占いメール   (ホラー掌編)

 それは占いの結果らしかった。
『本日は水難の相がでています。レインコートをお忘れなく』
 ケータイに届いた、差出人不明のメール。送り主のアドレスが空白であるその奇妙なメールには、ただ文字だけが書かれていた。他には何の記載もない。
 新手の広告には見えない。では、送る相手をまちがえたのか。
 何にせよ、迷惑メールの一つにすぎない。私はそれを、放置することにした。
 その日は降水率30%で、もともと自宅にはレインコートなどを常備していなかったから、メールの内容は無視した。結果として、私は後悔することになった。
 小雨は降るし、建設現場付近の道を歩いていたら、大きな水たまりができていたらしく、すれ違った車に盛大に水をかけられてしまったのだ。
 偶然に違いないが、水難に遭ってしまった。

 次の日も、またその次の日も、「占いメール」は届いた。
 やはり内容は、占いの結果しか載っていなかった。
 二日目。『本日は地難の相がでています。歩くときには穴にご注意』
 穴とはどんな穴だろう。落とし穴でもあるのかと笑っていたら、ヒールが何かに引っかかって転んでしまった。マンホールの小さな穴に、ヒールの先端がはまったらしい。
 なんてことだ。占いが当たったと、言えなくもない。
 三日目。『本日は火難の相がでています。煙草の火にご注意下さい』
 煙草を吸う習慣もないのに、と油断していたせいもあっただろう。外出先で、誰かの歩き煙草にすれ違いざま、手の甲が当たった。軽い火傷をしてしまった。
 これも、占いが当たったと、言えなくもない。

 三日連続して当たると、嫌が応にもメールの存在が気になってしまった。
 それに、特定の誰かの運勢を占うには、相手の名前やら誕生日やらの個人情報が必要不可欠なはずである。占い好きだった頃の記憶を掘り起こして、私は首を傾げた。
 ――いや、何もかも空想だ。全ては偶然、考えすぎに違いない。
 特に対策を講じる気には、どうしてもなれなかった。占いが当たりすぎているとは、たった三回では断言できない。外れるまではと、意地になっていたのかも知れない。
 それ以後も毎日メールは届き、やはり占いは何らかの形で当たり続けた。的中率は初日からその日――十日目までで、百パーセントだった。
 十回しか、と言うべきか。十回も、と言うべきか。とにかく百発百中である。

 さすがの私も不気味になってきて、携帯電話機それ自体を変えることにした。
 よくよく調べると、相手は電話番号をアドレスに送ってきていたのだ。もちろん、相手のアドレスは一度も表示されなかったので、受信禁止リストに加えることもできず、ならば受け取り拒否をするには、電話番号を変えるしか手がなかったのだ。
 ――いきなり番号を変えるなんて、やりすぎだわ。
 自己暗示にかかっているのか、それとも私の頭がどうかしていたのか。ともかく私は、十一日目、朝一番に近所のショップに足を運んで、受付の人に事情を話した。
 もちろん、差出人不明のメールに書かれた占い結果が当たりすぎて怖いから、などという荒唐無稽――と判断できる余裕があったのも、奇妙な話だ――な理由は伏せて。
 すると、受付の人は小首を傾げた。
「おかしいですね。番号だけで送るのは、ケータイからしかできないはずなんですが。つまり、アドレス非表示の裏技は、パソコンからしかできない技術なんですよ」
 裏技の方法や理屈は、結局どんなに説明してもらってもよく分からなかったが、受付の人がやたら首を傾げる姿から、ことの異常性だけははっきりと伝わってきた。

 とにかく新しい携帯電話を手に入れて、私は胸をなで下ろした。
 しかしながら、仕事の都合もあるので、古い方のケータイはまだ使用可能なままである。すると今日の分の「占いメール」が受信されてしまった。当然と言えば当然である。
 私はそれに、帰り道で気がついた。
 見たい、という誘惑と、見てはいけない、と叱咤する思いと。
 たったの十日間で、私はすっかり洗脳されていた。もとより占いの結果を気にしないでいられるならば、番号を変えるような真似などしない。誘惑には勝てなかった。
 マンションのエレベーター内で、二つ折りのケータイを開く。エレベーターが静かに上昇を始めた。小さな液晶画面に表示された文章に、目を瞠った。
 それはいつもと少し、勝手が違っていた。本文より先に、警句があった。
『自宅に戻ってはいけない。本日の貴方には死相がでています』
 本日の貴方。死相。――しかもこの、タイミングで。
 チン、と到着のベルが鳴って、扉が開いた。自宅に戻ってはいけない。しかし私の足は勝手に動いて、エレベーターから降りてしまった。右手の廊下の先に、自宅がある。
 ――自宅に戻って、それで何が起こるというのだろう。
 玄関扉の前に立つ。鍵を手にドアノブに手を伸ばしたとき、扉が自ら開いた。
 中には人が立っていた。驚いた顔。見知らぬ男。
 ――まさか、空き巣?
 ただただ呆然とする私の前で、男は腕を振り上げた。
 その手には、玄関に置いてあった花瓶が、握られていた。

   了
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By Tacni Ririko copyright (C) All rights reserved since June 2006.