ペンギンドクターの
診察室
「からくり」という言葉の響きには、少し不穏当なところがあるかもしれませんが、軽い気持ちで受け取って下さい。なにしろ世はコマーシャルのコピーが大金になる時代ですから。「からくり」を現代語で申しますと、コンピュータプログラムのアルゴリズムと言い換えることが出来ましょう。介護認定作業は順調に進んでいるようで、ご同慶のいたりです。医師会員はじめ、関係各位のご努力に感謝と敬意を表します。私もこの認定委員会の末席を汚しておりますが、これまで2度出席させていただいて、一次介護認定判定結果と、医師としての直感的判断とにかなりの開きを感じることがありました。そこで、何が原因なのか私なりに多少分析をしてみて、ご参考までにまとめてみました。
介護の必要度とは、寝たきりの患者さんが出来るだけ快適に過ごすための介護の質と量をいうと、当然どなたも考えることでしょう。ここで出来るだけという曖昧な、実に日本的な表現をいたしました。出来るだけとは努力目標であって、はっきりした最低基準ではありません。結局今回の介護度認定の基準には過去の事例の集積をもとにして推計する方法をとっています。過去にはこのくらいの介護が必要であったので、今後も同じくらいの介護は必要であろうというモデルを出してきて、これに上手くあうような判定の方法を案出したものだと理解されます。
ご存じのように一次調査では、患者さんを調査員が訪問して、85項目について、できる、介助すればできる、できない、などと数段階に分類して集計します。このとき73項目については、似通った項目ごとに7つのグループに分類します。すなわち、麻痺と拘縮、移動、複雑な動作、特別な介助、身の回りの世話、コミュニケーション、問題行動の7つに分かれます。このグループごとに点数を中間集計しておきます。点数の多い方が軽症と考えられます。これに現在受けている医療処置の内容と、調査員が判断した自立度が加えられて一次調査は完了します。
この一次調査の内容を項目ごとにコンピュータに入力すると、結果として患者さんに必要な介護の量の時間の単位で出てきます(要介護認定等基準時間の合計といいます)。時間で表現されていますが、実際の時間とは異なり、円とか、キログラムとかの単位の一つで、実際的な意味はありません。とにかく、この時間が長いほど重症で介護に多くの手が必要になるということです。集計で25分以上、30分未満が要支援、30分以上、50分未満が要介護1、50分以上、70分未満が要介護2というように、コンピュータではじき出されます。この結果が認定審査会に二次判定のため提出され最終決定されるのです。
前置きが長くなりました。このコンピュータの中身が厚生省から明らかにされています。従ってコンピュータでなくても、手作業でも一次判定の結果を出すことが出来ます。この意味では開かれた判定基準であり、公正さの点で高く評価したいと思います。判定のプログラムは、いわゆる樹状モデルが用いられています。トップに最初の項目があり、この回答がイエスかノーかで左に行くか右に行くかを決めます。その下の段にまた新しい項目があって、回答によって左右に分かれ、これを繰り返して、最終項目の結果で何分かの評価が決まります。丁度樹の枝を逆さにしたような、あみだくじのような仕組みです。そして、このようなあみだくじには合計9組用意されていて、整容、排泄、食事摂取、入浴、移動などのカテゴリーに分かれています。
本稿で強調したいことは樹状モデルが一見単純に見えますが、枝分れをする時に、必ずしも医学的に重症だから右に分かれて、軽症だから左に分かれていくというものではないという点です。分かれていく際の基準も、できる、できないで、単純に分かれるのではないということです。例えば下図のような「食事摂取」樹状分類を例に取りましょう。実際にはこのような分類形式があと8組あるのです。まずトップで食事摂取ができるかどうかを尋ねています。次に右に分かれていきますと、嚥下の項目になります。出来ないと左に分かれて終点になります。結果は5.4分でした。その右横の食事摂取以下の枝分かれでは一部介助であっても、いずれも17分以上という結果になります。このような時間の集計が、要介護認定等基準時間の合計となります。直感とはかなり違った結果です。全介助でなければ食事がとれない、その上嚥下ができないということは、経管栄養であると推測されます。この患者さんの方が、一部介助の患者さんより介護としては時間がかからないということなのでしょう。さらに右に分かれていくと、嚥下の可否で分かれた後に再び食事摂取という項目になります。ここで左が一部介助、右が自立か、全くできないかのどちらかになります。(点線箇所)おわかりのように、もっとも重症の程度と、最も軽症の程度が同じ方向に分かれています。その下を右へ、右へと降りていきますと、最後に特別介護という項目になります。これは食事に関することと、褥瘡などの皮膚疾患、及び排泄の項目が含まれている中間項目です。(ついでながら図では、菱形の囲みは単一の項目を、楕円形の囲みは中間項目を表しています。)ここでは先に述べました中間項目の小計点数が分かれる基準になっています。特別介護の中間項目点数が、18点以下なら31.7分で、18.1点以上なら43.2分ということになります。つまり食事とか排泄とかがある程度以上できる患者さんは、余計に介護の時間がかかるという結果になります。これもまた直感とは違ったものではないでしょうか。このような結果は、過去の介護の実例から推計されたものです。つまり、過去の介護以上の熱心な介護は、必要ないという前提で成り立っているモデルと言えないでしょうか。私の経験した症例では、胃瘻と気管切開の患者さんはそうでない患者さんより介護の時間が短くて済むという結果が出ておりました。特別な医療という項目に気管切開の時間が追加点数として挙げられていますが、たったの5.6分です。その意見書には何分かごとに気管の痰を吸引する必要があると記載されていました。吸引は出来るだけ頻繁にしてあげれれば、それだけ患者さんは楽に過ごせますが、どの程度の吸引までを介護保険が必要時間として評価しているのか疑問です。そのためにも2次判定が重要となってくるのではないでしょうか。私達が書いている意見書の重要性を、あらためて認識させられるところです。
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