わたしたちの待ち合わせの場所は、いつもの湖の畔。

ここなら、誰にも見つからずにすむ。

父にも母にも内緒の初めての恋は、後ろめたさを潜ませていた。

彼は吸血鬼村の村長の息子。わたしは親が決めた婚約者がいる狼女。

それが何を意味するのか、嫌というほどわかっている。

それでも、わたしは彼と一緒にいる時だけは足枷のことは忘れ、空を飛べそうなほど身軽だった。

 

けれど避けて通れぬ道を見ないふりでいるうちは、いつまでたっても前へ進めないのは当然のこと。

わたしの意志とは裏腹に婚礼の日取りまでが、着々と進んでいた。

もう、後戻りなどできないところまできてしまっている。

覚悟をきめる時がきたのだ。

 

その日もいつもと同じ場所でわたしはモーリと会っていた。

楽しいはずの時間も、今日は会話が途切れがちになる。

わたしの心がざわついて、平静を保てないでいるからだ。

「気分でも悪いのかい?」

心配そうにわたしの顔を覗き込むモーリを見ると、波立つ心が大きくうねった。

「とうとう、結婚式の日取りが決まってしまったの。でもわたしは結婚なんてしたくない!」

泣かないつもりでいたのに、意志とは裏腹に涙が止まらない。

何も言わないモーリはただ黙ってわたしの肩を抱き寄せた。

 

「あなた以外の人と結婚するくらいなら、わたしは死んでしまった方がマシだわ!」

「シーラ、そんな事を言ってはいけない」

「どうして!?」

わたしは声を荒げて顔をあげた。

「君が死んだら、わたしも生きてはいないだろう。君のいない世界など、無意味だ」

いつもの穏やかなモーリとは違う。静かに燃える青い炎が彼の瞳に宿っていた。

わたしは思わず息をのんだ。

 

「シーラ、君をさらっていってもいいかい?」

 

彼は本気だ。本気で全てを捨ててわたしと共に生きたいと願っている。

胸がきゅうっと切なく苦しい。

何か言おうとしたわたしの唇は、からからと空回りをする糸車のように何も言葉を紡がない。

その代わり体中の細胞のひとつひとつが、はっきりと答えを出していた。

籠を開けてくれたのはモーリ。あとはわたしが羽ばたくだけ。

たとえそれが父や母を裏切ることになろうとも。

 

                   ***********

 

「もうすぐ人間界に着くよ」

彼の声がわたしを現実の世界に引き戻した。

運命の扉がわたしたちを待っている。

 


 

和紗さんへプレゼント。

かるさんの「Tokimeki Cafe」で、「一日の終わりに」の前後の話を書いて頂いたことが切っ掛けでうまれた

「ひそかな野望シリーズ」を、和紗さんのところで復活!

この続きは和紗さんちでお楽しみください。ほんとにわたしは幸せだなぁと思います。

 

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