バージンロード

 

 

 

『只今執筆活動中』

ドアの前に張られた紙が自己主張。

蘭世はノックしようとした手をとめた。

名残惜しそうにその場を離れる。

 

ドアを一枚隔てて、消えていく娘の足音を黙って聞いた。

ため息がこぼれる。

わかってはいるが、聞くのがためらわれて。

どうにもならない複雑な気持ち。

 

記憶のアルバムをぱらぱらめくる。

生まれた時。泣き声も小さなてのひらも。

5歳。あどけない笑顔も甘えん坊な瞳も。

14歳。彼と出会った運命のはじまり。

そして明日。わたしの手から巣立って羽ばたいていく。

大切なわたしの宝物。

 

嬉しいけれど、同じ分だけ寂しくて。

ついあんな張り紙をして、拒んでしまった。

妻は、当日はハンカチがいくらあっても足りないわね。

と冷やかして笑う。

 

今日だけは、夜があけるのが少しばかり恨めしく思うよ。

花嫁の父の気持ちとは、切ないものだな。

 

純白のウェディングドレス。

ヴェールをかけられた娘と腕を組んで扉の前に立つ。

「綺麗だよ。蘭世」

「ありがとう、お父さん」

既に蘭世の瞳が潤んでいる。

 

「ああ、嫁にやるのがもったいないくらいだ」

どうやらわたしに似たらしい。

こみ上げてくる涙を堪えて笑う。

 

扉が開かれた。

パイプオルガンの曲にのせて、式がはじまる。

裾を踏まないようにきをつけながら。

右足、左足。一歩ずつ慎重に。

 

ごく親しい友人たちと身内だけの参列者。

彼らの祝福を全身に浴びてバージンロードを歩く花嫁。

蘭世の視線は、その先で待っている花婿へ真直ぐに。

彼女が世界で一番愛する人の元に。

 

足がとまる。

わたしの役目はこれで終わる。

蘭世を守る役目はこれからは俊くん、君に譲ろう。

わたしの大切な息子となった君に。

 


 

かるさんのイラスト「バージンロード」を拝見して、速攻で仕上げたものです。

すんごく素敵です。もしまだご覧になっていない方は、すぐにご覧ください!

 

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