数ある夢魔の中でも、かなり優秀な部類に入るとサリは自負していた。 実際、アロン王子より直々に仕事を仰せつかったぐらいだ。 その能力を高く評価されていることの何よりの証拠だろう。
簡単に荷物をまとめ、後は人間界へ出発するのみとなった時、部屋のドアをノックする音がした。 開けなくても誰かはわかった。 だからサリは溜め息をついた。
「すごいじゃないか、サリ」 ベッドの上に無造作に腰掛け、男は上気した顔でサリを見つめる。 自らの手柄のようにどこか誇らし気だ。 「そうでもないわ。いつもと同じよ」 にっこりと笑って平然と答えるが、心は別を向いていた。 暫く家を留守にするので昨日は入念に掃除をした。 できれば誰であろうと、家に入れたくはなかった。
ああ、シーツに皺がはいった…
サリは心の中で舌打ちをした。それでも可憐な笑顔は絶やさない。 「今度の仕事はどれくらいかかりそうなんだい?」 男はベッドメイクしたばかりの、ピンと張りつめたシーツを撫でた。 サリのこめかみがひくり、と動いた。 「そうね、いつもよりは長期間になるかもしれないわね」 「その間は…会えなくなるな…」
しんみりと俯く男を見下ろし、顔を上げると真っ正面に鏡があった。 歪んだ笑顔の自分が映っているのに気づき、咄嗟に頬を抑えた。
「どうしたんだい?サリ」 「なんでもないわ」
先ほどよりは「自然な」笑顔でサリは答えた。
思うままに言葉を綴れば、人の心は操り人形のごとく彼女の思うまま。 掌の上で、彼らは踊る。滑稽なほど忠実に。 心が弾むような感動もなく、サリは導かれる結末を冷ややかに見つめる。 当然の結果が予測されるだけに、そこに何ら感慨深さを感じることもない。 当たり前の結果に感動が生まれるわけがない。
今回のターゲットが単に、アロン王子の恋路の行方を阻む者ということだったというだけで、いつもと同じ手順を踏めば、いつもと同じ結果が得られるはずだった。
真壁俊。それが彼の名前だった。 どこにでもいるありふれた少年とは、どこか一線を画すような目が印象的だった。 人と馴れ合うことを拒む、野生の動物のような瞳をしていた。 どことなく、自分と似ていた。 他人と相容れない空気が、そう見せるのかもしれない。 だけど、所詮は人間だ。 彼もまた自分の掌の上で踊る人形になるのだ。
サリが植え付けた記憶が、ランゼから俊と過ごす時間を着実に奪う。 「真壁くん、おはよう〜〜」 ランゼが俊へと声と同時に駆け寄ってくる。 しかし俊は、朝陽のようにキラキラと輝く笑顔に背を向け、夜毎蘇ってくる記憶に耳が塞がれていた。 「吉岡、また思い出したんだけどさ…」 サリは俊の肩越しに挙げた手を静かに下ろす、ランゼの姿が見えた。 ひっそりと萎れていく花のようだった。
俊の心は自分へ向き始めた。 サリは確信した。 達成感と同時に胸に何かが刺さったような気がした。 時間が経てば溶けて消えてしまう氷の礫のようでもあり、見えないくせに痛みばかり主張する、爪の間に刺さった小さな棘のようでもあった。
気のせいだわ。きっと、わたしの思い過ごし。
迷いを振り落とすように、サリはペンを走らす。 そろそろ最終的な仕上げに取りかかろう。 でないと、痛みが酷くなるような気がした。 今もランゼの眩いほどの笑顔が胸の傷口に滲みる。
あの笑顔は、恋する者だけに許されたもの。 鏡に映ったいびつな微笑みが、サリの脳裏に嫌みなほど鮮やかに映し出された。 サリは目を閉じて、こめかみを押さえた。
「待ってて、ルル。もうすぐ大作が仕上がるから」 ふかふかの毛皮を纏った相棒は、返事をする代わりにお腹をぐうと鳴らした。
仮住まいの部屋から見える人間界の夜空は不穏な雲で覆われ、明日の終幕へ向けた計画に暗い彩りを添えていた。 一部の頃の悪役吉岡さんです(笑) ジョルジュといつの間にかつき合う前には、きっと彼氏の1人や2人いてもいいんじゃないかな〜〜というのが個人的見解。 ほら、サリちゃん美人だし。仕事できるし。モテモテだったんじゃないかと思うわけです。 でも本気で好きになったのはジョルジュが初めてなのよ〜〜〜(大興奮←おばかさん) 実は本当に書きたかったのはそこなんですよ。でも序盤戦ってところで力尽きてしまいました。何故かしら〜〜〜???
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