私はどんどん落ちていった。
すべり落ちていった。きりもみ状に落ちてゆく身体をの流れを、
もはや両手でもって止めることはできない。
ほとんど感覚ではとたえられない超加速度的なスピードで、
抵抗もできず、落ちていった。
お尻は摩擦でもう磨り切れ、既に白い肉がちらほら見えだしている。
もう数分で骨まで達するであろう。
他にも、ひじ、鼻、くるぶし、健康骨、ここ一番人間の身体上、
少しはみだした処は、磨り切れ、消滅してしまっている。
熱い!痛い! 今や電気パルスだけが、脳髄へ一直線に、
強い刺激を送りだしてくるだけだ。

どんどん落ちていった。
すべり落ちていった。
どこまで落ちてゆくのだろうか。
今の私には、無限のように思える。
あの無間地獄でさえ、とりあえず有限な時間をもっているというのに。
肉という肉は剥げ落ち、今や骨と若干の神経と筋だけになってしまった。
その神経筋も、多くは切れてしまい、からまって骨にこびりついている状態。
スピードはほとんど無限大に達し、重力は全く感じられなくなった。
先ほどの何がしかのショックで、頭蓋骨がはずれた。
頭蓋骨は大腿骨と仲良くならんで、転がり落ちていった。
その回転する頭蓋骨の相貌は、私から見て、
ケラケラ笑っているように見えて仕方がない。

更に私は、どんどん落ちていった。
転がり落ちていった。
もう、どれくらいたったのだろう。
2時間。5時間。いや、3日は滑り落ち続けているだろう。
いや、待て。すでに2週間はたっているのではないだろうか。
もしかしたら、3ケ月、半年。ひょっとすると、
15年、20年ぐらい落ち続けているのかもしれない。
いま、私に残されているのは、脊髄のひとかけら。
これだけである。これがすべてであり、私の精神であり、私の存在である。
しかしそれも、もう無くなりかけようとしている。

どんどん落ちていった。
転がり落ちていった。
時には小さくジャンプして。
そしてある時、遂に、私は「消滅」してしまった。




1989年 6月21日



 消  滅

    トップ戻る


あこがれ