onContextmenu="return false;"コピー禁止


しゅがあ の解説   
「しゅがあ」による解説のページ



しゅがあ百恵

1989年11月20日生まれ。東京都西東京市出身。中学1年生、テレビドラマの主題歌だった山下達郎の「RIDE ON TIME」を聴いてスペース・クラッシュに打たれる。同時に作詞・作曲を始める。18歳からライブハウスでのピアノ弾き語りやバンド活動を開始。現在も山下達郎カバーバンドT.M.M.P.のキーボードとコーラスとして活動中。





山下達郎「Blow

c/w「アトムの子」 ムーン 1992225日発売)

作詞・作曲・編曲:山下達郎

絶え間ないベースの16分音符連打!指痛そう・・・。力強いビートにキーボードを多用したマイナー調のサウンドは、アイルランドのU2、イギリスのザ・スミス、ポリス、プリファブ・スプラウトなど、1980年以降のUKロックを彷彿させる。雲の切れ間から現れた光のようなソプラノ・サックスは土岐英史。光と影が音から見えるサックスは、土岐英史ならではだと思う。Bセクションのメロディーとコード進行はアル・クーパーの代表曲「Jolie」の影響だと思うのだが、それより気になるのが2回目のAセクションの後半「心が騒いでる」の前で左チャンネルから聞こえる機械音らしきピーという音。これは楽器の音ではないような気がするが、だとしたら何の音なのだろうか。意図して入れたものなのか、気付いて削ろうとしても不可能だった音なのか、もう10年以上謎は解けていない。謎は深まるばかりだが、重くて大きい何かがゆっくりと動き出し、加速していくような雰囲気のこの曲。勇気が欲しい時、祈るように聴きたい。




山下達郎「モーニング・シャイン」

c/w「さよなら夏の日」 ムーン 1991510日発売)

作詞・作曲・編曲:山下達郎

山下達郎がムーン・レコード移籍後の自身の作風を表すときによく使うのが「内向的」という言葉。これも良い意味でそんな言葉がぴったりな一曲。難波弘之のアコースティック・ピアノは上品な中にも野性味が溢れている。個人的に好きなのはCセクション(サビ)の途中で青山純の力強いフィルと同時に鳴っている低音のグリッサンド。かっこいい。真っ黒なグランド・ピアノを中腰で奏でるプログレの貴公子の姿が目に浮かぶ。山下達郎のアルバムには、グロッケン(鉄琴)が効果的に使われている曲が数多く収録されている。一般的にグロッケンは金属の板が鍵盤形式に並べてあり、蓋をして持ち運びが可能なものも多い。それほど大きくはないが、殆ど鉄なので持ってみると重い。1975425日発売のシュガー・ベイブ唯一のアルバム『SONGS』収録の「雨は手のひらにいっぱい」、1992年のシングル「アトムの子」など、年代問わずあらゆる楽曲にグロッケンが登場する。もちろんこの「モーニング・シャイン」でも使われている。私にグロッケンの魅力と可能性を教えてくれたのは、他でもない山下達郎である。



Canae「片降い」

c/w「ココロ」 BASSSONGS 2016224日発売)

作詞・作曲:Canae/編曲:伊藤広規

ベーシストではなく、プロデューサー伊藤広規。澄みきった空の青が目に浮かぶ深い音色のシンセサイザーも伊藤広規による演奏。ビルの大群で四角に隔離されたような忙しない都会に居ながら、南国の大自然に心を馳せるには、波音のSEやウィンド・チャイムのキラキラした音は実に効果的だ。贅沢を言わせていただけるなら、私としては本物の波音、そしてCanaeの歌声と三線という3点セットを是非とも沖縄の海を目の前にして、アン・プラグドで聴きたい。それほどCanaeの歌声というのは、暖かい南風や潮の香り、そして太陽の光といった自然からの贈り物に近い神秘さを持っていると思う。Canaeが育った沖縄県石垣島では、天気雨や通り雨のことを「片降い(かたぶい)」と言う。東の空が晴れてても西では大降りとなり、雨が土地の片方に降る、ということから来てるんだとか。作物をはじめとする生き物たちへの恵の雨。「ゆなばうれ(世ば稔れ)」という言葉は、作物の豊作を願う意味を込めて沖縄では古くから使われてきた。海、大地、動物、そして人間が共に助け合って生きる事について改めて考えられる歌。この歌が教えてくれるメッセージをいつも忘れず、生きていけたらなあ。




菜菜星「ヒグラシの空」

『いちばん星』 BASSSONGS 20151129日発売

作詞:華菜恵/作曲:美菜子/編曲:伊藤広規

Canae
と共に在る、沖縄音楽シンガーとしての華菜恵。宮城県仙台市出身の和太鼓奏者美菜子。この二人が菜菜星という名前になる前、私は二人のステージをとある沖縄居酒屋で観ていた。それまで和太鼓といえば雷鳴のような太く黒い音のイメージが強かったが、美菜子の和太鼓は突風が体に当たる感覚に近い。しかもその突風は、まるで春一番のように何か新しいチャンスを運んでくる。新芽や動物たちが寒さから解放されて顔を出す、春。長い冬で凍り付いた心に「もう大丈夫だよ」と声をかけてくれる、春。そんな春のような優しさが美菜子の和太鼓に感じられるのは、強さの中の優しさで彼女が音を奏でているからかもしれない。この曲の歌詞には、通り雨などの自然現象と、人に想いを寄せる事が共存している。そもそも人間が誰かを想うことは、雨が降ったり太陽が照りつけたり、春に仔猫が産まれることと同じように、生命の営みの一部なのだと、この曲を聴くたびに思う。そして伊藤広規のシンセサイザーによって、三線や和太鼓や、小さな鳴り物の良さが際立っている。ベースにも通じる、ちょっとした匙加減がポイントなのかもしれない。小さじ1杯多いか少ないかで、優しくもなれば狂暴にもなる。音楽は料理と似ている。この曲は音楽でありながら、生命のチャンプルーなのだ。

 


フォームの終わり村田和人「一本の音楽」

『ひとかけらの夏』
ムーン 1983625日発売

作詞・作曲:村田和人/編曲:山下達郎

村田和人といえば誰もが思い出すマクセルのカセットテープのCMソング。プロデュースを手掛けた山下達郎は1980年、同CMに起用された「RIDE ON TIME」がヒット。「いい音しか残れない」という当時のコピーが深い意味を持って大きくなりつつあるような気がする今日このごろ。アルバム『ひとかけらの夏』から村田和人の楽曲には欠かせない存在となったギタリスト山本圭右の、爽やかなのに良い意味で泥臭いリード・ギターが心を加速させる。間奏あとの「ポケットに入れて」で村田和人の声と山本圭右のギターが同じ音で伸びて、伸びて、伸びきってから徐々に近づいて盛り上がる青山純のドラムが最高。青空をどこまでも気持ちよく伸びていく飛行機雲のような村田和人の歌声をもうライブで聴くことはできなくなってしまったが、レコード、カセット、CD、そして聴き手の心でいつまでも彼は歌っている。終わらない夏を誰もが求める限り。



 村松邦男「うたたね」
GREEN WATER
』徳間ジャパン 1983925日発売

作詞・作曲・編曲:村松邦男
 

シュガー・ベイブ時代のレパートリーで、アルバム『
SONGS
』に収録された「ためいきばかり」より前に書かれた曲。シュガー・ベイブで演奏された当時は、ワウ・ペダルを踏みながらの絶妙なリード・ギターが印象深い、ライブ向きの、いかにもロック・バンドらしいアレンジだった。こちらの1983年収録バージョンは伊藤広規(Bass)、村上ポンタ秀一(Drums)、難波弘之(Organ)、乾裕樹(Keyboards)、EPOChorus)というクレジットを見てお判りの通り、スタジオ録音ならではの音を重ねていく発想のアレンジである。聞きどころは、間奏で井上大輔のサックスが二重でハモっているかのように聞こえるところ。当初、村松邦男は二重でサックスを収録するつもりはなく「大輔さんに2テイク吹いてもらい、1回目と2回目のどちらをOKにしようか迷ったあげく両方収録してしまった」との事である。

 


 村松邦男「ジェラシー」

GREEN WATER』徳間ジャパン 1983925日発売

作詞:EPO、村松邦男/作曲:EPO/編曲:村松邦男

同年に発売されたEPOのヒット・シングル「う、ふ、ふ、ふ、」のB面「無言のジェラシー」のカバー兼アンサーソング。EPOのバージョンは、アメリカのソングライター兼プロデューサーのシルビア・ロビンソンが1973年にシルビア名義でリリースしたヒット曲「Pillow Talk」を彷彿させるアレンジである。ポイントはBセクション3小節目のF7-5という挑戦的なコード。ボイシングによっては不協和音に聞こえてしまうコードだが、曲を聴くとハッとさせられるほどカッコよく決まっている。ボイシングに関して天性のセンスを持っているアレンジャー清水信之のこだわりが伺える。村松邦男のバージョンもBセクション3小節目のコードはD7-5であり、原曲の編曲に対するリスペクトを感じる。作詞と作曲が人間の肉体や性格だとしたら、編曲というのは装いや髪型なのではないかと思うほど、編曲は音楽を左右する。一般的に編曲家は、歌手や作詞家ほど人々の注目を集めない印象だが、実はとても重要な存在なのだ。



山下達郎「ゲット・バック・イン・ラブ」

『僕の中の少年』 ムーン 19881019日発売

作詞・作曲・編曲:山下達郎

 山下達郎らしい、ブラック・ミュージック風味のバラード。サビでエレキ・シタールが登場する辺りが、70年代フィラデルフィア・ソウルの主要グループであったスタイリスティックスやデルフォニクスを彷彿させる。強いビートと綺麗なハーモニーこそ、職人:山下達郎の作品には欠かせない要素かもしれない。イントロから、難波弘之しか弾けないであろう優雅なピアノが曲の世界観をいっそう盛り上げる。そして、ドラム青山純・ベース伊藤広規。バラードだからこそ、ぐっと来る低音の魅力、どしっと来る「一つ打ち」の響きが、長い年月が流れた今なお、リスナーの心を虜にする。演者が歳を重ねても、音楽は老いることはないのだと思う。リスナーが歳を重ねることで聞くたびに新しい発見をする曲もある。音楽というのは、ひとりひとりの人生にいつまでも寄り添う役割を担っていると思う。レコード、CDMP3…聴く手段が変わっても、親しんだ音楽はその人の思い出の一部となる。特にこの曲のようにTVドラマの主題歌だったりすると、ドラマの内容も影響して思い出の引き出しを開ける鍵となる。もしその鍵の実物を手にしたら、どんな形、どんな色なのだろう。

 


山下達郎「マーマレイド・グッドバイ」

『僕の中の少年』
ムーン 19881019日発売

作詞・作曲・編曲:山下達郎

 雨上がりの黄昏時を車で、というよりは自転車に乗って風を受けながら脳内リピートしたい一曲。体に風を受けるという行動さえも、音楽を楽しむ方法の一部のように思える。実際に耳で聴くだけでなく、脳にインプットしていつもどこでも鳴らしていたい、そんな曲をひとつやふたつ持っているだけで毎日は少し楽しくなるはず。山下達郎のリズム隊がAI(青山純・伊藤広規)になってからは5枚目となるオリジナル・アルバム『僕の中の少年』。数あるAI作品の中でも、特にこの曲がお気に入りという人は多いのではないだろうか。二人のチームワークだけでなく、個々に持っているであろうグルーヴそのものに対する考えや、かっこよくて心地よい音を追求していく熱意など、あらゆる奇跡が重なったからこそ出せた音だと思う。ドラムとベースで出してる音なのに、ひとつの楽器のように聴こえるのがAIの魅力のひとつだが、その域にたどり着くまでは練習に練習を重ね、指や腕の痛みをはじめとする苦渋を乗り越えてきた道のりがあるのだと思う。グルーヴは壱日にして成らず。ちなみに著者は中学時代の夏休みにこの曲をカセット・テープに録音し、アルバム・ジャケットに写る自転車の車輪のように毎晩カセットを廻して聴き込むうちに昼夜が逆転してしまった。この曲を聴くと、あの夏休みの焦りと諦めと、勉強机に降りる夏の陽を思い出す。


竹内まりや「プラスティック・ラヴ」

VARIETY』ムーン 1984425日発売)

作詞・作曲:竹内まりや/編曲:山下達郎  

竹内まりやの楽曲は、日常のさりげない喜びや切なさ、愛の尊さをテーマにしたものが多い。どの年代の作品にも「ひとが生きて行くことへの強い肯定」という共通のテーマがあるのだと、夫でありプロデューサーの山下達郎は述べている。この歌の主人公の、愛に傷つき虚無感の中で昼夜逆転してしまった人生のワンシーンを描くにあたって、竹内まりやは
16ビートをリズムマシンで鳴らしながら曲を作成したのだとか。1984年のビルボード・チャートで上位にランクインしていたのは、ライオネル・リッチー「All Night Long」、ティナ・ターナー「Whats Love Got To Do With It」など、ブラック・コンテンポラリー(ブラコン)と呼ばれる音楽。音が艶っぽくキラキラしており、マイナー調のコードとメロディーがいっそう歌の世界を盛り上げる。そして少し熱苦しいのも、この音楽の魅力である。「プラスティック・ラブ」もそうした音楽を意識してか、山下達郎のカッティングも、いつもより熱く熱く、ねちっこい要素が際立っている。この曲のカラオケが『VARIETY』の30thアニバーサリー・エディションに収録されており、ウィスパーな大貫妙子のコーラスが意外にも曲全体のブラック・ミュージック的要素を彩っているのが確認できる。またこの曲は、翌年の1985年に12インチ・シングルでリリースされたEXTENDEDCLUB MIXなるバージョンが存在する。レコードをスクラッチしてる人工的なニュアンスを盛り込んだ918秒。ディスコがクラブへと進化し、ブラコンはリズム&ブルースとは別の意味でRBと呼ばれ、ヒップホップがメイン・カルチャーへと躍り出る一歩手前のサウンド。当時は最先端だったテクノロジーの音楽も、今では懐かしく感じる。


山下達郎「プラスティック・ラヴ」

JOY』ムーン 1989111日発売

作詞・作曲:竹内まりや/編曲:山下達郎  

1986
731日、中野サンプラザ・ホールでのライブ音源。スタジオ録音の竹内まりやのバージョンよりテンポが早く、ライブ独特の疾走感がクセになる。青山純のドラムのフィルがどれもこれも絶品で、間奏後のセクションBからAの「夜更けの高速で」に入る手前で広規さんと展開する一撃は、正に一心同体である。山下達郎の唄と雄叫びが荒々しいのだが、これこそがライブの山下達郎。自分を貫くことにマジになってる大人は何歳になっても本当にかっこいい。椎名和夫のギターは、ソロ・パートがなく目立ってはいないものの、欲しいタイミングでフレーズがジャスト・フィットしてくれる。こういった気遣いのある裏方系のギター・プレイはたまらない。この曲は、部屋を暗くしてヘッドホンで、音量を普段より大きめにすると、まるで目の前にサンプラのステージが広がっているような感覚になり、よりいっそう興奮できる。これはライブ音源をリリースすることについて多くのミュージシャンが思うのだが、ライブ音源を家やウォークマンで聴くと、なかなか会場の空気感までは伝わらず、どれだけ良い機材で録音したとしても、あの客席に渦巻く静かな熱狂を体感することはできない。だが、30年以上前の音源が殆どなのに、ライブ・アルバム『JOY』に今現在これだけ興奮できるのは、当時の演者のコンディションやホール全体の雰囲気など、あらゆる奇跡が重なったとしか思えない。お世辞ではなく、本当に聞き飽きない。いい音は、こうして残っていくのだと思う。

 


EPO「エスケイプ」

(『JOEPO1981KHzRCA 1981921日発売)

作詞・作曲:EPO/編曲:大村憲司

 デビュー・シングル「DOWN TOWN」のアレンジを山下達郎にお願いしたところ「あの曲は思い入れが強いから」と断られたEPOの、デビュー2年目にして山下達郎本格プロデュースのアルバム。その中で唯一、大村憲司によるアレンジのこの曲は、実の母親との葛藤を描いた一曲。著者もこの曲の主人公の気持ちが痛いほど理解できる。ロバート・ブリルのドラムと共にRolandの名器TR808のようなリズム・マシンの音がする。ドラムと併用しているのは、この年に「Kiss on My List」や「Private Eyes」がヒットしたホール&オーツを意識していたのかもしれない。そんな理由を並べなくとも、大村憲司のギター、そしてアレンジは文句なしにかっこいい。リード・ギターもバッキングのギターも、「泣く子も黙る」なんて枕詞を付けたくなってしまうほどキレッキレ。清水信之のオルガンのセクションごとの使い分けにもジンと来る。そして広規さんのベースは、音を切るタイミングが曲のスパイスとなっていて、シンプルだがきっと弾きこなすのは難しい。難しいと思いつつ、どうしてもベースを弾きたくなってしまう。1960年代にエレキ・ブームを巻き起こしたベンチャーズに代表されるような、聴き手をプレイヤーに変えてしまう音楽には壮大なパワーが隠されていると思う。

 


 EPO「身代わりのバディー」

(『JOEPO1981KHzRCA 1981921日発売)

作詞・作曲:EPO/編曲:山下達郎/弦編曲:乾裕樹 編曲、ギター、コーラス—山下達郎、ギター—村松邦男、コーラス—大貫妙子。

シュガー・ベイブのフロント3人は、亀渕友香『
TOUCH ME, YUKA』(19743月)、荒井由実『ミスリム』(197410月)などのスタジオ作品や、コマーシャル・ソングでコーラスのキャリアを重ねた。EPO1975年にラジオで聴いたシュガー・ベイブのシングル曲「DOWN TOWN」のカバーで1980年にデビューし、山下達郎のツアー、大貫妙子、村松邦男のソロ・アルバムにもコーラスで参加する。活動期間こそ短かったものの、シュガー・ベイブというバンドが数知れぬミュージシャン及び音楽関係者たちにとって、スタート・ラインに立つきっかけとなったのは間違いない。それにしても、20代そこそこのミュージシャンたちによるこの曲の完成度は、聴くたびに良い意味で溜め息が出てしまう。この頃は楽器を演奏するミュージシャンが居てこそレコーディングが成り立っていた時代。簡単に音を作ったり張りつけたりするコンピューター・ソフトが無かったことを考えると、やはりアレンジやレコーディングは今よりも手間隙がかかったはず。ストリングスとブラス編曲兼キーボードの乾裕樹、パーカッションの浜口茂外也、そしてドラム青山純、ベース伊藤広規。これだけのミュージシャンをスタジオに拘束するのは日程の都合や金銭面でも難しかったに違いない。あの時代が選んだスペシャリストたちによる特別な音楽。永遠に取り憑かれてしまうような魅力に満ちた1曲である。

      


 Canae「ココロ」

「ココロ」 BASS&SONGS 2016224日発売

作詞・作曲:Canae/編曲:伊藤広規

 3/4拍子で展開されてゆく、暖かみのあるベース、パーカッション。左側から寄り添うギター。そして包み込むようなシンセサイザーの毛布の下で、行き場の無い心は誰にも邪魔されず泣く事ができる。Canaeによるライナーノーツにも記されているように暗いタイプの曲であるのだが、暗い中にも、幸せになりたいのになぁ、という願いを感じる。1990年代からだろうか、前向きソングばかりがもてはやされ、すぐ忘れられてしまう。心の要領はひとりひとり異なり、みんなが同じことで喜べるわけではないのに、同じ笑顔を強要され、心身ともに疲れてしまう。そんな現代においては、この曲のように一緒に泣いてくれる曲も必要である。聴く人が心を開けるように、同じ目の高さで語りかけるようなCanaeの唄が良い。澄み切った真冬の夜空で待ってくれている星々が見えるようなミックスも良い。この曲のプロモーション・ビデオでは、個人的には東急電鉄世田谷線がCanaeの横を通過するシーンが気に入っている。Canaeの表情の豊かさには、歌手でありながら俳優のような素質も垣間見える。



山下達郎「夏への扉」

RIDE ON TIME AIR 1980919日発売

作詞:吉田美奈子/作曲・編曲:山下達郎

 もとは1979年の難波弘之のファースト・ソロ・アルバム『センス・オブ・ワンダー』の為に書き下ろされた1曲。過去と未来が交差する、時間のトンネル—そんなSF的思想が随所に散りばめられたこの曲がきっかけとなり、中学2年生の私はロバート・ハインラインの小説『夏への扉』を読んでみた。人生で初めて真面目に読むSF小説。今でもこの曲は、ハインラインの小説と共に私の心で鳴り続けている。通学中の電車で文庫の『夏への扉』を読み、帰宅すると勉強する振りをして「夏への扉」を繰り返し聞いていた、怖いもの知らずで毎日のように冒険をしたがっていた13歳の感覚が少し戻ってくる。その頃は曲中のポコポコした音がベースにかかっているワウの音だとは知らず、知らないままだと悔しかったのでプラスティックの下敷きを曲げてポコポコ鳴らして遊んでいた。間奏のフリューゲル・ホルンのソロは中沢健二。フリューゲル・ホルンは、深みのある音が醸し出す懐古的な雰囲気があり、こういった曲調にはもってこいだということも、山下達郎を聴いてから学んだ。近年の作品では2010年のシングル「街物語」の間奏で、市原ひかりのセンチメンタルかつノスタルジックなフリューゲル・ホルン・ソロが聴ける。余談だが、私は雄猫を飼ったらピートという名前をつけたい。

 


大貫妙子「Les adventures de TINTIN」

『copine.』MIDI 1985年6月21日発売)

作詞・作曲:大貫妙子/編曲:坂本龍一

    歌詞の題材となっているのはベルギーの漫画家:エルジェによる1929年からのベストセラー『タンタンの冒険』であり、タンタンというのは主人公の少年の名前である。大貫妙子の当アルバム『copine.』(コパンと読む)がリリースされた1985年は、イギリスのNAKED EYESやスクリッティ・ポリッティなど、デジタルのシンセサイザー及び打ち込みサウンドがMTVを賑わせていた、いわゆるデジタル・サウンド黄金期であった。日本でも曲中にオーケストラ・ヒット(通称:オケヒ)というド派手な音が数々のヒット曲にウンザリする程入れられていた時代であり、この大貫妙子の曲でもそれが確認できる。アレンジャー坂本龍一はトーマス・ドルビーとの共作シングル「フィールドワーク」をリリースし、やはり世界から注目を浴びていた頃だ。今のお若い方々からしてみれば、大貫妙子とデジタル・サウンドは少々かけ離れた存在に思うかもしれないが、ミュージシャン以前に音楽ファンである、という姿勢を彼女はいつの時代も大切にしており、それがワンパターンにならない彼女の魔法なのかもしれない。広規さんのベースは、どの音にも負けるもんかと言わんばかりのあの音で、正に冒険をしているかのような高揚感を与えてくれる。しかし決して図々しくなく、大貫妙子は広規さんのベースからこの曲を作ったのではないかと思うくらい、広規さんのベースによって曲全体の世界観が完成させられている。大貫妙子のピュアなボーカルと広規さんのブギウギなベースという、ありそうで無かったコラボレーションの冒険に貴方をぜひ招待したい。