2001年 6月14日

 アレキサンダー・ゴドノフ
 Alexander Godunov



  映画「ダイ・ハード」の中、主演ブルース・ウィルスよりも、ひときわ目立つ存在が、テロリスト集団の中にいた。カールこと、アレキサンダー・ゴドノフ(Alexander Godunov)である。全身、黒色の服に身をまとい、長いブロンドの髪をなびかす、冷静かつ狡猾な表情面を呈しているかと思えば、突如、猛獣的な、しかし機械的な立ち振る舞いを演ずる。分解された機関銃を組み立てるカールの姿は、映画「ジャッカルの日」を思い浮かばせる。その水中銃のようなシェイプをもつ銃は、ブラック・ステアー。ひときわ彼を際立たせる、スマートなブラック・ステアーは、Army Greenに彩色された特別仕様。ちなみに「シュリ」でイ・バンヒが使用していた銃は、このブラック・ステアーである。もともと「ダイ・ハード」の写しっぽい「シュリ」ではあるが、ブラック・ステアーの採用は、その美しいシェイプ故にこそあるのだろう。(ダイ・ハードの写しとは書いたが、単なる猿真似と言うよりは、アレゴリカルな、パラ・フレーズ的な要素が多分にあると思う)
   場面かわって、ブルース・ウィルスとの差し格闘シーンで見せる、アレキサンダー・ゴドノフの余りにも美しいハイ・キックや、流線的に繰り出される空手チョップは、まるで宙を舞っているかのようである。いや、彼は舞っているのである。テロリストを装ったギャング、カールことアレキサンダー・ゴドノフは、元ボリショイ・バレエ団のトップ・ダンサー。あのバニシ
ニコフとは同期生だった。
   アレキサンダー・ゴドノフは、1949年、旧ソビエト連邦のサハリンに生まれ、幼児期からバレエを習い、ボリショイ・バレエ団に入団。
一躍、トップ・ダンサーに駆け上った。1979年、ゴドノフ、30歳の時、同バレエ団のアメリカ公演の際、亡命。そのまま、アメリカの有名バレエ団を渡り歩き、数々の成功を収め、映画出演も始めた。1985年には、ハリソン・フォード主演の「刑事ジョン・ブック」で、、ストイックなアイルランド人の農夫を演じ、そして1988年(39歳)、「ダイ・ハード」で、その強烈な個性をスクリーンに映じた。他にユニークな出演映画としては、「マネー・ピット」があり、妻を寝取られる、キザだが間の抜けたコンダクターを演じており、およそ「ダイ・ハード」で見られるダンディズムとは売って変った、ひょうきんぶりに、彼の個性の豊かさを感じさせる。
   いづれにしろ、「ダイ・ハード」で演じたカールの華麗さは、単なる演技を上まわる、一流ダンサーという裏打ちがあっての事であり、スクリーンから溢れ出る神々しさ、強烈なインパクトは、彼自身、本物の個性であった訳である。そして、その強烈な個性は、彼を、その個性のまま、運命に委ねた。1995年、アレキサンダー・ゴドノフは、カリフォルニアの自宅で息をひきとった。享年46歳。自然死と言うことになっているが、プライバシーにうるさいアメリカにおける自然死とは、自然ではないと言うことである。46歳の死は、夭折とは言い難いが、メディアに現れた期間の短さを鑑みれば、極私的に夭折と言わせて頂きたい。


 極私的 夭折列伝 
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