エンジン性能

 アルミブロックの鋳巣やメタルクリアランスの問題について書こうとしたら、全部ノウハウにかかわるので、何も公表できないことに気が付いた。
 そこで、公表が出来て面白そうな、性能向上を話題にすることにした。筆者の経験したことは既に世間では常識になっているので、内容をご存知の方にはご容赦願いたい。。

[たくさん空気を入れる]
 性能向上には、いろいろな手段がある。昔々よく使った手は、点火時期を進めること。ディストリビュータのボルトを緩めて、コンコンと叩いてわずかに進角させる。あまりやるとノッキングがひどくて、エンジンが回らないしダメージも受ける。
 しかし、今はそんな時代じゃない。排気ガス性能を保つためには、正しい点火時期で制御しなければいけないし、そもそも今は点火時期も電子制御になって、ディストリビュータそのものがない。
 性能向上のキモは、とにかく空気をたくさん入れることにつきる。中学校で習ったボイル・シャルルの法則の通り、空気は圧力が高く冷たいほど密度が大きい。「たくさん」の意味は、体積ではなく質量なので、高圧で低音の空気を入れることで、性能は上がる。ターボ・エンジンではターボ加給をした時に断熱圧縮で温度が上がる。そこでインタークーラで冷やして密度を上げる方法が取られている。
 しかし優れた技術というものは、そんな道具を使わずに如何に空気を押し込んでやるかというところにある。ターボ・エンジンはノッキングが出やすく、それを防止するために圧縮比を下げている。効率を上げるためには、圧縮比は高いほど良い。
 ターボを使わずに空気を押し込む手段としては、慣性加給が一般的に採用されている。タコの足のような長い吸気管(インテークマニホールド)はそのためのものだ。空気にも質量がある限り、慣性(勢い)がある。インテークバルブを閉じようとすると、長いインテークマニホールドの中の空気はそのままの勢いでシリンダ内に進もうとする。それが慣性加給である。通常、空気を吸い込んでいる都合でインテークマニホールドの中の圧力は大気圧以下だが、慣性加給により体積効率(吸入された空気の標準状態での体積/1ストローク分の物理的空間体積)が1を超える場合がある。この時はターボなしで加給されていることになる。
 と書くと、えらく単純な話だが、実際にはインテークマニホールドの中では共鳴が発生する。圧力波はいわゆる音速で伝播し、インテークマニホールドの端々で反転して共鳴を起こす。その共鳴をうまく利用して体積効率を上げる方法を、共鳴加給と呼んでいる。ところが、ご存知の通り、一定の長さの管の共鳴周波数は、基本的に一定である(次数としてはいくつもあるが、高次のものは振幅が小さくなる)。つまり、あるエンジン回転数でしか共鳴加給は効かないということだ。ある回転数領域だけトルクを上げたい、という時はそれでよいが、全域で加給したい場合はインテークマニホールドの長さを変える必要が生じてくる。それをリニアに変えるのは至難の技なので、管長を切り替える機構が多く採用されている。燃費志向が強いエンジンでは、最高出力よりも低速のトルクを重視する傾向にあるので、インテークマニホールドの長さは共振周波数を下げるために随分長いものになっている。
 最近はインテークマニホールドに樹脂材料を使うようになったが、筆者が開発を担当していた頃はアルミ鋳物が一般的だった。ぐにゃぐにゃとよじれた通路を鋳物で作るのは結構大変だった。金型から製品(ワーク)を引き剥がすための押し出しピン座を設けるとか、型がアンダーカットになるので思ったような形状にできないとかで、性能に悪影響を及ぼす変更を生産準備部署から要求され、丁丁発止のバトルを繰り広げることもよくあった。性能向上には生産技術の進歩が欠かせないということだ。

 次に体積効率に影響するファクターとしては、吸気通路の抵抗がある。レーシングカーでインテークポートを磨くのも、空気と壁との境界を層流にして抵抗を減らす目的からだ。シリンダヘッドは通常アルミ鋳物で出来ているので、鋳砂の粒度を細かくするなど、いろいろな工夫が必要だ。

 当時まだCAEが今ほど進歩しておらず、体積効率をシミュレーションするには、流量係数を実測する必要があった。そのためには、キャブスタンドという装置で、燃焼室の試作品をとっかえひっかえ、それぞれバルブを1mmずつシフトさせ、気圧を調整し流量を測定するという、根気の要る作業をしなくてはいけない。気圧の補正が必要なので、台風などで極端な低気圧になり修正係数が大きくなりすぎると、試験をやり直す羽目になったりしたこともある。
 体積効率を上げるためのバルブの4弁化に伴い、最適な空気の流れの考え方が、スワール(円周方向の渦)からタンブル(縦方向の渦)に変わって行く過渡期だったので、空気の流れを可視化するために細い糸を燃焼室の周りやシリンダに貼り付けた。現在のCAEではコンピュータグラフィックでそれを見ることが出来るが、空気で揺らめいている糸の動きを生で観察するのは、それなりにリアリティがあって、正確さには欠けるが、わかりやすかった。

 最後に、意外に影響が大きく忘れてならないのが、実際の車両で空気を取り入れる場所の選定だ。
 いくらエンジン単体で体積効率を上げる苦労をしても、車両に搭載した時に熱い空気を吸ったのでは、元の木阿弥になってしまう。常に冷たい空気を吸い込むことが出来、かつ雨や前方の車が跳ね上げた水、雪、ほこりなどを吸い込まない場所を探し、そこからエンジンまでダクトを絞らず抵抗も大きくならないように経路を確保するのは、あまり日が当らない割に根気のいる仕事だが、筆者は実は、エンジンを生かすも殺すもその出来次第と考えている。エンジンに存分に仕事をしてもらうための縁の下の力持ち、といったところだろうか。

[効率良く燃やす]
 たくさん空気を入れたら、今度はそれを効率よく燃やすことが必要だ。
 実験的な作業としては、「適合」と呼んでいる空燃比と点火時期を負荷や回転数でマッピングする作業がある。
 点火時期については、最近はノックセンサによる点火時期制御が普及している。これは、ノックぎりぎりまで点火時期を進角させ、軽いノックが出たところで止める、もしくは若干遅角させるというもので、最も効率の良い点火時期が得られる。実はセンサの搭載位置は大変重要である。センサはノックの振動(音)を捕らえなければならず、そのために燃焼室に近い部分に設置する。ところがアルミブロックではブロック上面付近は冷却水通路(ウォータジャケット)がシリンダの全周を覆っており、振動が伝わりにくい。そこで適切な搭載位置を探すことが必要になる。

 吸排気のタイミングも重要である。
 低速では、エキゾーストバルブの閉弁タイミングとインテークバルブの開弁タイミングはラップ(ハルブオーバーラップと呼ばれる)がない方が、排気の再循環がおこらないので燃焼が安定する。一方で高速では出力をかせぐために、バルブオーバーラップは大きい方が良い。そこで最近ではバルブタイミングを可変に制御できる機構が普及してきている。性能面では吸気タイミングが支配的なので、吸気のタイミングだけを可変にしたものも多い。究極の可変吸気は電磁バルブによる完全可変吸気だが、ソレノイドの消費電力などで課題が多く、実用にはまだまだ時間がかかりそうだ。

 当然、バルブの開閉はカムで行うが、このカムの設計にもまたいろいろ苦労がある。特に筆者が経験したエンジンは、1カム4バルブ方式で、ロッカアームを使っていた。
 カムのリフトカーブは、一般的にはポリノミアルやポリダインと呼ばれる。そのカーブに入る前に一定速度のランプと呼ばれる斜面がある。この斜面が急なほど勢い良くバルブが開くので性能には良いが、バルブが閉じているときにカムがバルブを突き上げないように隙間(バルブクリアランス)が設けてあるので、その斜面にぶつかるときにノイズが発生する。それが斜面が急なほど大きなノイズになる。
 性能と騒音は常に相反すると言ってもよい。騒音が悪化する変更をしなくても、性能を上げるだけで騒音は増大する。カムの設計においても、性能屋と騒音屋の間にはさまって、設計は両方から責められる。だから絶妙のバランス感覚がないと、設計は務まらない。

 もうひとつバルブの回転について、面白い話を紹介しよう。
 バルブは金属でありながら、シリンダの圧力を完全にシールする。その秘密はバルブの回転にある。バルブの挙動をスローモーションで見ると、スプリングが伸び縮みする時にスプリング自身がよじれ、それに伴ってバルブも回転する。往復すれば元に戻りそうなものだが、何故か完全には元に戻らず、バルブはわずかずつだが回転する。そうしてくるくる回ることによって、バルブの座面(バルブシート)とのなじみが出来る。ただし、条件によってはほとんど動かない時もある。
 では、バルブが全く回転しないとどうなるか。その場合は、長く使っている内にバルブとバルブシートとの当りが不均一になり、燃焼ガスが吹き抜ける場合がある。バルブの回転を止める主な原因になるのが、ロッカアームのクリアランス調整ネジとバルブの軸端(ステムエンド)とのオフセットだと考えられている。回転しようとするバルブを止める方向にオフセットしていると、バルブの回転が全く止まってしまうことがあるようだ。
 
[機械損失を減らす]
 自動車の功罪の内、最も大きな負の遺産は、CO2の排出である。
 これは自動車の燃費を改善することで低減できる。その方法は車両側でも様々に検討されているが、ここではエンジン側での燃費改善について紹介しよう。

 エンジンの効率を支配する要因に、排気損失、冷却損失と並んで最近特に注目されている機械損失(メカニカルロス)がある。
 そのメカニカルロスの内でも、最も注目されているのが「絞り損失」と呼ばれる、空気を吸い込むときの抵抗だ。特に低負荷域ではスロットルが絞られていて、そこを空気が通り抜けるときにエネルギーが必要になる。スロットルはアイドリングなどでは、ほとんど全閉状態になっている。
 車が一定速で走っている時は、エンジンには非常に小さな負荷しかかからない。つまり、通常走行の大半は低負荷と言っても良い。ここでの燃費を改善すれば、大きな効果が得られる。ではどうやって絞り損失を低減するか。
 低負荷では少量のガソリンしか必要としない。ガソリンは、空気とガソリンとの比率(A/F=air/fuel)がある範囲でないと燃焼しない。丁度、酸素をすべて消費する比率を理想混合比(ストイキ)と呼んでいて14程度であるが、可燃範囲はそれほど広くない。ちなみに最も出力がでる比率は出力混合比と呼ばれ、12程度である。
 もし薄い混合比でガソリンを燃やすことが出来れば、同じ出力を得るのに大量の空気を取り込むことになり、スロットルを開くことで絞り損失は低減する。
 これを希薄燃焼と呼ぶが、その方法として、昔は副室を持った燃焼室が普及した。ホンダのCVCCがその代表選手で、副室内だけは可燃混合比になっていて、そこで燃焼が起こった後シリンダ内に燃え広がるようになっていた。
 排気再循環(EGR)と呼ばれる、排気(=不燃ガス)を再度シリンダに戻す方法も、そのひとつである。
 が、なんと言っても、現在では、皆さんご存知の「直噴」と呼ばれる、直接ガソリンを燃焼室に吹き付ける方法が有名だ。
 この方式はディーゼルエンジンでは昔から行われている。ディーゼルエンジンの燃費が良いのは実は直噴方式を取っているからだ。では、なぜガソリンでそれが採用されなかったか。それは、その燃焼の形態の違いによる。ディーゼル燃料(軽油)は高圧での可燃温度が低く、圧縮空気中に燃料を噴射すると燃料がそのまま発火する。ところがガソリンは、混合気状態でかつスパークプラグで点火しないと発火しない。しかも可燃混合比の範囲が限られている。そういう理由でガソリンの直噴化は困難と考えられてきた。
 ところが、新しい燃焼技術が開発され、スパークプラグの近辺に微粒化されたガソリンを噴射し点火することで、直噴化が可能になった。
 直噴の技術については、各自動車メーカがこぞって解説しているので、詳細は割愛する。いずれにしても見かけ上のA/Fをどんどん薄くしてスロットルを開き、絞り損失を低減するのが直噴の目的だ。けれども直噴にも泣き所がある。機構が複雑になるので、コストもかかる。
 性能向上に関して筆者は、地道だがノーマルなエンジンで、燃焼室の形状や吸排気系を改善し、精密なA/F、点火時期制御を進化させ、コストミニマムで燃費や出力を向上させて行くことが、最も効果的な公害抑制手段になる、と考えている。
 直噴やハイブリッド、燃料電池車も、それはそれでそれぞれの役割があるし、先進性という意味で世間の注目度も高い。しかし、その影でコツコツと、普通に大量に販売されている車のノーマルなエンジンの改良に取り組み、地道な工夫の積み重ねによってクリーンで燃費のよい車両を開発している人たちこそ、量的には最も環境改善に貢献していると言える。例え目立たなくても、彼らの力なくして、地球環境の改善はありえない。

 複雑で高コストのものは、結局普及しない、筆者は技術者としてそう思う。テクノロジーはサイエンスとは違う。消費者は合理的だ。きれいごとで財布の紐をゆるめることはしない。それを政策的にインセンティブを与えて普及させようとしても、長続きはしない。
だからこそ、ノーマルなエンジンの改良は大変重要だ。
 そういう仕事に日々がんばっている大勢の皆さんに、筆者は大いにエールを送りたい。

―――終わり―――