やら囁いた。 女はくすぐったそうに首を竦め、それでも頬を染め、嬉しそうにころころと笑う。 そんな女の肩を抱いたまま、男は不遜な笑みを浮べ、視線をこちらに向けた。 こちらがずっと見ている事など分からない筈なのに、何故か明らかに挑発されていると感じる視線が絡みつく。 「あンの野郎・・・・」 血管が2・3本ブッ千切れた音がする。 俺は、その感情のまま、すぐに行動に移した。 *** コンコンと数回ノックの音。 「はい」 「失礼します。」 不機嫌も露な俺の返事にも臆する事無く、爽やかな笑顔でドアを開けたのは、この店のナンバー1ホストであるコンラート・ウェラー。 ヤツは、俺の表情と間逆な上機嫌な笑顔を浮かべたまま、真っ直ぐに俺に向かって歩いてくる。 「オーナー、お呼びですか?」 「お呼びですか、じゃねーよ。」 「おや、豪く不機嫌ですね。」 俺のデスクの端に尻を乗せ、持て余した脚を組んだコンラートは、片手を付き、グッと上体を傾けて、椅子に踏ん反り返って座る俺の顔を覗き込んだ。 「あんたなぁ・・・・、絶対わざとだろ?」 俺の大げさな溜息に、目の前の男はヒョイと肩を竦めるが、相変わらず上機嫌な笑顔がムカつく。 「何がですか?」 「すっ恍けんなよ!わざと俺に見せ付けやがって・・・・。」 俺の台詞に、視線を部屋の窓に移し、コンラートはそこから見える店内の様子に、くつくつと楽しそうに笑った。 そう、この窓は、店の中からは装飾の施された鏡にしか見えないが、実はこの部屋から店内の様子が伺えるようになっているマジックミラー。 それが分かっていて、この男は、有閑マダムの手を握りながら、こちらに向かって挑発的な視線を送って来ていたんだ。 「オーナー、ご覧になって頂けてたんですか?俺があなたの為に一生懸命働いてるところを。」 「俺の為?あんたの趣味じゃないの?」 「まあ確かに、ご婦人に素敵な笑顔を浮かべて頂けるこの仕事は、嫌いではないですけどね。」 「ほらみろ。」 「でもね、そんな俺の仕事で、あなたの店の役に立てる。その事が何より、俺にとっての一番の幸せなんですよ。」 そう言って、まるで壊れ物を扱うかのように俺の手を包み込み、ゆっくりと手の平に口づける男。 「そうやって、さっきはお客さんから何か貰ってたよな。」 「ああ、これですか?」 ジトリと睨みつければ、俺の手を握ったまま、コンラートは上着のポケットから高級ブランドのロゴ入りの箱を取り出し、無造作にデスクの上に置いた。 「ヨーロッパ旅行のお土産だそうです。」 「お土産に高級ブランドの時計か。やるねぇコンラッド、さすが当店ナンバー1ホスト。」 「ええ、常にあなたの一番でありたいですからね。あなたの為なら何でもやりますよ。」 俺の皮肉攻撃も、やんわりとした笑顔で交わされてしまう。 今一歩、攻撃力に欠けたようだ。 「・・・・それも営業用の台詞?」 「まさか!俺は、あなたには、いつだって真剣ですよ。」 心の底から心外だと言わんばかりの顔で、コンラートは否定し、握っていた俺の手を返し、今度は手のひらに口吻けた。 「手の甲への口吻けは、貴人への敬愛の印。でも、手の平への口吻けは懇願の想い、そして、手首ならば欲望の証です。俺を、信じて・・・・。」 何度も、何度も、手首に感じるコンラートの唇と共に、熱を持った瞳で問われれば、もう俺の理性など霧散してしまうのは致し方ないことで・・・・。 コンラートの手が、俺の髪に掛かり、ゆっくりと頬に滑る。 ギシッとデスクが軋み、吸い寄せられるかのように、甘い顔が近づいてくる。 「ダ、メ・・・仕事中。」 コンラートの動きが一瞬止まった。 でも、すぐに悪戯な指先が、俺の唇を撫で、そっと分け入ってくる。 「ホントに?」 ジッと、反らされる事なく覗き込んでくる瞳に輝くのは、銀の虹彩。 あぁ糞! もう俺はこいつの術中にハマって、この瞳を拒むことが出来なくなっちまってる。 そう、俺の為だとか、なんのかんの言ったって、こいつの天職はホストなんだよ。 悔しいけれど、コンラートが店に居るときから、もうその瞳に囚われて、気が付いた時にはもう手遅れで、俺は良いように操られてるってこと。 我が身をもって実感する、俺は、そんなナンバー1ホストを雇ってるオーナーであって、唯一、彼のホントの愛を受け取る恋人。 「誰か入って来るかも・・・」 「鍵は閉めました。」 「あっそ・・・」 呆れ顔の俺に蕩けるような笑顔が近付き、笑ったまんまの唇が俺の唇と重なった。 最初は軽く。 しだいに深く、熱く。 指先で首筋を撫でられ、ゾクリと身体が震える。 「・・・・・・・・一時間だけ、だかんな。」 「オーナー命令だから、とりあえずは仕方ないですね。」 「こんな時に、オーナーって呼ぶな!」 「はい、ユーリ。」 涼しげな瞳を細め、コンラートの唇がニヤリと不敵に笑みを象る。 ホストクラブ『Satanic Lion』のナンバー1ホスト、コンラート・ウェラーの本気の口説き攻撃に翻弄されながら、俺はまた、心地よい彼の仕草に流されるまま、ゆっくりと瞳を閉じ甘い言葉を紡ぐその唇を待ち受けた。 ホストな次男でお祭り開始v 確信犯な次男が大好きなんですww okan (2010/03/10) |
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