メカロス低減

 カーメーカーで、エンジンのメカロス低減開発に携わった経験から、主にエンジン設計者を対象に、メカロス測定方法、クランク系、ピストン系、動弁系、オイルポンプ、ウォータポンプ、補機駆動系、吸気絞り損失 について、企業ノウハウは除き、思いつくままに解説します。退職時に個人的な資料はすべて廃棄したので、記憶間違い等あるかも知れませんから、その点はご容赦ください。
 車業界では燃費競争が熾烈だが、派手なテクノロジーの陰でそれを支えているのは、メカロス(メカニカルロス=機械損失、主にフリクション=摩擦抵抗と吸気絞り損失)低減技術である。
 エネルギー保存の法則を持ち出すまでもなく、メカロスは熱となるので、エネルギーを奪うだけでなくエンジンの寿命も低下させる場合がある。
エンジンでは、フルスロットルでこれ以上回転が上がらない限界がある。これはガソリンの燃焼によって生じる図示出力(筒内圧力から計算される出力)とメカロスが釣り合った状態だ。エンジンから外へ伝えられる出力はメカロスを差し引いた値なので、釣り合った状態ではメカロスは最大出力を超えるレベルになっている。だから出来るだけ低回転域を使うことが燃費にはよいが、エンジンの燃費特性もあって、単純に低ければいいとは言えない。限界テストでは、試験ベンチの外で消火器を構えながら回転を上げて行ったが、さすがにみんな緊張していた。結果的には、その時エンジンは壊れずにまだ回っていたので、ほっとしたことを思い出す。
 メカロス低減にはいろいろなアイテムがあるが、その開発は実は耐久信頼性確保との戦いだ。非常に地味でコツコツ仕事になるが、「メカロス低減は嘘をつかない=全使用域に効果がある」というのがぼくの信条で、その開発に携わった者として、そのほんの一部だが、このページの読者(おそらくはエンジン技術者)にご紹介しようと思う。現役時代には実現しなかったものも含まれるので、我と思わん設計者の方は是非チャレンジしてほしい。ただし、一般論に留め、メーカーのノウハウの暴露はありませんので悪しからず。

1.メカロスの測定方法
 メカロスの測定は意外に難しい。というのも、エンジンの回転に対する抵抗を図るのだから、基本的にファイアリング(燃焼状態)では測れない。かといって、モータリング(モーターで駆動)では、筒内圧がファイアリング時とは全く異なるので、実態を捕えているとは言えない。そのため燃費改善効果の予測が不正確になる。
 筒内圧を少しでも実態に近づけるためスロットル全開状態で測定する場合は、気圧や気温の影響を受けるので、補正のための係数を求めておくことが必要になる。ところがエンジンは、運転している間にピストンリングやクランクベアリングの摩擦係数が変化する(慣れる、という)。またエンジンの個体差はそれ以上に大きい。そのため、補正係数を求めるにも、標準的なエンジンを探し出すにも、膨大な時間と労力を要する。
 スロットルを全閉にして測定する場合は補正は必要ないが、筒内圧が負圧になり、実際に運転している状態とはかけ離れたものになる。筒内圧に無関係な補機類(ウォータポンプ、オイルポンプ、オルタネータなど)を測定する場合は、この方法でよい。
 ウォータポンプ、オルタネータなど、ベルトで駆動する補機類は、ベルトそのものの抵抗(主に屈曲抵抗)や張力による影響(ベアリング負荷)などを考慮しないといけない。オイルポンプは、単体の性能測定で効果の確認が出来る。ただし、その場合でもオイルの粘度を運転時に合わせる必要がある。通常油温は80℃程度なので、油温をそこまで上げるか、常温でも同等の粘度になる特殊なオイルを使用する。
 正確な燃費改善効果を知るには、メカロス測定の精度を上げる必要がるが、このようにメカロス測定には多くの変動要因があり、それを可能な限り抑えないと、効果が測定バラツキの中に埋没してしまう。当然のことながら、油温、水温は一定条件に合わせこまないといけない。試験中にも変動するので、制度の良い制御機構が必要だ。加えて、今までこのやり方でやっているから、というのではなく、対象となる部品毎にどうすれば正確に測定できるかを考えるのがエンジニアの務めだと思う。
 かくいう筆者も、メカロス低減の開発に携わった数年間は、悪戦苦闘の連続だった。さらっと測定精度向上と書いたが、やればやるほど奥が深く、なかなか一筋縄には行かない。根気のいる仕事で、成果が見えにくいだけに、会社の上層部の理解も必要だ。
 さて、メカロス測定の難しさを理解してもらったところで、いよいよ本題に入る。具体的な数値は企業秘密で明かすことは出来ないが、基本的に公になっているアイテムについて、それぞれ特徴や課題を解説する。 

2.クランク系
 エンジンで最もフリクション(摩擦抵抗)が大きいと考えられるのは、クランクシャフトだ。ピストン系も大きいが、最近はコーティング技術が進み相当にフリクションは低減している。
 クランクは、プレーンメタル(板状のすべり式ベアリング)で支えられている。鉄板の表面にアルミをコーティングして、焼き付きを防止している。鉄対鉄では親和性が高く、簡単に焼き付いてしまうからだ。アルミの表面はかつては平面だったが、近年は細かい溝が掘ってあって、それにより焼き付き性を更に改善している。だが、平面の方が実はフリクションは小さい。
 クランクのフリクションを低減するには、以下のような方法が考えられる。
@クランクの細軸化
 理論的には径の3乗に比例してフリクションは減る。その排反として、メタルの面圧が増加することによる焼き付き、クランク剛性低下によるエンジン騒音の増大、極端に細くした場合はクランクそのものの破損などが考えられる。メタルやクランク材質を変更するなど対策を講じれば耐久信頼性を低下させることなく細軸化を図ることが可能だが、コストがかかるため費用対効果の検証が必要だ。
 クランクは、一般的に軸の角(フィレット)のR部に最も応力がかかる。通常、破壊は引っ張り応力側で起きるので、残留圧縮応力を与えるため、フィレットロールといってローラで圧縮と鏡面化を行う方法もある。
 いずれにしても、クランク系の破損は重大事故につながるので、よほど慎重に開発を進めることが必要だ。
A転がり化
 自動車業界では、クランクはメタルで支持することが一般的だが、モーターボート用のエンジンではボールベアリングやニードルベアリングといった転がり軸受を用いている例もある。エンジンシ始動時(ハンドがけ)の抵抗を小さくすることが目的だ。すべり摩擦から転がり摩擦へ変更すれば、画期的にフリクションが低減する。ただ、さすがに自動車用となると、10〜20万kmくらいは平気で走ってしまうので、耐久性が保証できるかどうかが問題になる。転がり軸受の加重点は点または線接触になるため、基本的に有限寿命と考えて設計しなければいけない。プレーンメタルも無限の耐久性がある訳ではないが、摩耗限度を超えなけば継続使用が可能なので、ユーザーが意識するレベルでは無限と考えても差し支えない。その点が実用化に向けての最大の課題だ。もう一点は、騒音の悪化。例えるなら、板のすべり台を滑る時には音はしないが、ローラ滑り台はゴロゴロとやかましい。そんな極端な音ではないが、メタルに比べるとやはり悪化は免れない。その対策が必要だ。
 すべてのメタルを転がりベアリングに変えるには、クランクを組み立て式にしなければいけない。このハードルはとても高い。そこで、費用対効果も考えて最も有効かつ簡単な方法はというと、クランクプーリ側の1ヵ所のみ転がり化することだ。この方法では、クランクの先端から組み付けることが可能なので、クランクは小変更で済む。また、クランクプーリ側は、タイミングチェーンや補機ベルトの張力によって、エンジンが無負荷で回っているときでも、ベアリングに大きな負荷がかかっている。なので、大きなフリクション低減効果が得られ、費用対効果が最もよい。
 ちなみに、ボールベアリングの組み立て方法を考えてみてください。まるでマジックのようだと思いませんか。筆者はメーカーで組み立てラインを見せてもらって、目から鱗が落ちました。ヒントは、組みあがった状態では、ボールとボールの間に隙間がある(スペーサによって隙間を確保)、ということです。

3.ピストン系
 ピストン本体のスカート部に関しては、近年樹脂コートなどの技術が進み、相当にフリクションが低減されている。もうこれ以上の低減は難しいくらいのレベルだ。
 ピストンリングの張力は、ダイレクトにフリクションに効くので、各メーカーもいろいろチャレンジして来たが、オイル消費とのトレードオフになることが多く、むやみに張力低減に走るのは危険だ。
 注目すべきは、シリンダボアの性状だろう。エンジン100年の歴史で、ボア性状はオイル消費との戦いを繰り広げて来た。一般的には、クロスハッチと呼ばれる研磨傷をわざと付けている。その深さ、ピッチ、角度(クロスハッチ角)は各社のノウハウで、長年の経験によって決められている。そこに切り込むには勇気が要るが、海外(ドイツなど)には、日本のメーカーとは全く異なる思想で加工しているメーカーもある。まだまだ攻める余地はあると思う。ちなみに、ボア摩耗との熾烈な戦いを強いられたディーゼルエンジンでは、古くからプラトー・ホーニングという手法が採用されているが、これはフリクション低減効果があり、最近ではガソリンエンジンでも採用が進んでいる。焼き付きのリスクは高まるが、いっそ鏡面にしてしまうというアイデアもある。なお、ディーゼルエンジンは空気過剰率が高く筒内噴射のため、すす(非常に硬い)が多く発生する。それによりボア摩耗が促進されるので、摩耗に有利なプラトー・ホーニングを採用している。
 フラッシュアイデアとしては、まだ実現はしていないと思うが、ピストンピンの転がり化がある。ピストンはそもそもアルミなので、鉄製のピストンピンとの間では親和性は低く(焼き付きにくく)、特に何の工夫もされていない。ただ、ここもすべり摩擦なので、それなりにフリクションは生じる。しかも、コンロッドの揺動の端では相対動きがなくなるので、一旦潤滑が切れる。再び動き出す時には、それなりのフリクションは生じるはずだ。ただ、転がり化にどれくらいフリクション低減効果があるかの知見はないが、開発のハードルの高さには見合わないかも知れない。

4.動弁系
 動弁系はすでに転がり化が進んでいる。カムとバルブの間に、ローラロッカアームを配置して、カムとアーム、アームとロッカシャフトの間を転がり化している。それなりにコストがかかるので、低コストの直打式を採用する場合は、出来るだけバルブ周りの軽量化を図り、バルブスプリングの加重を低減する方策を取る。バルブスプリングの強さは、バルブのジャンプ(浮き上がり)、バウンス(はねる動き)が発生しないギリギリのところに設定するが、バルブ周りの部品(バルブ、リフタ、リテーナ、スプリングそのものなど)が軽ければ軽い程小さく出来る。ジャンプに関しては、ピストンとの干渉がない範囲なら実用上の問題はないが、バウンスはバルブの気密が保証できないので必ず対策が必要だ。
 ちなみに、ラッシュアジャスタなどのクリアランス調整機構を持たないエンジンでは、カムとバルブの間にクリアランスを設けてある。これは、燃焼ガスに曝されるバルブの軸部が熱膨張するためだ。シリンダヘッドも熱膨張はするが、バルブの温度の方がはるかに高いので、高負荷時にはクリアランスが減少する。万一ゼロ以下になると、燃焼中にバルブが完全に閉じなくなって、燃焼ガスが漏れる。それによってバルブやバルブシートが異常に高温になり、たちまち摩耗してしまう。そのためクリアランスは、いろいろなバラツキを含めてもゼロ以下にならないように設定してある。

5.カムタイミングシステム
 カムタイミングシステムでは、国内ではほとんどのメーカーがチェーンを採用している。1970年頃はゴム製のタイミングベルトを採用していたが、10万kmで交換することが義務付けられていて、ユーザーに負担がかかることから、次第にチェーンに代わって行った。
 チェーンには、ローラ式チェーンと、サイレントチェーンと呼ばれる板金を重ねた構造のものがある。それぞれメカロス低減の工夫はされているが、パーツが金属なので特にカム側(プーリ径が大きい側)で大きな遠心力が発生する。その際にチェーンが外れないように、結構な張力をかける必要がある。張力は、アームと呼ばれる弓型の部品を押し付けて与えるので、ここですべり摩擦が生じる。また、チェーンが張力変動で暴れることを防ぐために、ガイドと呼ばれるもので振れを抑制している。ここでもすべり摩擦が生じる。転がり型のプーリが使えないこともないが、振れを抑制するには相当数のプーリが必要になり実用的でないことと、騒音の問題もある。
 海外(またしてもドイツなど)では、今でもベルトを採用しているメーカーがある。日本でも一部のメーカーはベルトだ。メカロス低減を狙うのであれば、ベルトに勝るものはない。ベルトは騒音も低減できるし、コストも安い。問題は10万kmで交換しなければならないという規制(自工会の自主規制だと思うが)。なので、交換不要なくらいの耐久信頼性を確保すれば、またベルトに戻っていくかも知れない。もうひとつ大きな利点があるのだが、これはメーカーのノウハウに属することなので説明は割愛する。

6.オイルポンプ
 自動車用のオイルポンプは、一般的にトロコイド式歯形を用いた定容ポンプなので、エンジン回転にほぼ比例した流量を吐出する。不必要なオイルはリリーフバルブで逃がすが、ここで油圧のコントロールもしているので、高圧のオイルをただ捨てるという無駄な仕事が発生する。
 エンジンには、耐久信頼性を確保するために必要な油量(油圧と油温に置き換えてもよい)が、回転数や負荷条件によって決まっているはずで、そのギリギリのレベルでオイルポンプを作動させれば、相当にメカロスは低減できる。ただ、それを完全に把握することは難しいので、現状を是としてリリーフ分をなくすような可変型のオイルポンプがオイルポンプメーカーから提案されていて、既に一部では採用されている。ただ、構造が複雑になり、コスト高にもなるので、ここではコンベンショナルなオイルポンプでの着目点を紹介したい。
@歯形
 トロコイド歯形と一口に言っても、実はポンプメーカーによって少しずつ異なっている。それぞれノウハウに属するので詳細は公開はされていないが、特許情報などである程度は知ることができる。
 それとは別に、基本的なスペックによってもメカロス低減は可能だ。最も有効なのは、ポンプ径を小さくすること。同じ仕事をする場合、吐出ポートの径が小さい程トルクが小さなるのは当然のことだ。ただ、近年はクランク直動式のオイルポンプが主流で、その先端側にプーリ類を設けていることから、大幅な径縮小は難しい。別置き型が採用できれば径は相当に小さくできるが、駆動方式によってはメカロス低減効果が相殺されてしまう可能性もあるので、一概に別置きがいいとは言えない。
 歯たけ、歯数、チップクリアランス(内歯を一方に寄せたときの他方の歯先と歯先のクリアランス)などが、アレンジを変えずに変更可能なスペックで、例えばチップクリアランスを縮小すると内部リークが減るので、ポンプの小型化が可能になるが、そのままでは油圧の脈動が増大し騒音が悪化するため、その対策が必要だ。また、詰めすぎるとバラツキで歯同士が干渉し破損する。
Aポート形状
 定容型ポンプでは、容積が増大している時に吸入を阻害するようなポート形状や、容積が減少している時に吐出を阻害するようなポート形状は、メカロスを増大させる。歯型に合わせて最適化することが必要だ。特に重要なのが、ポートタイミグ。これを間違えると、吐出量が減ってしまうこともある。結果的に機械効率が落ち、メカロスが増大する。また、油圧の脈動を抑えるための工夫も必要で、これに関してはいろいろな特許が出願されている。
Bガイド
 オイルポンプロータ(歯の部分)は、通常焼結金属で作られている。なので、平板な形が最も作りやすいが、ガイド部を設けるとリークが減少し、回転中心が安定するので騒音も低減出来る。ただし、材料費も加工費も増えるので、費用対効果の検証が必要だ。
 
7.ウォータポンプ
@インペラ(翼)
 ウォータポンプの駆動力自体が小さいので、どんなに効率を上げてもメカロス低減効果はそれほど大きくない。ただ、一般的に効率を改善するとキャビテーションが減り、インペラの耐久性が向上するなど副次的な効果もある。
 インペラの形状には、径、翼枚数、翼角、断面形状、先端とハウジングとのクリアランス、径方向のクリアランスなど、様々な要素がある。クリアランスは干渉がない限り出来るだけ詰めた方がよい(リーク量を減らすため)。
 インペラの形状決定には、流体シミュレーションが必須だ。乱流渦が発生したり淀みが出来ないように、シミュレーション結果を見ながら形を整えていく。世の中の一般的なインペラに対しては、インペラ径は大きい程、翼角は小さい程理論上の効率はよくなるが、実は目標の揚程、流量によって、最も効率の良くなる最適値がある。インペラ径が大きい程効率が良い、というのは、直観的には違和感があると思うが、遠心ポンプでは常識的な考え方だ。回転の力を如何に圧力に変換するかが勝負だからだ。
 インペラを自社設計しているカーメーカーは数少ないと思うが、もしチャレンジするのであれば、効果の測定方法について以下を考慮しないといけない。
 インペラのトルクは、直接測定することが望ましい。その方法としては、インペラシャフトに歪みゲージを張り付けてスリップリングで歪みを取り出すのがよい。試験前に正確な錘などを使って、歪みとトルクの関係を把握しておく。単純にウォータポンプの駆動力を測定するだけでは、メカシールやベアリングの駆動力バラツキに紛れて、結果を正しく評価できない。どちらも温度依存性が高く、条件を一定に保つことも、正確な校正値を決めることも難しいからだ。これは筆者の経験からのアドバイス。
Aハウジング
 ハウジングの形状(水の出入り口)も重要な要素だ。まず入り口は基本的にインペラの中心と同心の筒形状だが、水がスムースにインペラに流れていくような配慮が必要だ。出口は、円周上でリニアに拡大することで流速を変化させないことが肝になる。これらはみな教科書に書かれていることだが、実際には様々な設計上の制約があって、理想的な形状を取っているエンジンは意外に少ない。理論に忠実であればあるほど素性の良い製品になるので、設計者は出来るだけ理想に近づけることを、執念を持って実行してほしい。
Bメカシール
 メカシールは、水と空気を摺動しながらも分離する奇妙な機構で、その構造を見ても一度ではなかなか理解できない。世界的にも部品メーカーが限られた汎用品で、自動車メーカーの設計者が開発に関わることはない。ただ、メカロス低減ネタとしては、摺動部の押し付け力低減や摺動材の摩擦係数の低減になるので、エンジンへの適用評価で関わってくることになる。その際、特に注意しないといけないことは、メカシールの鳴きだ。スティックスリップとい呼ばれる現象で、グラスハープの原理と同じだが、発生のメカニズムは結構複雑なので、あらゆる条件を想定した評価が必要になる。基本的には、低回転、高温時に発生しやすい。LLCとの相性なども見ておく必要がある。

8.補機駆動系
 ウォータポンプ、オルタネータ、エアコン・コンプレッサは、クランクプーリでのベルト駆動が一般的だ。2気筒エンジン(フィアットやタタなど)では、バランスシャフト直動という例もあるが、こちらは例外と言ってもよい。パワステポンプもかつてはベルト駆動が大勢だったが、今は電動式に変わって来ている。
駆動用ベルトのメカロス低減には、2つの攻め口がある。
 ひとつはベルト張力の低減で、これにより補機類のベアリング負荷が減り、ベルトの屈曲抵抗も減って、ほぼ張力にリニアにメカロスは減少する。
 もうひとつはベルト自身の屈曲ロスの低減。こちらはカーメーカーでは如何ともしがたいところだが、エンジンへの適用ではいろいろ注意点があるので、解説する。
@ベルト張力低減
 ベルト張力低減の王様は、何といってもオートテンショナだ。
 ベルトは、駆動する部品を経る都度張力が低下し、クランクプーリに戻るところで最も低い張力になる。クランクプーリですべりが発生しないようにするには、その最も低い張力がすべり限界を下回らないことを保証しなければならない。そのため、何も駆動していない時の張力を相当に高めに設定することになる。オートテンショナは、この最も張力が低下する場所に設置して、自動的に最低張力を保証するので、駆動力がかかった時には必要な場所で駆動力によって張力が上がり、すべりを防止することが出来る。少し難しい理屈だが、よく考えてもらえばわかると思う。
 筆者は絶大な効果のあるオートテンショナを勧めるが、コストがかかるので、費用対効果の良い他の方法はないかというと、それは基本的なアレンジを工夫することでも可能だ。
 駆動力を同じとした場合、ベルトのすべりは、張力とプーリ径、プーリへのベルトの巻き角で決まる。張力が低い程、プーリ径が小さい程、巻き角が少ない程すべりやすい。基本的に、クランクとプーリ径の小さいオルタネータにしっかり巻き付くようにするとよい。アイドラを追加する方法もあるが、ベルトの寿命は屈曲回数が増えることで短くなる。特に背面プーリはその影響が大きいので要注意だ。
 実は、ベルトは常にある程度スリップしている。ベルトの入り側と出側の張力が異なるので、入り側で伸び出側で縮む。プーリの回転数をそれぞれ計測すると、あたかもスリップしたように見える。これをスリップ率と呼んでいる。ところが本当にすべり出すと、スリップ率が急増する。その場合は、摩擦による発熱などでベルト寿命は極端に短くなるので、ベルトメーカーでそれぞれ限度値を決めている。またエンジンの回転変動もすべりの要因となるので、低回転かつ高負荷時のすべりは必ず測定することになっている。

9.吸気絞り損失
 吸気絞り損失も、業界ではメカロスの中に含めている。こちらは専門ではないので、聞きかじりの受け売りになるが、要するに低負荷時にはスロットルを閉じて無理やり空気を吸い込むので、その分エネルギーをロスしているということだ。
 では、スロットルを廃止するとどうなるか。実はディーゼルエンジンには基本的にスロットルはなく、筒内に燃料を噴射し空気の圧縮熱で着火しているから燃費が良い。トルク制御は、燃料の量で調整する。一方、ガソリンエンジンは火花点火機関で、空気と燃料の比率がある値を超えると点火が出来なくなってしまうので、スロットルがないと必要なトルク制御が出来ない。要は空気量でトルク制御をしている訳だ。
 最近では、スロットルではなく、バルブリフト可変機構で空気量の制御を行うエンジンが増えて来た。こちらは、ほぼ大気圧のまま必要な量の空気をシリンダに送ることが出来るので、絞り損失はかなり低減出来るが、如何せんコストは大変に高い。なので、高級車以外ではあまり採用されていない。
 最も安価な方法は、実は小排気量化で、これが今世界の潮流になっている。排気量が小さいと、馬力が出ないのでアクセルを踏み込むから、スロットルが大きく開く。力の足りない分は加給をすることで補う。フィーリングを悪化させないために、電子スロットルを採用して、ユーザーはエンジンが非力であることを感じないようにしている。これを加給ダウンサイジングと言って、欧州で始まり、今や日本でも主流になりつつある。
 何となくだが、小さいエンジンに無理やり仕事をさせるのは、それでいいのかなというのが筆者の思いだが、これは元エンジニアの独り言と思ってください。

 メカロス低減の解説は以上だ。頭の中にはまだまだ多くの知識が詰まっているが、あまり深入りすると企業秘密の暴露になるので、これぐらいに留めておく。