穏やかなるもの-the Mild One-

the Mild One

Paddy McAloon, 1992
「SELECT」誌1992年8月号の記事より

リズム重視のダンスミュージックが受け入れている昨今の音楽シーンの中、
プリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンはいいメロディを作ることにこだわり続けている。
この十年間アンチロックンロールの姿勢で逆説的ポップスに挑戦してきた彼は、
すでに今後7枚分のアルバムにあたる曲を書き上げてしまった。
しかし、あわれにも彼のエゴは未だ満足していないようだ。

STORY BY DAVID CAVANAGH



the Mild One -穏やかなるもの-
ペットサウンズ- 世界中から愛された偉大なレコードのタイトルと同じ名前を持つニューキャッスルのレコードショップでパディ・マクアルーンはレコードを購入しようとしている。彼にとって目下大切なことは、ブライアン・ウィルソンとマネージャーのゴシップに愛想の良い視線を投げながら、ローラ・ニーロの古いアルバムを探すことである。
レッド・ストライプの缶、数本の煙草、彼にとって究極のソングライターのヒーローであるジミー・ウェッブにまつわる2、3の逸話、そういったものに囲まれてパディはリラックスしたペースで生活をしているようである。ジミー・ウェッブと言えば、パディは昨年アイルランドのテレビ番組で彼の曲を歌うという光栄な機会を持ったばかりだ。
すべては順調にいっているようだ。プリファブ・スプラウトのニューシングル「サウンド・オブ・クライング」は”music of the spheres”(球体の奏でる音楽)というフレーズが、いつもながらの独自で洗練された逆説的表現で歌われており、今週のBBCラジオONEの3位をキープするほどのキャッチーな仕上がりである。
「プリファブ・スプラウトはいつも他の誰もがやらないような方法でみんなを刺激してきたバンドなんだ。」パディは機知に満ちたくつろいだ口調できりだした。「ガンズアンドローゼスだったらスラッシュの持ってるキャラクターなんかで人々を刺激することもあるんだろうけど、僕らはもっと微妙で繊細なやり方でみんなを刺激するんだ。そう誰もやらないような方法でね。」
「それはこの世界がどこへいこうとしているのかってこととも大きな関係があるんだ。」彼は続ける。「世間一般じゃ任天堂のゲームなんかが人気があって、みんな買ってるんだよね。ポール・サイモンがインタビューで言ってたけど、メロディっていうのは今ないがしろにされてて、ゲームを買うような子供たちに自分たちのレコードを買ってもらおうって思ったらまずリズム重視の音楽をつくらなきゃならないって。そんなことは僕にもわかってることだけどそれを心から受け入れることはできなくて、みんながそう考えれば考えるほど、僕のような人間にとってはまだまだやってく余地があるように思えるんだ。」
35歳になる彼は、静かで柔らかな物腰で話すパブで一緒に語りあいたいような好人物であり、完全主義のソングライターでもある。彼にとって今、興味のあること、それは”Independent on Sunday”紙のポール・マッカートニーの生誕50周年の記事を引用して彼のように歴史に残るような作品を作ることを意識しながら仕事に没頭することであり、あらゆるライバル意識を断ち切った上で、ジミー・ウェッブやゲイリー・ゴフィン、キャロル・キング、フランク・シナトラ、グレン・キャンベルのようなオールドヒーローについて話すことであり、アクセルローズの名前をおぼえることに悩まされることできないほど、本当に人々の心を掴むような音楽は一体どんなものから構成されるのかということに思いをめぐらしたり、素晴しい曲を書くことから得る個人的なエクスタシーに心を奪われるあまり他人にそれらの曲を聴かせることである。
彼は今後7枚分のプリファブ・スプラウトのアルバムの曲、85曲を書き上げ、それらについても語ってくれた。
「”Total Snow”あるいは”Symphony Of Snowflakes”っていうタイトルを持つクリスマスアルバムを作った。それは派手にベルを鳴らすような雄大な作品なんだ。」
彼は一呼吸おいて、古いペトラ・クラークのアルバムにちょうど指をかけたところだった。棚からそれを取り上げ、ジャケットの裏を念入りに見つめ、”Down Town”を小声で歌い始める。
「それにアニメーションの”Zorro The Fox”(怪傑ゾロ)のアルバムを作る作業を延々とやってる。まあこれは僕が書くことから離れるためのちょっとした息抜きみたいなものかな。スティーブン・スピルバーグがゾロに関するすべてのキャラクターの権利を買い取ったから、来年には彼にデモテープを送ることになると思う。だって僕は完璧なゾロのアルバムを出せる状態にあるんだから」
”ヨルダン・ザ・カムバック”の続編が自滅的なやり方になるであろうことは彼にもわかっている。あの”ヨルダン〜”の衝撃は18ヵ月ぐらいではまだ覚めやまぬようだ。マクアルーン自身も静かな自信を持ってこの作品が消すことのできない何かを自分の中に残したことを感じている。「芸術的遺産...僕はこの作品を作った時それを知ったよ。これは長年に渡ってみんなに聴かれるべき素晴しい作品だってことをね」この作品のファンはパディが作る次のアルバムが黒覆面の怪傑をめぐるファンタジーになるであろうことは予想もしていないことかもしれない。さて、その次は何?
「次は”Knights In Armour”(鎧兜の騎士)あるいは”Billy Midnight”ってタイトルのアルバムになると思う。まだどっちにするかは決めてない。エルビスからも死からも遠く離れて、ヨルダンとは違ったやり方で、単にロマンティックで現代的なラブソングを集めた、きわめてオーソドックスな感じのものになるだろうね。」
それから「about cities」というアルバムと、”Unicorn In Trouble”と”Mr Lightning Boots”という曲を含む「Behind The Veil」っていうマイケル・ジャクソンについて書かれたアルバムも用意されているようだ。あと湾岸戦争の間に書かれた「Let's Change The World With Music」という音楽の治癒力をテーマにしたアルバム。詳しくは語ってくれなかったけど他にもう一枚あるそうだ。
これらのレコードのほとんどが日の目を見るのにはかりしれない時間がかかり、誰にもそれらがいいものか悪いものかわからないということについて彼は欲求不満になったりしないのだろうか?
「そうだね。誰だって自分がどれだけ素晴らしい人間かとか、どれだけ変わってるとか他人に言ったりしないよね。だってそんなことしても馬鹿だって思われるだけなんだから。でもね、僕がこんな風に”Zorro The Fox”やクリスマスアルバムのことについて言ってるのは、僕がどんなことを考えてレコードを作ってるかってことで、これは僕がどんな生活を送ってるかってことことでもあるし、他のバンドにもして欲しいことでもあるんだ。僕だって他のグループの音楽を聴くし、嫌いなわけじゃない。ただ、僕から見ればみんなあまり野心があるようには見えない。なんでそんなちっぽけな観点しか持ってないのかなって思うよ。」
パディは曲を書くことがつらい作業だってことをわかってるのだろうか?
「インスピレーションに欠けるような作品も僕にはわかるし、自分の持ってるものすべてを投げだして作品に取り組むことの怖さだってよくわかってる。僕はみんなが思ってるよりずっと現実的な人間なんだ。ただ僕の中の何かが変な回り道をさせることがあるんだけどね。」
彼はその自分の中の何かをどういうものだと思ってるのだろうか?
「僕はモグラみたいなものさ」彼は笑う。「何でもずるがしこくやるんだ。まあテープをみんなにプレゼントしてるモグラってところかな。誰だって年を取るにつれてどんどんずるくなってきて、もっといいものを作りたいって思うのなら徹底的に情熱的にならなきゃならないし、自分のやってることに完全に気持ちを集中させなければならない。僕たちがライブをやらないことは秘密でもなんでもないよ。完全なる生き方にとって、目に見える表現っていうのは一切必要ないんだ。たとえレコードにならなくても、僕はただ作曲が好きだから曲を書き続けるだろうね。」
どちらにせよ私たちは自分たちの生活が完全な生き方からほど遠いことについて感謝しなければならない。パディだって自分の願いを手に入れたらならそれは耐えられないものになるのだから。

プリファブ・スプラウト

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