"Man of the west" by Sylvie Simmons

『西部の男』

記事:シルビー・シモンズ(MOJO誌 2001年8月号)
西部の男達


パディ・マクアルーンとプリファブ・スプラウトは一体何をしているのだろうか?1990年代に発表された『ヨルダン:ザ・カムバック』から10年。「曲を書いていない時は死んでいるようなもの」と言っていた男は『アンドロメダ・ハイツ』(1997年)という1枚のアルバムのためにしか曲を書いていない。この10年間ツアーに出ることもなかったが、昨年突然短期間のツアーを行ない、そのときパディはマルクス主義のサンタクロースのような立派なあごひげをはやしていた。
そしていよいよ新しいプリファブ・スプラウトのアルバムが発売された。その中の1曲(The Gunman)は数年前にシェールのために書いた曲で、ジミー・ネイルのTV番組のために書いた曲も数曲収録されている。ウェンディ・スミスは聖アレクサンドロ技術学校の講師になるために脱退。ニール・コンティは複数の歌手が歌ったプリファブ初期の曲の何曲かをひとつのアルバムにまとめる作業をしていて、そこでは彼のソウルフルな演奏も聴けそうだ。そして残ったオリジナルメンバーであるパディと弟のマーティンの二人だけが最新作『THE GUNMAN AND OTHER STORIES』のレコーディングに参加。
「これはワイルド・ウエストがテーマのとてもゆるいコンセプトアルバム。それぞれの曲に対するイメージが尽きてしまうんじゃないかって狼狽することも一度はあったよ」パディはそう認めつつ言う。「ロマンティックな憧れ、あるいは理想的な愛の形のどれだけ多くのメタファー(隠喩)をこのアルバムを通してわかってもらえるか?カウボーイは究極のヒロイックイメージを持ってる。だからそれをテーマにしてみたんだ」
パディを見てカウボーイのようだという人はいないだろう。あごひげは刈り込まれ、長かった銀髪は短くなり、分厚いレンズの眼鏡がなければ司教のような風貌である。数回行われた目の手術は残念ながらうまくいかなかった。それがアウトプットされるアルバムの少なさの原因だった。
パディは40歳になった時、目が見えなくなり始めていた。「網膜剥離を患った。ところどころ網膜がくっついてる部分だけが見えてたんだけど、それは大きな雨粒を通して世界を見ているようなものだった。そうまるでワイパーの壊れた車の中にいるみたいな感じさ。左眼の網膜はすぐ固定したけど、当時はレコードを作るのに忙しくて、右目の固定はそれから1年たってからやったんだ。ほら、見てごらん?」パディはまぶたを下におろす。「この部分はシリコンで、網膜を正しい位置にひっつけてくれてるんだよ。いつも複雑な作業をするのにコンピューターを使って曲を作っていたんだけど、モニターを見れなくなってしまった。だからもうコンピューターは使っていない。しかしまだギターやピアノで曲を書くことはできる。でも目が見えなくなってコンピューターが使えないっていう当時の状況は僕の曲を書くムードを中断させてしまった」
そしてそのムードがとうとう戻ってきた。パディは曲を書き始める。「そうそれは自分の内面にある感情を話している女性の声が入った長いインストルメンタルの作品だった。音楽を伴ったラジオ劇のように、それがドラマなのか音楽なのか、あいまいな感じにしたんだけど、とても詩的なものになったよ。目が快方に向かっていた時、ラジオをよく聴いていて、聴取者が電話で愚痴なんか話すちょっと変わったおしゃべり番組があって、それが大好きだった。この番組からアイデアを得たのさ。それにもう自分の声には飽き飽きしていたからね。自分の歌声が入っていないプリファブ・スプラウトのアルバムを1枚は作ってみたいと思ってたし」
その作品は十分に練り上げられ、『Trawl The Megahertz』というアルバムとしてレコーディングされ、バンドが所属しているレコード会社に売り込んだが丁重に断られた。ジャズとクラッシックを専門とする小さなレーベルとも交渉したがここからもリリースされなかった。パディはまだこのアルバムを世に送り出したいと思っている。
一方その間にパディはシュールとジミー・ネイルのために曲を書く仕事を引き受けている。パディの持っている自己防衛のメカニズムがこれらの曲を書かせた。「もし書いた曲が発表されなかったら、発表されても誰もそれらの曲を気に入ってくれなかったら、そんなことを自分に言いきかせながら、全力を尽くしていい曲を書こうとしていた。とにかく自分でも気に入るような曲を作ろうとね」
『Trawl The Megahertz』は先送りされたが、この新しい『THE GUNMAN AND OTHER STORIES』にはプリファブ・スプラウトのトレードマークである華麗なバラッドで満たされている。それはスージー・スー(*1976年に結成されたゴス系のパンクバンド、スージー&バンシーズのリーダー)がかつて「ステップフォードの妻達」(*The Stepford Wives:アイラ・レビン原作のSF小説で1975年に映画化)の音楽と呼んでいた華麗な(lush)バラッドだ。「プリファブ・スプラウトに対してみんなはある固定したイメージを持っている。だから時々メガヘルツでやったようなアイデアでみんなを楽しませたくなるんだ。それも僕の特質から出てくるもので、みんなの抱くプリファブの固定されたイメージにあるものなら、おおいに結構なことじゃないかな」
パディはニヤリと笑いながら言う。「僕は酒好き(lush)だしね」


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