United
Saul Bihari
Jules Bihari
1970年代・ロサンゼルスで創設
45年に Saul Bihari・Jules Bihari がロサンゼルスで設立した。R&B・C&W・ジャズ・ポピュラー・ブルース・ゴスペルをレコーディングした。50年に子会社の RPM レーベルを設立し、ブルース・ジャズ・R&B・R&Rをリリースした。54年に配給会社として Crown を設立(実際の運営は57年から)し、3年後に低価格アルバムのために使われた。59年にも子会社として Riviera レーベルを設立した。Kent レーベルは58年に設立されシングルだけをリリースしたが、のちの65年から71年にかけてはアルバムもリリースした。すべてのレーベルは家族企業であった。Saul Bihari が社長、Jules Bihari・Joe Bihari(ともに兄弟)が副社長、Lester Bihari はセールスとプロモーション担当のトップであった。Modern・RPM・Crown のA&Rは、Joe Bihari・Jules Bihari・Maxwell Davis・Austin McCoy・Jake Porter・Lester Sill・Ike Turner が担当した。40年代後半から50年代初頭にかけて、Modern・RPM には B.B. King・Roscoe Gordon・Elmore James・Smokey Hogg・Lightnin Hopkins・Little Willie Littlefield・Jimmy McCracklin・Jimmy Witherspoon・Pee Wee Crayton・John Lee Hooker などが在籍した。Modern は、メンフィスの Sam Phillips のマスターをリリースし、Howlin Wolf 作品を最初にリリースしたことで有名である。のちに Sam Phillips が Chess レコードに Howlin Wolf のマスターのリースを始め、Bihari 兄弟・Sam Phillips の仲は決裂する。まもなくModern・RPM は、The Cadets・Marvin and Johnny・The Jacks・The Teen Queens・Jesse Belvin・Etta James・Jimmy Beasley・Richard Berry・Shirley Gunter らのボーカルグループやソロシンガーで成功をおさめた。最大のヒットは Joe Houston(テナーサックスプレーヤー)のインストロメンタル Blow, Joe, blow。ほかにも Why don't you write me(The Jacks・55年)・Stranded in the jungle(The Cadets・56年)・Goodnight, my love(Jesse Belvin・56年)・Eddie my love(The Teen Queens・56年)などがある。Modern は50年に最初の10インチLPをリリースし、いち早く33回転アルバムマーケットに参入した。Schwann Long Playing Record Catalogs が出版されるまで、この頃のシリーズの多くが未知であった。Modern 1200番台シリーズ・RPM 3000番台シリーズのリリースは非常に品質の高い商品で、厚目の盤・ライナーノートの掲載・ジャケットの背の印刷などがあった。これら2つのシリーズで実際にリリースされたアルバム数は検討の余地がある。5002〜5015 までを Crown が再発した時は、盤面に Modern 1202〜1215 と刻まれており、このよく似た数字からオリジナルがリリースされたと思われる。同じく 5001・5017〜5024 を Crown が再発した時に、RPM 3001〜3009 となっている。確実に存在が知られているアルバムは、Modern 1201〜1208・1210・1211、RPM 3001・3006 である。初期の Modern・RPM のアルバムはどんなものでも非常に収集価値がある。残念なのことに、Saul Bihari は57年に Crown からの低価格アルバム路線にすべてのエネルギーを集中させ、この頃からアルバムの品質は急低下していく。Crown からの最初の25枚がリリース(Modern・RPM アルバムの再発)される頃には「レコードをいかに安くすることができるか」が目標となっていた。ジャケットは薄いボール紙で、ライナーノーツもや背表紙もなく、レコード用の紙カバーもなかった。またほとんどが10曲だけの収録で、盤面も薄く、欠陥(針飛びやプレス不良)があった。製造の過程で、ビニールに砂を混ぜて水増ししたとも噂されるほど質は悪かった。これらはノーブランドのアルバムジャケットを使用し、売れ残った盤から別の盤にいれかえてリサイクルしたということである。このため、ほとんどのカバーの裏には収録タイトルすらリストされていなかった。裏カバーは共通で、表カバーはそれぞれに別に印刷された紙が貼られた。売れ残った場合は表カバーの上からさらにもう1枚を重ねて貼っるなどの再利用をした。これら Crown からのリリースは例外として、Modern・RPM ではブロードウエイのオーケストラ・ビッグバンドもどき・クラッシック・子供向け作品などを無名のスタジオミュージシャンを雇ってレコーディングを行った。Saul Bihari は、新しい音楽が流行の兆しを感じた時には常にそれをフルに利用するためにいち早くアルバムを出荷した。ツイストが熱狂的に流行した時は、古いマスターから曲を探し歌のタイトルに「twist」を加えたり、インストゥルメンタルなどは「twist」を含んだ新しいタイトルをつけて再発したアルバムというのが多数ある。「surf・limbo・car 」もまた同じようにリリースされた。これら一連のチープなアルバムにより最も被害を受けたのは(レコードを購入した大衆以外では)恐らく B.B. King ではないかと思われる。彼の新しいアルバムがリリースされるとほぼ同時に Crown は、旧カタログが再発されていたからである。B.B. King の再発盤にコレクターは価値を見出さない。B.B. King・John Lee Hooker・Pee Wee Crayton・Elmore James・Etta James・Jesse Belvin・Richard Berry らも同様で、多くの作品がこれほど不完全に扱われたことは残念である。59年に Riviera というもう1つの低予算レーベルが設立され、レーベル唯一の重要なアルバム Paul Anka(Riviera-R0047)とR&Bの編集盤(Riviera-R0052)がリリースされた。Crown の低価格アルバムシリーズが運営される一方で、Saul Bihari は60年代初めに Modern を復活させ、65〜66年に Little Richard・The Ikettes の低価格ステレオアルバムをリリースした。復活した Modern は、60年代なかばまで運営されたが、ついに会社は破産に至った。全てのレーベルを含めた Kent という新会社が設立され、B.B. King を含む Crown のアルバムの2度目の再発をリリースした。Kent のアルバムは Crown に比べて幾分良いジャケットで、カバー裏にはライナーノートと歌のタイトルが記載されている。しかしこのシリーズは長く続かなかった。70年代初めに起った「懐かしの50年代」の流行をフルに利用するために United という低価格レーベルを新設し、ライナーなしによる Crown・Kent アルバムタイトルをリリースした。