Emerald Isle

肌色表現注意!



 コンラートが初めてその店を訪れたのは、彼の勤めるホストクラブの常連客との所謂アフターだった。
 客は外食チェーンを全国的に展開する企業の女社長で、40代半ばだが独身で、高級サロンで念入りに手入れされた艶やかな肌は、まだまだ30代で通りそうな程若々しく見えた。
 そのくせ傲慢なところは無く、仕事からの気分転換だと店では豪快に遊び、店の外でのコンラートとの付き合いも変な独占欲などは出さず、まるでスポーツを楽しんでいるかのようなドライな関係で、コンラートにとっては気を使わなくて済むかなりの上客であった。

「貴方ほどセクシーな男は居ないけど、将来有望で綺麗な男の子が居るのよ。」

 そう言ってウエーブを作る豊かな長い髪を揺らし、艶やかに笑った女に連れられて入った小さな雑居ビルの地下にあるバーのカウンターの中に、彼は居た。
 テーブル席を断る彼女の腰に手を添えて、深夜を過ぎた時間なのに程よく混んだ店の一番奥のカウンターまで進み二人並んで腰掛ける。
 すっとでしゃばり過ぎない人の気配を感じコンラートが視線を上げると、目の前に彼が立っていた。
 まだ二十歳を過ぎたばかりだろうか。
 今時の若者には珍しく黒いままの艶やかな髪と、少し長めの前髪から覗く漆黒の瞳は大きく魅力的で、照明が控えめに落とされた店内でも分かるほどその凛として清楚な立ち姿は美しく際立って見えた。

「いらっしゃいませ。今日は何をお作りいたしましょうか?」

 営業用なのか薄っすらと笑顔を浮かべたその声は、まだまだ若さの残るものだった。

「そうねぇ、私はレッド・ライオンを頂くわ。」
「ジンを少し多めに、ですね。」
「ええ、その通りよ。」
「かしこまりました。」
「コンラートもカクテルにしたら?彼はその人の雰囲気や好みに応じてカクテルをアレンジしてくれるわよ。」
「じゃあ俺も何かカクテルを。あっさりとしたものが良いんですがお勧めはありますか?」

 コンラートの問いに、彼はこちらに視線を移した。
 絡まる視線。
 それはほんの1秒にも満たない短い時間。
 けれどコンラートは、一瞬だけ交わった透明なその瞳に、深く引き寄せられる気がした。

「アルコール度数が少し高くなっても宜しいですか?」
「ええ大丈夫、彼なら平気よ。」

 自分が聞かれたにも関わらず彼女が先に答えるのに苦笑しながら、コンラートは「大丈夫ですよ」と頷いた。

「では、グリーンアラスカなどいかがですか?ビーフィーター・ジンとシャルトリューズ・ヴェールをシェークしたカクテルですが。」
「シャルトリューズ・ジョーヌの黄色ではなくシャルトリューズ・ヴェールの緑色だから、アラスカではなくグリーンアラスカなんですね。」
「はい、仰る通りです。お客様はお酒に詳しいんですね。」

 それまで無表情で少し伏目がちだった彼の瞳が僅かに見開かれた。
 自分に真っ直ぐに向けられたしっとりと輝くその漆黒の大きな瞳に、営業用ではない柔らかな微笑みを浮かべたホストの顔が映っていた。

「仕事柄少し。ではそれを。」
「かしこまりました。」

 彼は静かに頷いて、カクテルグラスを取り出して準備を始めた。



***



「随分気に入ったのね。」

 コンラートが髪を拭きながらシャワールームから出てくると、部屋の大きな鏡の前に座っていた女がいきなり話しかけてきた。
 一見して高級だとわかるタイトなスーツに身を包み、下ろしていた髪を器用に結い上げながら、女は鏡越しにコンラートに笑いかける。
 ホテルの少しオレンジがかった照明に浮かぶその顔からは先ほどまであった甘さは消え、もうすっかり出来る女社長のそれに切り替わっていた。

「気に入ったって?ああ、グリーンアラスカですか。」

 コンラートの答えに一瞬瞠目し、その後すぐに彼女は呆れたように眉根を寄せる。

「とぼけたってダメよ。私を誰だと思ってるの?伊達に多くの人材を動かしてるんじゃないわよ。」
「失礼しました。」

 確かにフードビジネスでは優秀な人材確保が重要だ。
 そういう意味では経営者としての彼女の観察眼や手腕が尊敬できるものだと認識しているコンラートは、素直に詫び、膝を折って彼女の手を取りその甲に恭しく口吻けた。

「わかってるんでしょ?彼の事よ、バーテンの。」
「貴女が仰っていた将来有望で綺麗な男の子って、彼のことですよね。」
「そうよ。」
「確かに彼は美しい人でしたね。それに、夜の店に勤めているのにとても清浄な瞳をしていた。」
「貴方ったら、あの子にあんな笑顔を向けるんですもの。私に向けるのが偽物だって良くわかったわ。彼のこと、気になるんでしょ?」
「・・・・ええ、少し興味はあります。」
「少し、ね。まあ、今はそういう事にしといてあげるわ。」

 そう言って彼女は肩を竦め、コンラートの頬をその綺麗に彩られた指先でペチペチと軽く叩いてから立ち上がった。

「支払いは済ませておくから、貴方は朝までゆっくりしてらっしゃい。」
「ありがとうございます。今からお仕事ですか?」
「ええ、新しく展開する店舗の下見に行かなきゃいけないんだけど、今入ってるお店の営業時間が終わってからじゃないといけなかったから。じゃあね。またお店に遊びに行くわ。」
「お待ちしております。」

 胸に手を当て丁寧に腰を折って見送るコンラートに、ドアに向かい、そのノブに手を掛けた状態の女は不意に振り向いた。

「ああ、そうだ。あの子の名前教えてあげる。あの子、渋谷くんって言うのよ。」
「シブヤ・・・・・、ファーストネームは?」
「それは教えてあげない。私だってあの子を狙ってるんだから。」
「おや、そうなんですか?」

 コンラートの問いに、女は真剣なのか冗談なのか悟らせない表情でフフフと笑った。

「そうねぇ、貴方がもっと素直になったらその時は教えてあげてもいいかしら。でもその時はもう自分で聞き出してるでしょうけどね。」

 ドアを開けながら、女はまた楽しげに笑みを深める。

「勝負しましょう、コンラート。先にあの子を手に入れた方が勝ち。そして、もし私が勝ったら、3人で楽しいことしましょうね。」

 さりげなく危ない発言を残し、こちらの返事を聞こうこともせず彼女はドアの向こうに消えていった。
 奔放で、それでいて何もかも見通したような彼女の言動に、コンラートは若くして亡くなった遠い故郷の友を思い出した。
 どうやら自分はこの手の女性には勝てないらしい。
 気づいた事実に苦笑いを浮かべ、コンラートはもう一眠りしようと乱れていない方のベッドへパタリと倒れ込んだ。


***


 地下へ続く石作りの階段を下り、何度か通っている内にすっかり見慣れてしまったレトロな外観の木製のドアに手を掛ける。
 心地良いドアベルの音と共に店の中に一歩足を踏み入れると、流れるジャズの調べに混ざり、金属の無機質だがどこか心地いいリズムの音色が聞こえてくる。
 その音を辿ると、カウンターの中で渋谷と言う名のバーテンダーがシェーカーを振っていた。
 背筋をすっと伸ばし、キラキラと銀色に輝くシェーカーを振る姿は実に魅力的だった。
 その神秘的な瞳はまっすぐに前を見つめ、一度覗き込んだら誰もが引き込まれずにはいられない輝きを放っていた。
 コンラートは迷う事無く彼の前に座った。
 バーテンダーは出来上がったカクテルをグラスに注ぎ、少し離れたカウンターでうっとりとその姿を眺めていた女の前にそれをそっと置いた。
 その若い女に向ける彼の儀礼的な笑顔にさえ、むくむくと胸の焦げ付く感覚を覚えることに“少しの興味”の域を当に脱している自分の感情に気付き、コンラートはふっと苦笑を浮かべ知らず溜め息を漏らした。
 始めは本当に興味本位だった。
 深海を思わせるほの暗い店のカウンターの中で、卑屈な笑みを浮かべるでもなく、少し冷めた眼差しで凛と佇むその姿は、あえて自分を目立たなく装ってるかのようで、この夜の世界を生きる者の中ではかなり異質な存在だったから。
 そんな相手に執着めいたものを感じ始めたのは、いったい何がきっかけだったのだろうか。
 黒曜石の瞳に惹き込まれて、目を離せなくなってしまったあの時からだろうか。
 コンラートは流れるように動く綺麗な指先を見つめながら、ぼんやりと考えていた。

「いらっしゃいませ。」
「こんばんは。」
「今日は何をお作りしましょうか?」
「グリーンアラスカを。」

 初めてこの店に来た時に口にしたカクテルの味を思い出しその名を口にすると、「かしこまりました」とバーテンダーは軽く頷き、カウンターの背後の棚からショートグラスを取り出して丁寧にグラスを磨き始めた。
 次にジンやリキュールを正確な量で次々とシェーカーに注ぎ、氷を入れてしっかりと蓋をする。
 そしてシェーカーを振り、その中で氷の音が変わる微妙な変化を聞き分ける。
 そのしなやかな細い腕とは対照的な力強い動きはまるで魅惑的なショーのようで、コンラートはシェイカーを振る彼の姿をずっと見つめていた。

「どうぞ。」

 コースターの上に置かれた透き通る湖底を思わせるような碧色のカクテルの気泡と共に立ち上ぼる独特の芳香を確かめ、コンラートは一口それを含んでから満足そうに頷いた。

「美味いですね。」
「ありがとうございます。今日はお一人なんですね。」

 渋谷という名のバーテンと会うのは今夜で5度目だった。
 その内の2度はコンラートの店の常連客である女社長と共に訪れたので、彼の言う意味はその女の事を言っているのだろうと即座に理解できた。

「ええ、あの方は最近お忙しいようで、うちの店にもなかなかお起こしになりませんからね。今日の俺はプライベートで飲みに来ただけです。」
「ああ、そうだったんですか。」

 コンラートの答えと僅かに口元に浮かべた笑みは、彼の職業を暗に教えたようなものだったが、それにも関わらず、目の前の男がホストであるとわかった筈のバーテンダーは、侮蔑した態度をとるわけでも蔑視するでもなく、初めて対峙した時と同じで、その黒く透き通った瞳に何の変化も浮かべずコンラートを見ていた。

「俺がホストだとわかっても軽蔑しないんですか?」

 珍しく単刀直入な問いだとわかっていたが、コンラートは言葉を飾る事をやめ静かに問うた。
 彼の反応が気になるくせに平静を装う自分の卑しさと、そのあまりの余裕の無さに嗤いがでそうになる。
 目の前の青年はきゅっと音を立ててグラスを拭いていたが、不意にコンラートを挑発するかのような艶めいた笑顔を浮かべた。

「興味ありませんから。」

 それはホストに興味がないのか、客の仕事に興味がないのか。
 それとも、コンラート自身に興味がないのか。
 何も悟らせない瞳に、ぞくりと背中が震えた。
 何かに魅入られた瞬間というのは、こういうときのことをいうのだろう。
 嫌悪感からではなく、身体の奥から湧き上がる熱は、今のコンラートには酷く心地よかった。

「お名前を訊いてもいいですか?」
「これは失礼しました。渋谷と申します。」
「ファーストネームは?」
「・・・・・・秘密です。」
「どうしてですか?」
「秘密があればある程、人はその人が気になって仕方がなくなるものでしょう?」

 そう言って、彼は少し悪戯っぽく笑った。
 彼はこんな表情もできるのか。
 凛と冴えた美しさの青年に表情が生まれると、また違った印象になる。
 彼の纏うベールが一枚剥がされたようで、コンラートは眩しいものを見るかのように双眸を細めた。

「あなたには敵いませんね。でも、本当に気になって仕方がなくなってしまいましたよ。」

 そんなコンラートの言葉に、彼は何も言葉を返さず、ただ笑みを深めただけだった。
 静かにグラスに口を付ける。
 二人の間にゆっくりと流れる時間。
 その時、不意にコンラートの胸元で携帯が震えた。
 電話の着信を告げるそれに、コンラートは目の前の青年に軽く目礼して席を立った。
 一度店の外に出て仕事絡みの用件を2・3片付けてから席に戻ると、もうカウンターの中には渋谷という名のバーテンダーの姿は無く、 淵の黒い眼鏡をかけた白髪混じりの男に代わっていた。
 もう、帰ってしまったのか。
 もう少し彼の事が知りたかった、コンラートはそう思いながらグラスに僅かに残っていたグリーンアラスカを一気に飲み干した。

 会計を済まし地上へと続く石作りの階段をゆっくりと上がると、夜気に冷えて湿った空気が頬を凪いだ。
 ネオンが揺れる夜の街には、いつの間にか小雨が降っていた。
 大通りに出てタクシーを拾うまで本降りにならなければいいなと空を見上げていると、不意に頭上に傘が差し出された。

「天気予報見なかったの?」

 掛けられた聞き覚えのある声に視線を動かすと、あの黒髪の青年が立っていた。
 さっきまでの白いシャツに黒いベストというバーテンダーの定番衣装とは違い、今はベーシックな黒のVネックのカットソーに履き慣らしたブラックジーンズというラフな姿になっていた。

「もうお仕事は終わったんですか?」
「うん、そう。それより傘、持ってないんでしょ?」

 先程までと全く変わった口調にドキリとして思わず顔を見た。
 やはり別人ではない彼にもう一度傘を差し出され、傘を持っていないコンラートは「ありがとう」とその黒い傘を素直に受け取った。
 当然もう一本傘を広げると思っていた彼はそうせず、自然な仕草でコンラートの腕に腕を絡ませてきた。
 それに少し瞠目し青年の顔を覗き込むと「だってあんたの方が背が高いんだからそっちが待たないと歩きにくいだろ?」と当然のように告げられた。
 さきほどまでとまるで違う強い瞳の色で見つめられ、コンラートは困ったように笑い、「その通りですね」とその不思議な魅力を放つ瞳を見つめ返した。

「すぐに出てきたって事は、誰かと待ち合わせって訳じゃなかったんだね。」
「ええ。」

 コンラートは特に行き先を聞く事無く、シトシトと雨が降る街角を二人一つの傘でゆっくりと歩き出した。

「俺のこと、ずっと見てるよね。」

 確かにあれだけはっきりと見つめていれば本人に気付かれて当然だろう。
 コンラートはなりふりかまっていない自分に内心呆れるが、しかし、そのまま素直に認めてしまうのは一方的な自分の負けを認めているようで癪だった。

「あなたがシェイカーを振る姿は美しいですからね。」

 かなり言い訳臭いが、嘘は言っていない。

「そう?ありがと。でも、てっきり俺のこと見てるのかと思ってたのにな・・・・残念」
「え?」

 傘の上に鈍色の空から雨の雫が落ちてきて、ポタポタタッと不規則な雨音を奏でている。
 彼が何を言ったのかコンラートは即座に理解し、心の隅では嬉しいという気持ちもあるのだが、同時に不思議だとも思った。

「興味がなかったんじゃないんですか?」
「ホストっていう仕事は俺には出来ないって思うし、興味もないし。」

 肯定とも否定ともとれない返答。
 確証のない誘いだが、甘く魅惑的に湧き上がる期待がコンラートを揺さぶる。

「でも、あんたにエスコートされてる時のあの人が、いつもすげぇ綺麗に笑うから。そんなあんたにエスコートされるのって心地良さそうだなって思ってたよ、コンラッドさん。」

 その声は傘の中で反響し、柔らかく耳に届く。
 コンラートは、覗きこむように見上げてきた彼の顎に手を掛けた。

「コンラッドでいいですよ。でも、この状況であなただけ俺の名を呼ぶのは不公平ですね。」
「そう?」

 少し拗ねたように言うコンラートに、黒く大きな瞳が悪戯な猫のように細められた。

「あなたの名前を教えてくれますか?」

 彼はクスリと笑い、少し背伸びをしてコンラートの肩に手を置き、その耳元で自分の名前を囁いた。

「ユーリ・・・・、いい名前ですね。そして、もっとあなたが知りたくなった。」

 コンラートは柔らかく笑うと、傘を握り直し少し屈み込んだ。
 グッと傘が近くなり、互いの顔に影が落ちる。
 それを不思議そうに見上げた唇に、笑ったまんまのコンラートの唇がゆっくりと重なった。


***


 コンラートがネクタイをしゅるりと外し、ベッドの下に落としたのが始まりの合図だった。
 しびれるほど舌が絡み合わされて、息があがっていく。
 ユーリの身体から身にまとっているものをするりと取り除いていき、すべてを剥ぎ取ると改めてベッドに縫い付けたユーリの姿を見下ろした。
 細身の身体にはうっすらと無駄なく筋肉がつき、それを覆う白い肌もきめ細かく、ユーリはその全てが本当に綺麗な青年だった。

「コン、ラッド・・・・」

 まだ固くすぼまっている秘所をほぐしにかかる指に身をくねらせ、快感に溺れる顔で名前を呼ばれ、コンラートはぞくりと背を震わせた。
 カウンターの中で凛と静かな佇まいで立っていた彼が、こんなに艶めいた表情をするのだとは知らなかった。
 知ってしまえば、こんな顔はほかの誰にも見せたくないという独占欲が生まれる。
 その身体を抱いて自分のものにするだけでは収まらず、コンラートは余すところなく口吻けの雨を降らし、執着を示すように赤い鬱血のあとを残していった。
 しかし、それだけではまだ足らないと、コンラートの中の何かが叫んでいた。

「ユーリ、目を開けて俺を見て。」

 ゆっくりと閉じられていたまぶたが開き、真っ直ぐに見上げてくる闇色の瞳は欲情に濡れ、その色をひときわ濃くしていた。

「そんなに、じっと見れないよ・・・・」

 唇を尖らせてそう反論するユーリが可愛くて、ついコンラートは笑ってしまった。

「どうして? 恥ずかしいんですか?」
「この状況で恥ずかしくない奴なんていないと思うけど・・・?」

 目元を染め、潤んだ瞳でユーリはコンラートを睨み付けた。
 それはどこか艶めいていて、優しく包み込むように抱き合うより、彼の身体を激しく貪りつくしたいという激情にかられる。
 そう、これは沸き起こる支配欲。
 すぐに逸らしてしまうユーリの頬に手を当てて顔を固定し、コンラートは真上からじっと見つめた。

「ユーリ、それでも目を逸らさないで。しっかり俺を見て。」

 呟くようにそう言って指を抜き出すと、ユーリの様子を見ながら灼熱の塊となったペニスを少しずつ潜り込ませていく。
 身体を割り開くようにして侵入させたものを、最後にひときわ強く突き入れられると、ユーリの唇から甘い鳴き声が迸った。
 どこまでも真っ直ぐな漆黒の煌きに、今その身体を抱いている者の姿を焼き付けたい。
 美しくしなやかな肢体、快感に歪んでもなお美しい相貌。
 若さゆえに身体はどこまでも正直で、けれど彼が彼であることを一瞬たりとも手放さないその姿を、ずっと見続けていたいと強く思う。

「ユーリ・・・・」

 知ったばかりの名を愛しげに呼ぶと、ユーリはふっと柔らかく笑う。
 初めて見るその笑顔に、コンラートの心臓がトクンと大きく脈打った。

「笑える余裕があるなら、容赦はしませんよ。」
「あんた、媚びてる訳じゃないけど、客の女の前ではいつも控えめで静かなのに、意外と我が儘な抱き方するんだなって思って。」
「あなたこそ、お店ではいつも清楚な佇まいなのに、ベッドの中では情熱的だ。」

 コンラートもどこか楽しそうにユーリに笑いかけた。

「そんな恥ずかしいこと言えるなんて、さすがあんたホストだよ。」
「ホストじゃなくても、あなたにならいくらでも言葉を尽くしますよ。」
「もう充分・・・・・、それより、動いて」

 ユーリの少し冷たい指が、そっとコンラートの裸の背中を滑っていく。
 コンラートはユーリの言葉にくすりと笑うと、その唇に軽く口づけを落とし、激しく腰を揺らしはじめた。


***


 シティホテルの最上階のバーは落ち着いた雰囲気で、薄暗い店の中央に置かれたピアノから静かな音色が流れ、耳障りにならない程度に店を飾っていた。
 カウンターの奥では初老のバーテンダーが、グラスを一つひとつ丁寧に磨いている。
 存在感のあるがっしりとしたカウンターの前にコンラートが座ると、そのバーテンダーはすっと顔を上げた。

「グリーンアラスカを。」

 コンラートの声に頷き、バーテンダーはずらりと酒瓶が並んだ背後のボトル棚から迷うことなく数種類のボトルを選び、次々にシェーカーの中に注いでいく。
 心地よいシェーカーの音の後、碧色の液体がショートグラスに注がれた。
 コンラートの目の前にグラスを置くと、バーテンダーは何も言わずまたグラスを磨き始めた。
 グラスを目の高さに持ち上げ、その色を愛でた後グラスを傾けた。
 口に含んだ瞬間、深い味わいとハーブの独特の香りが口の中に広がり、それと同時にあの夜のユーリの艶めい瞳が目の前に浮かんだ。
 襲う胸の痛みに思った以上にダメージがあった事に愕然とし、コンラートは知らずと苦い笑いを吐き出した。

「随分それが気に入ったのね。それともあの子を思い出してる?」

 コンラートはその問いには答えず、自分をこの場所に呼び出した人物に視線を向けた。

「私にはレッド・ライオンを。ジンを少し多めにね。」

 問いかけた方も答えを期待していなかったのか、コンラートが初めてあのバーに行った時と同じカクテルを注文し、女は待ち合わせの時間に遅れた事を詫びるでもなく彼の座る隣の止り木に腰掛けた。

 あの雨の夜、互いの熱を吐き出しあって眠りに落ち、次の朝コンラートが目覚めるとホテルの部屋にユーリの姿はなく、またね、と一言だけ書いたメモだけが残されていた。
 携帯番号もメールアドレスも書かれていないそれにコンラートは一抹の不安を覚え、その夜仕事を終えてすぐユーリの勤めるバーへ足を向けたが、そこで聞かされたのは「彼は昨夜でこの店は辞めた」という言葉だった。

「貴方でもそんな顔するのね。」

 オレンジ色のカクテルで満たされたグラスを口元に運びながら女は微笑んだ。

「どんな顔ですか?」
「ん?迷子の子供みたいな顔。」
「迷子、ですか・・・・、あながち間違っていないかもしれませんね。」

 コンラートは女の言葉に少し考える素振りを見せたが、すぐにくすりと笑った。

「でも・・・・、俺は信じてるんですよ、彼のまたね、って言葉を。」

 一瞬、女の瞳が大きく見開かれた。
 そして、すぐにくすくすと楽しそうに笑い出した。

「コンラート、貴方ホストクラブの支配人にならない?」
「え?」

 突然もたらされた脈略のない言葉に、コンラートが目を見開くと、彼女は今までの無邪気な笑顔を一転させ、ビジネスの話を進める経営者の顔になった。

「今度私が新しくオープンさせるホストクラブのホスト兼支配人よ。」
「俺が、ですか?」
「そう。その店を貴方に任せたいの。」
「しかし・・・・」

 確かにホストの仕事はいつまでも出来るものでは無いとコンラートもわかっているが、話が唐突過ぎて素直に受け入れることが出来ない。
 コンラートはじっとカウンターの上で煌めくエメラルドで満たされたカクテルグラスを見つめた。

「貴方の仕事ぶりと人を惹きつけるカリスマ性は素晴らしいって思っていたから、ずっとビジネスパートナーになりたいと思ってたのよ。」
「それは買い被り過ぎですよ。」
「いいえ、私は無駄にホストクラブ通いしてるんじゃないのよ。きっと貴方とのビジネスは上手くいく。多分セックスより相性が良いと思うわよ。」

 女の明け透けでいて微妙な言い回しに、コンラートは思わず苦笑を浮かべた。

「素敵な店になるわ。心地よい空間を作りエスコートをしてくれるセクシーなホストと・・・・・」

 そこで言葉を切り、彼女は意味深な笑みを作りコンラートを見つめた。

「客の好みに応じた上質なカクテルを作ってくれる、綺麗で魅力的な年若きバーテンダーが居るんだもの。」
「まさか・・・・」
「言ってたわよねコンラート、私もあの子を狙ってるって。ああ、誤解の無いように言っておくけど、私があの子を狙ってたのは新しい店のバーテンダーとしてよ。恋愛のパートナーじゃない。」

 瞠目するコンラートに、女はまだ楽しそうに微笑んでいる。
 そしてすっと横に身体をずらすと、いつからそこに居たのか、女の隣に座っていた人物が、悪戯が成功したとでもいうように楽しそうに笑いながら顔を現した。

「こんばんは、コンラッド。」
「ユーリ・・・・」
「ほら、この勝負は私の勝ちよ。だから貴方はこの話を断れないわよ。約束したでしょ?私が勝ったら3人で楽しいことしましょうって。3人で作っていく新しいお店は、きつと楽しいわよ。」
「ええ、どうやら俺の完敗のようですね。」

 コンラートは半ば呆れて肩を落とし、タメ息混じりにそう呟いた。
 それに満足げに頷いて立ち上がり、彼女はコンラートに向って右手をすっと差し出した。

「貴方と仕事ができて嬉しいわ。」

 コンラートも立ち上がり、差し出された女の手を軽く握り返す。

「こちらこそ。よろしくお願いします。」
「じゃあ、私は打ち合わせがあるから失礼するわ。詳しいことはまた後日連絡するわね。」

 忙しい女社長を見送る為に、ユーリと共にとりあえずバーを出た。
 エレベーターホールでエレベーターの到着を待っていると、彼女は「見送りはここまでで良いわ」と二人に振り返った。

「それと、これは私から新しい店の支配人とバーテンダーへの前祝い。」

 そう言って華やかに笑いながら彼女がコンラートに手渡したのは、このホテルのルームキーだった。

「私はビジネスパートナーとは寝ない主義だけど、社内恋愛は禁止してないから。今夜は二人でゆっくりしていって。」

 言い終わると同時にくるりと踵を返し、二人の新しい雇い主はエレベーターの扉の中へあっという間に消えていってしまった。
 やはりこの手の女性には勝てないようだ。
 コンラートが呆気に取られてその後姿を見送っていると、すぐ横でくすくすと楽しそうに笑う声が聞こえてきた。
 苦笑いを浮かべて視線を動かすと、ユーリが笑みを浮かべたままコンラートを見上げていた。

「驚いた?」
「ええ、とても。」
「悪戯成功だな。」
「見事にやられましたね。」

 ニヤリと不適に悪戯っぽく微笑むユーリに、コンラートも釣られて微笑んでしまう。
 静かな廊下には、楽しそうに笑う二人の笑い声が響いた。
 見上げる瞳と見下ろす瞳が絡み合う。

「怒ってる?」
「いいえ。」
「また会えただろ?」
「ええ、信じてましたから。」

 しばらく二人は見つめあい、やがてコンラートはそっと身を屈めユーリの耳元に唇を寄せた。
 そして、ユーリにだけ聞こえるように小さく呟く。

「ユーリ、社内恋愛してくれますか?」

 そう言って、コンラートの言葉に楽しそうに弧を描くユーリの唇に、そっと唇を重ねた。
 唇が離れたとき、ユーリから返された答えは、もちろん“YES”だった。





※『Green Alaska・グリーン・アラスカ』
(ドライ・ジン=45ml:シャルトリューズ・ヴェール=15ml)
あっさりとして飲みやすいカクテルだが
非常にアルコール度数が高いので飲みすぎには要注意!
別名『Emerald Isle』




第三者がかなり出っ張ってしまいましたが、これはコンユだと言い張ります!
あんま甘くないけど・・・;;;
ホストである次男はかっこいいハズなのに、あたしが書くとどうもヘタレた男になってしまいますねぇ。(苦笑)
かっこいいホスト次男ってどうやって書くんでしょうか・・・・?ww


okan
(2010/06/02)


【Emerald Isle・オマケ】

「ねえユーリ。」
「何?」
「あなたは、その人の雰囲気や好みに応じてカクテルをアレンジしてくれるんですよね?」
「うん、そうだよ。」
「ではなぜ、俺が初めてあなたと会った時、俺にグリーンアラスカを出してくれたんですか?」
「う〜ん、それはさぁ、あんた見てて、なんとな〜く爽やかだけど実は寒いオヤジギャグとか言いそうだなぁ〜とか思って。」
「そんなはずがアラスカ」
「・・・・・・ごめんコンラッド、俺あんたの為にアラスカンブリザードってカクテル考えるよ。」


上質なジョークとカクテルが貴女を迎える
      ホストクラブ“Emerald Isle”へようこそ・・・・

NEO HIMEISM