注) ここに掲載している記事は、全文「毎日新聞」に神戸さんが書かれた記事をコピペして貼らせてもらってます。
   新聞の記事への直リンクは、リンク先がしょっちゅう変わってしまう為アドレスを見失ってしまうんで、あえて
   全文コピーして自分のHP内で管理させてもらいます(記事の著作権等の問題クリアしてませんが…(^_^;))

 

うちの子:
自閉症とその家族/1 痛み、分かち合えたら


 「パニックを起こした子供を抱え、車列に飛び込もうとした」「何度も首に手をかけたことがある」。4月21日付の本紙「記者の目」で私(記者)が自閉症の長男(5)について書いたところ、200通以上の反響が届いた。自閉症児の家族からの重い手紙が多かった。私自身、妻から「長男が2歳のころ、このままでは殺してしまうかもしれないと思った」と聞かされた。自閉症は「内気な性格」「引きこもり」とよく混同されるが、親子間でさえ深刻なコミュニケーション不全を引き起こす先天性の障害だ。世間から誤解される一方で、親たちは孤立し追い詰められている。【神戸金史】

 ◇同じ悲劇繰り返さぬため/心中事件の遺族を訪ねた/「近所に知られたら、死ぬ」

 ◇親の悩み、深く重く

 本日1面に掲載した会社員家族の事件からまもなく、また心中事件が起きた。「妻は長男の子育てなどで悩んでいた様子」。記事は長男が自閉症だったことには触れていない。このように報じられる心中事件の中に、かなり自閉症児が含まれているのは間違いない。事件現場を訪ねた。

 取材に応じたのは夫と4人の祖父母。祭壇には美しい女性と子供の遺影と骨つぼが並んでいた。現場の凄惨(せいさん)な光景、遺書、動機……。残された家族は3時間にわたり詳細に語った。ところが、最後になって祖母の1人が突然泣き出した。「記事が出て近所の人に知られたら、私は自殺する」

 雰囲気は一変した。「同じ悲劇を繰り返さないために、同じ悩みに耐えている自閉症児のお母さんのために」。頭を畳にこすりつけて協力を頼んだが、にべもなかった。「あんたは商売かもしれないが……」。十数ページ書き込んだノートは取り上げられた。

 万策尽きた。畳に手をつき礼を述べた時、不意に胸の奥から熱いものがこみ上げた。たしかに私は仕事でここに来た。しかし……。「この遺影は未来のうちの家族かもしれないんだ」。頭を押しつけたまま私はこらえ切れずに嗚咽(おえつ)した。「そんなつもりじゃ」と声が聞こえた。私は何度も「すみません」と謝り、涙を抑えられないまま辞去した。

 近くにとめてあったレンタカーの運転席に体を沈めた。そのまま1時間近く動けなかった。

   ×  ×

 14歳の自閉症の息子のパニックに悩み、手にかけてしまった父親にも取材を申し込んだ。執行猶予付きの有罪判決が出て、刑が確定している。「私と長男の生活は決して終わってしまうことはありません。今も一緒に呼吸し、食べて、眠り、会話を交わす毎日です。私の人生のすべてだった」。丁重に取材を断る文面から息子への愛情と悔恨がにじみ出ていた。

 しかし、障害児を道連れにした心中事件を調べている市村大三弁護士(51)は「普通の殺人が懲役10年なのに、障害児を殺した親は重くて懲役5年。執行猶予が付くこともある。温情判決は命を軽んじている」と主張する。親に同情しての減刑嘆願運動にも批判的だ。「障害児の親の気持ちが分かっていない」と批判されることもあるが、「殺すくらいなら放り出せばいい。殺されるよりどれだけいいか」と反論する。市村弁護士の長男(15)も自閉症だ。

   ×  ×

 この豊かで成熟した時代に、なぜ自閉症児の親たちは追い詰められるのか。

 悲しみに暮れる遺族の家から追い出された後、ボーッとしたまま私は携帯電話で自宅をコールした。聞きなれた妻の声に続いて、「あはーはん(おとーさん)」。うちの子の声が聞こえた。=つづく

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うちの子:
自閉症児とその家族/2 違い、見分けつかない
お気に入りのぬいぐるみは、常に同じ場所。少しでも動いているとパニックを起こす=千葉県内の保健師宅で

  ◇「賢い」が痛みに無頓着/人間関係うまくいかない/「検診すり抜け、多いはず」

 「言語に遅れがなく、知的に問題がない場合どこにも療育の場はありません」

 千葉県に住む保健師の女性(41)からアスペルガー症候群の長女(6)について書いた手紙が届いた。自閉症スペクトラム(連続体)の中に含まれる障害だ。言葉は話せるが、微妙な皮肉や冗談が分からない。興味の範囲は限られ、対人関係がうまく行かない。それがなぜなのか、自分自身もよく分からない。

 保健師の自宅を訪ねた。「お母さん、もう一つお菓子食べていい?」。長女はうれしそうに菓子を口に入れた。ごく普通の小学1年生。自閉症児の父である私(記者)が見ても、全く健常児との違いが分からない。

 1歳半で人気ドラマの主題歌を正確に歌った。「この子は賢い」。祖父母は喜んだ。感覚がおかしいことに気付いたのは、3歳のころだった。風呂で足に青黒いあざを見つけた。「これ、どうしたの?」。けがをしたことの自覚が長女はなかった。

 怖いもの知らずで、蜂の巣に手を突っ込んで刺され、3メートルもある滑り台から飛び降り転がってもけろりとしていた。やってみたいことは即実行。スーパーでは香ばしいお茶の大きな缶に腕を突っ込んだ。保健師は平謝りし、ほうじ茶を1キロも買い込む羽目になった。

 アスペルガー症候群の中には、痛みに対する反応が過剰な人や、逆に無頓着な人がいる。味覚や臭覚が過敏で、特定の会社のレトルト食品だけ嫌がったり、特定の香水を付けた人が苦手だったりすることもある。

 長女は怒ると両足でジャンプしながら、2〜3時間も泣き叫ぶ。「聞き分けがない子」という視線にさらされながら、保健師はやっと気付いた。

 「しかっても、『なぜいけないのか』をこの子は理解していない」

 発達心理学を専攻した精神科医を探し、今年1月にやっとアスペルガー症候群と診断された。入学式は迫る。知能は高いのだから、普通の教育を受けさせたい。障害だとは言わずに入学させた。

 入学式の帰り道。子供たちがかけっこを始めた。追い抜かれた長女は怒り出した。「あやまってよ!」。相手の子は理由が分からない。保健師がなだめても30分以上パニックが続いた。こんなトラブルが入学後も相次いだ。とうとう6月8日、担任への連絡ノートで「実は……」と障害を告白した。目を合わせて注意をそらさせず、単語を区切ってゆっくり話してくれるよう頼んだ。帰宅した長女は「今日は先生の言っていることが分かった」とご機嫌だった。

 自閉症スペクトラムは、新生児100人に1人はいる。わがままでも、親のしつけが悪いのでもない。そういう特性の先天性障害なのだ。特性を理解すれば対処方法はある。「3歳児や就学時の検診をすり抜けている発達障害児はとても多いはず。保健師としても痛感します」【神戸金史、写真も】=つづく

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 ◇幅広い発達障害の種類

 発達障害は自閉症、アスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などが含まれる。自閉症は知的障害がある場合と、知的障害を伴わない「高機能自閉症」があるが、いずれも(1)対人関係や社会性の障害(2)言葉や目線などコミュニケーションに問題(3)パターン化した行動やこだわりが強い、という症候が見られる。アスペルガー症候群は言葉の遅れや知的障害はない。これらを「自閉症スペクトラム」という。

 一方、ADHDは(1)不注意(気が散りやすい、長続きしない)(2)多動、多弁(3)衝動的に行動する、の特徴がある。LDは全般的な知的発達に遅れはないが、読み書きや計算など特定分野に偏りがある。【鈴木玲子】

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うちの子:
自閉症児とその家族/3 こういう私、わかって
 ◇家族は役柄と信じていた/1歳半で絶対音感身に付け/涙が出て「悲しい」と知る

 世の中は、シナリオに沿って動いていると信じていた。「父」とは朝8時、家を出て行く役。出勤後、父は次の出番を待っている。自分はいじめられ役。「役柄を完ぺきに演じないといけないと考えていました」

 6月25日、横浜市。福祉ボランティア対象の講演会で、佐賀県に住む藤家(ふじいえ)寛子さん(24)は小学2年まで信じて疑わなかった世界観を説明した。

 私(記者)が「記者の目」で自閉症の長男(5)のことを書くと、すぐにメールをくれたのが藤家さんだった。自分がアスペルガー症候群であることを明かし、「他の誰かになりたかった」という本を4月に出した。

 眼鏡を離せない。理由は「ふちの中だけを見ればいいから」。私たちは会話の相手の顔を主に見て背景はあまり意識していないが、藤家さんは視界に映るすべての映像が、すべての雑音とともに頭に流れ込んでくるという。情報の処理に手いっぱいになると、「からくり人形」のように体が動かなくなってくる。

 私の長男が3歳ごろまで車の騒音と私の声を区別できなかったことを思い出した。自閉症は知覚情報を脳が整理できず、蛇口から水が流れる音が滝つぼの真下にいるように聞こえる人もいるという。

 運動神経の感覚にも問題がある。「右足の次は左足」。小学校までは意識しないと歩けなかった。体温調節は今も自然にできない。微細な顔の筋肉の動きと声の大小で、相手の喜怒哀楽を想像する。嫉妬(しっと)のような複雑な感情はまだうまく理解できない。

 その一方、どんな音階も完ぺきにとらえられる「絶対音感」は1歳半から獲得した。だが、人の声にそれぞれ特徴があることは最近知った。音階の正確さだけが好みの基準だった自分に気づき、がっかりして持っていたCDを売ってしまった。

 アスペルガー症候群には、まれに「天才」が現れる。哲学者のウィトゲンシュタイン、音楽家のサティはその典型と言われる。テレビドラマの人気者「ミスター・ビーン」もそうだ。藤家さんも幼稚園のころから、10ケタの数字を1回聞いただけで、逆から言える。

 「いじめに耐えられる自分になればいい」。藤家さんは小学4年で、明るく世話好きな別の人格が心の中に生まれた。弱い本当の自分はその陰に隠れた。大学2年生で倒れ、回復した時には中学や高校時代の記憶をほとんど失っていた。代わりに、素顔の自分が初めて分かった。アスペルガー症候群と診断され、「感覚異常は思い込みじゃなかった」とほっとした。

 今は二つの概念を理解しているつもりだ。家族と愛情。父は、家族のためにお金を稼ぎに働きに出る。母は頑張って私を産んでくれた人。「配役じゃない。本当に私とつながっている人なんだ」

 少し変わっているかもしれないけれど、こういう障害があることを理解してほしい。「悲しいから涙が出るんじゃない。涙が出て初めて『今、私は悲しいんだ』とわかるのです」【神戸金史】=つづく

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うちの子:
自閉症児とその家族/4 貧困な乳幼児期支援
 ◇担任がADHD「何ですか?」/「わがまま」といじめの標的/初診まで2年9カ月待ち

 まだ長女(13)が小学1年生のころだった。居眠りや忘れ物が多く、よく一人遊びをしていた。「うちの子は何か問題があるのでしょうか」。相談した母親(36)は、担任教師の冷たい視線に押し黙るしかなかった。

 <しつけの悪さを、子供のせいにしている>

 担任の顔にそう書いてあった。

 家では明るい普通の子だった。「顔を洗いなさい」「もう学校へ行きなさい」と言えば素直に従った。ところが、学校では一変。チョウを見ると授業中でも追いかける。集団行動ができず、3年生のころ、注意欠陥多動性障害(ADHD)ではないかと思った。が、当時の担任も「何ですか、それ?」。

 「わがまますぎる」とクラスで浮き上がり、いじめの標的になった。青あざが絶えなかった。「うちでは普通なのに……」。母親はノイローゼ気味になった。長女に包丁を向けた。風呂で沈めようとした。「ここまでやれば責任取ったことになるんでしょ、と世間に言いたかった」

 6年生になり、新しい担任が教室の異常に気づいた。「あまりにひどい」と泣いて児童に迫った。いじめは止まった。中学のスクールカウンセラーと連絡を取り、専門医からアスペルガー症候群と診断された。

 「もっと早く分かっていれば、学校生活は違うものだったかもしれない」と母親は悔やむ。

   ×  ×

 窓辺に置かれた電車や積み木の自動車で、高機能自閉症の男児が遊んでいた。あいち小児保健医療総合センター(愛知県大府市)の心療科診察室。

 「次回は9月にね」。杉山登志郎心療科部長は、A4判ファイルが並んだ2段重ねの棚から次の患者のファイルを取り出した。この日の患者数は40人。週1回の発達障害の外来日には県内外から患者が殺到する。

 同センターは四つの専門外来がある。初診を受けるのに心身症と不登校は1カ月半、虐待など子育て支援は2週間待ちだが、発達障害は実に2年9カ月も先だ。子ども本人だけでなく、親や学校の先生にもじっくり話を聞かなければならない。だが、発達障害を診察する児童精神科医は全国に約200人しかいない。杉山心療科部長は「待っている間に幼児期が過ぎてしまう。発達障害は早く気づいて早期療育につなげることが大切なのに」と懸念する。

   ×  ×

 アスペルガー症候群も高機能自閉症も知的障害を伴わないだけに、なぜ周囲との不調和が生じるのか、本人や家族もわからない場合が多い。いじめ、排斥など2次的被害にも苦しめられる。

 成長とともに自己決定を尊重し、本人中心の生活を支援する態勢の充実が求められており、医療主導の治療や教育偏重には批判も根強い。しかし、乳幼児期を支える医療現場はあまりにも貧困だ。子ども10万人当たりの児童精神科医数(96年)はスウェーデン12・5人、スイス12・0人に対し、日本は0・35人しかいない。【神戸金史、鈴木玲子】=つづく

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うちの子:
自閉症児とその家族/5止 優しい目で見守って
 ◇パート勤め、母子の生活/「私が死んだら…」将来は/家族に寄り添う支援を

 その夜のメニューは、豚のブロック肉と大根、ニンジンを煮込んだ沖縄風料理だった。スーパーで食材を買い、レシピも見ずに料理した。「少し酸っぱいが、十分食べられるよ」と言うと、翔君(17)は「ありがとうございます!」と大きな声を出した。

 翔君はシャワーを浴びるため、必ず午後6時に買い物から帰る。その後の予定があるわけではないが、遅れそうになると慌てる。料理は1回50円、米とぎ30円、アイロンがけは20円。小遣い帳に鉛筆で書き込み、たまるとゲームソフトを買う。独り言をつぶやきながら、洗濯物をたたんで丁寧にアイロンがけする。「こんな日が来るとは夢にも思いませんでした」と母親の目崎順子さん(43)は言う。

 2歳のころは自閉症特有のパニックをよく起こした。「あの子、変」「親のしつけが悪い」。厳しい視線を避け、目崎さんは夜の公園で遊ばせた。子育ての何が楽しいんだろう。翔君を抱いて大通りの車に飛び込もうとし、直前で思いとどまったことが2度あった。

 10年前に離婚してからパニックは減った。親の不安定さが子に影響していたことを知った。パート収入や実父からの援助で生活してきたが、将来を考えると不安になる。翔君を就職させたくて、パソコン教室に通わせ始めた。

 「私が死んだら……」。目崎さんが取材中に漏らした言葉を、食器を洗っていた翔君が聞きつけた。「お母さん、死ぬの? 嫌だよ。だめ。絶対」。顔が引きつっている。「まだ死なないから大丈夫」。何度もなだめられた翔君は「協力してよ!」と大声を出し、洗い物に戻った。

 よく似た境遇の女性(41)から投書が届いた。高校生の娘2人が軽度の自閉症。離婚後の生計はアルバイト収入のみ。「娘が社会に出られるか。自立できなかったら、そこで私たちは……」。何の支援もなく瀬戸際で踏みとどまっている家族があちこちにいる。

 取材後、目崎さんからメールが届いた。「あれから翔が『疲れたでしょ』と肩をもんでくれました。ずっと3歳のままでいてくれたら……と考えてた自分を、今はばかだったと感じます」

    ×    ×   

 「レインマン」「光とともに…」など自閉症をテーマにした映画やドラマは多いが、現実の自閉症児は意外に知られていない。専門性の高い療育が求められる一方で、科学的根拠の薄い治療法や薬や教育が喧伝(けんでん)され、ブームになったものもある。わらにもすがりたい親の気持ちにつけ込んできた一部の「専門家」への批判は根強いが、マスコミが宣伝に一役買った例も少なくない。

 その陰で悲劇が繰り返されていることを、私たちはかみしめなければなるまい。どんな障害があっても自己実現や社会参加のための支援が必要だが、まず幼い子どもを守らなければ何もならない。乳幼児期の医療や福祉を充実し、本人や家族に寄り添った支援が必要だ。そして何より、あなたの隣で暮らしている自閉症児とその家族を優しい目で見てほしい。【神戸金史】=おわり

 

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