「よっしく」 彼女の笑顔につられて、思わず笑顔でかえす。
「江…藤…」 「な、なあに?」 彼女はこころなしか、少し頬を赤くして彼を見た。 彼は勢いづいて飛び出してきそうな言葉を飲み込んだ。 「いや、なんでもないんだ。悪ィ」
よく考えてみるまでもなく、あの当時出会った少女とこの転校生が同一人物であるはずがなかった。 それでも訊ねてみたい衝動にかられたのは、ある種の懐かしさがそうさせたのかもしれない。 だが、二人に何らかのつながりがあったにせよ、今更それを確かめて何になるのだろう。 彼女はきっと、彼がそうであったように、あの日のことはもう忘れてしまっているだろう。 俊は自分の中でそう結論付ける事にした。
放課後、俊は曜子をうまくかわすと一人で歩き出した。 「真壁くーん」 振り向くと、息をきらせて走ってくる蘭世の姿があった。 「はぁぁ…足、はやいのね、真壁くんって」 呼吸を整えつつ、蘭世は笑顔で話だした。
「何か、用か?」 「ううん、ただ一緒に帰ろうって思って」 そう言って、無邪気に笑う。 「ヘンなヤツだな、おまえって」 俊は呆気にとられながらも、つられてまた彼も笑った。
二人が歩き出してしばらくすると、一匹のネコが彼らに近付いてきた。 そして俊の足元にすり寄ると、また駆け出した。 時折立ち止まっては、振り返ってこちらをじっと見る。 まるでついて来いと言わんばかりだ。
彼らは顔を見合わせると、どちらからともなくそのネコの後について歩き出した。 その様子を見ていたネコは、満足げに進み、今度は一気に近くにある階段を駆け上がっていった。
その時彼は心の中で、小さくあっと叫んだ。この階段を上がるとそこは… 何も知らない隣の蘭世は、楽しそうに軽やかなステップで、あっというまに彼を追いこした。
「真壁くーん。早く、早く−」 既に一番高いところで、蘭世が手を振っている。西日をうけて、その姿が少し眩しい。
ゆっくりと太陽は西へと傾き、空がオレンジ色に染まりはじめた。 彼の脳裏にはあの日の光景が、今また鮮やかに蘇り、現実と重なりあっていた。
「あのさ、江藤…」 「なあに?」 「おまえって、年の離れたきょーだいっているのか?」 唐突な質問に面喰らいながら、蘭世はすぐににっこり笑った。
「うん。鈴世っていってね…八つ離れた…」 俊の胸が高鳴った。まさか…? 「弟がいるのー」 「っ……!!」
「何でわかったの?すごいね、真壁くんって」 嬉々としてはしゃぐ蘭世と裏腹に、俊は複雑な表情だった。 先ほどのネコが、彼の心情を察してか、か細く鳴くと、彼を見上げた。 蘭世はひょいっとネコを抱き上げると、 「ほら、よく見える?綺麗な夕日でしょ」と笑った。
彼は一歩下がったところで、彼女の後ろ姿を見ていた。 「ねえ、真壁くん…また…」 彼女の長い髪が風で揺れている。
「またこの夕焼け、一緒に見ようねっ!」 そう言って、少し赤くなりながら後ろを向いた。 蘭世の姿に、幼い日の自分の姿を重ね合わせながら、 「ああ…そうだな…」と不思議な気持ちで答えていた。
蘭世の腕の中で二人の会話をじっと聞いていたネコだったが、突如その腕からするりと飛び、急いで走り出した。 今度はこちらを振り返ることなく。
二人はそれから並んで歩き始めた。
その頃、遠くで「くしゅん」と小さなくしゃみがしたが、二人の耳には届いていないようだった。
かるさんへプレゼント。 実は処女作「答えは君の手の中に」と同時進行で書いてました。 これが後になったのは、タイトルが思いつかなかった為。 今もタイトルでは悩まされます。
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