情けは人のためならず。

「俺さ、この言葉、昔すっごい嫌いだったんだよね」
「『情けは人のためならず』? ……へええ。情けをかけることはその人のためにはならないから、厳しくしなさいって意味だって、勘違いしてたの?」
「ばっか、違うよ。そうじゃなくてさー」
「……どういう意味だろう?」
「んー、だからさー。子どもの頃の俺って、すっげーひねくれててさ。人から親切にされても素直に喜べない餓鬼だったんだよね。どうせそんなの、アンタの自己満のためにやっているんだろ、そんなの偽善だよ、本当の親切じゃねえよ! なんて思ったりしてさ」
「うっわー、なんだそれ、すっげえヤな餓鬼。そりゃかわいくないわ」
「だろ。俺もそう思う。しかもさ、そんなこと考えていたくせに、『情けは人のためならず』も、人に親切にしていれば必ずいい報いがある、だから、人には優しくしましょうって意味だって、分かってはいたんだよな。分かってはいたんだけど、それだって結局は自分のため、偽善じゃん、とか思っていたんだよ」
「ほうほう。……だから、そんなの間違ってるって?」
「うん、まあ、ぶっちゃけ、そうなんだよ。この学校でも、ボランティアで単位くれたりするけどさ。そうやって、ボランティアを無理やりやらせようとする学校のやり方が、すっげいやらしく思えたりしてさ」
「ふうん。……でもアンタさ、結構楽しげにボランティアやってなかったっけ? 海岸でのゴミ拾い。それにさりげに過去形だし」
「……うん。そうなんだけど。……なんつーかさ、分かったんだよ、俺」
「分かったって、何が?」
「だから、この言葉の何が、あんなに気に食わなかったのか、さ。……俺ねー、優しくされたら、絶対感謝しなくちゃいけないって思ってたんだよね」
「うん。まあ、それは……人として当然のことだよね」
「そうなんだけど。ほら、お前はさ、ちょとしたことでも『ありがとーっ』て、満面の笑み浮かべて言えるからいいけど、俺、そういうの苦手なんだよ。あ、もちろん感謝しているんだよ。優しくされりゃあ、俺だって嬉しいよ。でも、それを面に出せないって言うか。恥ずかしくてさ。素直に喜べんって言うか」
「あー分かる分かる。あんたって、そういうとこあるよね。天然ツンデレ?」
「ツンデレとか言うな。……まあね、損な性格だなって思うんだけどね、自分でも。……昔、一緒に住んでた婆さんがさ、感謝してもらえないと拗ねたり怒ったりするひとでさ。外から帰ってきたら、いつもドーナツとか買ってきてくれるんだけど、それ食べずにおいたらさ、『せっかく買ってきてあげたのに可愛くない!』とか言うんだよ。俺、そういうこと言われるのがすごい嫌でさ。こういうの、どう言っていいのか分かんないんだけど」
「うーん、感謝しなきゃって、プレッシャーを感じるようになった?」
「ああ、うん、そんな感じ。それで、って婆さんのせいにするのもおかしいんだけど。みんながみんな、婆さんみたいに感謝されたがってる、って思うようになってさ。でもそういうの、すっげ鬱陶しくて、嫌だったんだよ。……あー、だから俺、ひねくれちまったんだな、絶対」
「……ああ、なるほど。そのあんたのおばあちゃん、やたら返礼を求めているように見えたんだね。だから、いい報いが、自分に返ってくると信じて人に優しくする、なんてのが、偽善だって思ったんだ」
「そういうこと。もともと心も狭かったから、そんなふうにしか思えなかったんだよ。きっかけが感謝されたいからだったとしても、親切は親切だし、いいことはいいことだって、思うことができなかったんだなー。……って、お前、なんで笑ってんの?」
「えー、だってさあ。あんたの今の話聞いてるとね、初めは、嬉しくないのに嘘吐いてでもお礼言うのが面倒だったのかな、って思ったんだけど。でもあんたの性格考えたら、違うかもって思えちゃって」
「……は? なんだよ、それ」
「いや、だからさー、天然ツンデレのあんたは、実はあんたのおばあちゃんに、あんたが感謝してるのが全然伝わらなくて、それが悲しかったからじゃないかなー、って思えちゃってさー。……違う? そんなことなかった?」
「いや、だから俺ツンデレじゃあ…………ええー? ……そうかなあ?」
「だってほら、あんたって口べただし。上手く気持ちを表現できないのが歯がゆくて、分かってもらえないのが悲しいってとき、今でもあるでしょ。ついでに言うなら、人から親切にされるの、実は苦手でしょ?」
「いやいやいやいや。確かに口べただけど、照れ屋だけど、んなことないぞ。嬉しいぞ。常に人から親切にされたいって思っとるぞ俺は」
「今は、ね。でもひねくれてたときは、そうじゃなかったんじゃない? これって、私の勝手な想像だけど。人から親切にされたら感謝しなくちゃいけない、だけどその気持ちがうまく伝わらないかもしれない、それが怖い。だから、親切にしてくれる人を、信じられなくなった、とか」
「それは……コペルニクス的転回というものだろう」
「ええー。そっかなあ。でもさ、ひねくれているときのあんたってって、ちょーっと人間不信だったんじゃないの?ちょうど人間不信の飼い犬みたいに? だから素直じゃなかったんでしょ?」
「…………………………もう、お前にはなんも答えん」
「えー、なによお、可愛くなーい。そんな図星だからって照れなくてもいいのに。人の親切を信じられないのって、悲しいことよねー。……あ、ほらほら、横顔が照れてる♪ かっわいー」
「あー、もー、うるさいっ! ほら続き、勉強するぞ!」
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By Tacni Ririko copyright (C) All rights reserved since June 2006.