高層ビルの窓ガラスから一機の旅客機が非常に見えた。旅客機は白い煙をひきながら明らかにおかしな角度で傾斜していった。期待と突如の動悸をはずませながら、窓際に駆けつけた時、その旅客機は白煙の尾を引きながら、その姿を遠方の街中に沈ませた。
微妙な時がすぎた時、オレンジの炎と黒い煙が、地面から沸き上がり、しばらくしてさほど大きくない爆裂音がとどいてきた。
オフィスの群がった人々は、すぐさま屋上に駆け上がると、その惨状をみな口々に語りあった。

オレンジ色の炎はまだ少しだけ見えはしたが、圧倒的に黒煙が上空高く立ちのぼった。どこからともなくサイレンが、いたる処から遠く響いてくる。遠くではあるが、遠方の街のすきまから赤い点滅が見え隠れする。屋上の人々は思い思いに、腕を組んだり、指さしたり・・・・・・
テレビでのニュース速報が気になる処だが、テレビは階下にあることだし、この惨状を、いま目の前にしている以上、必要も感じられるが、しかし気になるには気になった。もう、第一報は入っているのかと・・・・・

いまだ黒煙は収まりをみせなかったが、そこへふと、次の着陸機であろう、わりと小型の旅客機が、これまた少し低空に我々の眼前に姿を現した。と思いきや、次の旅客機は、先の旅客機よりも更に急勾配で、地面へと傾斜していった。
我々がそれに気付いた時には、誰ひとりも声を出す者はいなかった。まさかと思いつつも、分度器の角度並に地面へ直進するその機体に、みなの期待ははるかに限度を越えた映像を、いま目の前で繰り広げようとしていた。
「あっ〜」という若干の声が数箇所で発せられる。小型の旅客機は、ほとんど時間を感じさせないまま、その急勾配での角度を維持し、地面へ激突していった。
今度はかなり近い所に落ちてきた。にも係わらず、衝撃音はさほど響かず、ましてや炎をあげず、機体そのものが木端微塵に散ったようだ。

皆の脳裏にはもはや「期待」という言葉は消え失せ、夢と現実が交錯したが、これは明らかに現実であった。
「なんてこった」という一般的な言葉しか、この惨事にはみな形容できなかった。と同時に、ある程度の歴史的瞬間に遭遇しているのではないかとい満足感を感じ始めていた。
さほど広くはない屋上ではあるが、そこに駆け寄った人々からは、言葉一つ発せられる事なく、いま目の前にある光景を、ただひたすら静観していた。

しばらく次の機体は現れなかった。また、それに気づこうほどの客観的な時間は、この屋上に流れてはいなかった。
しかし再度、皆が目にした機体は低い音をたてて、高速で向かってくる。戦闘機、あるいは軍用機らしきものだった。普通の旅客機ではなく軍用機が姿を現した事に、皆は一瞬この光景を異様に感じたが、すぐに「したり」という客観性を、その機体の出現で取り戻したようだ。
さすがの皆の期待も、活字に変じたと同時に、それぞれの脳裏の中では、早くも「自慢話」「土産話」をはやしたてる心情が沸き上がってきた。

墜落した二機とは反対方向から飛来した戦闘機は、かなり上空から高度を下げてきたが、皆は見慣れぬ戦闘機の速度とシェイプに気を取られた。
墜落現場を通り過ぎ、皆の眼前にその美しい機体をあらわにした時には、もうかなり速度を落としていたが、しかし、その空を切る機体の鋭敏な動きには、みな目を見張った。
戦闘機はまたたく間に皆の眼前を通り過ぎていったが、高度はやや高かった。再度、現場に戻るためか戦闘機は、大きく旋回をしはじめた。伸びた白線が両翼から円弧を描く。
しかし、その描かれた白い円弧は、明らかに大きく傾いていた。下方へと・・・・

戦闘機は見事な白煙の円弧を描いて、皆に機腹と主翼を見せびらかすように、そのまま地上へと直撃していった。
三箇所、三機。
およそ何分の間の出来事が誰しも意識し得なかったであろうが、20分もたっていない事は確かなようだ。

ある人は「運命」・「悪夢」という言葉が、またある人は「人生最悪の一日」という言葉が、映画かスクープ記事のタイトルのように、それぞれの脳裏に浮かんだ。さしずめ僕は、原爆を落として、そのきのこ雲をながめて感ずる恐ろしさに酔いしれている「気分」がした。






1995年10月23日



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