乙女心と桃色の唇

 

 

 

にっこりと微笑んでみたり。

ちょっと背伸びの表情を作ってみたり。

時にはぷぅっと頬を膨らませてみたり。

 

そして膨らんだまま静止する事、約数秒。

シャボン玉がはじけて消えるように、やがてしゅうぅ…と頬の中の空気が抜けた。

百面相に飽きた鏡の中のわたしは、やっぱりいつものわたしなのだけれど…

 

いつもと違って見えるのは、唇を彩る薄くひかれた淡いピンクのせい。

自信なさげなわたしと一緒に、かえでちゃんの勢いに負けてつい衝動買いしてしまった口紅が鏡の中にいる。

全くお化粧らしいお化粧なんて、普段はちっともしないわたしだから、

なんだか浮いて見えたりしないかなぁ…ちょっと心配。

かえでちゃんは「絶対似合う」って太鼓判おしてくれたけど。

確かにあの時は似合っていると、自分でも思ったんだけど。

無理してるように見えるかな?似合わないって言われたらどうしよう…

真壁くんのことだから、気づいたとしても

「天ぷらでも食ってきたのか?」って言うのがオチよね。

 

自分で作った架空の真壁くんの台詞に後頭部をがつんと打たれ、

思いのほか衝撃が強くて一人でしょげている。

考えれば考える程、どんよりと沈んで曇っていく気持ちに

鏡の中のわたしも一緒に、今度はため息をついた。

何も知らない唇だけが変わらずに艶ややかに光っている。

 

直前まで同系色のベビーピンクのワンピースにしようかと悩んだけど、

唇の色が引き立つように、ここは敢えて真っ白なワンピースを選んでみた。

サイドにかかる髪は、これも先日買ったバレッタで止めてすっきりと。

バッグも靴も準備万端で、いつだって席をたてるのに。

それなのにまだわたしは鏡の前に居座っている。

怖じ気づいて、立ち上がる切っ掛けを失ってしまっている。

 

真壁くん、気づいてくれるかなぁ…

不安そうな表情のもう一人のわたしの冷たい唇をなぞる。

 

「蘭世〜、未来の旦那サマがお待ちよ〜」

 

階下からわたしを呼ぶお母さんの声がした。

わたしの心境とは裏腹の音符マークがつきそうな調子に、

思わずかくんとずっこけた。

あらら、きっと真壁くん真っ赤になっちゃってるかも。

早く行ってあげないと。

 

最後に鏡を確認。

大人でもない、子供でもない、ありのままの普段のわたしがそこにいる。

もう大丈夫。いつものわたしね。

バッグに口紅を一つ忍ばせて、わたしは部屋のドアを閉めた。

 

手すりに軽く手をかけて、階段を駆け下りていく。

すぐに待ち人の姿を見つけて、わたしはさらに足を速めた。

 

「真壁くん…お待たせ…きゃぁっ」

最後の一段を踏み外して、わたしは前へ大きく倒れ込んだ。

危ない!と思った瞬間わたしの視界は黒く閉ざされた。

いた…い?

 

あれ?痛くない…?

 

「…ったく、おまえってヤツは…」

間違いなくどこかぶつけたと思い込んでいたわたしの耳に届いたのは、

呆れたような真壁くんの声。

慌てて見開いた目の前には見慣れたTシャツ。

 

「ゴメンナサイ…」

おずおずと見上げると真壁くんは真顔でわたしをじっと見て、

「顔面からずっこけなくて良かったな。鼻がそれ以上低くなったら、めり込んじまうぞ。」

と笑ってわたしの鼻をきゅっと摘む。

 

「んもう!」

 

わたしが「こら」と手を振り上げると、手を離した悪戯少年が逃げていく。

あ〜ぁ、せっかくのお洒落も台無し。

 

真壁くんが走りながら振り返る。

懐かしい「俊くん」の頃の瞳で笑っている。

当分あの口紅の出番はないのかなぁ…なんてことを考えながら

わたしは真壁くんの背中を追いかけた。

「行ってらっしゃ〜い。今夜は遅くなってもいいのよ〜」

という相変わらずの調子のお母さんの声を背中で聞きながら。

 


 

 

記念すべき初リクエストはいつもお世話になっている「Tale of…」の和紗さんからでした。

そんな和紗さんからのリクエストは「ひそかな野望シリーズの逆バージョン」。

どの作品からお題を頂こうかと思いましたが、やっぱり続きが気になる「ルージュ!!」から。

やっぱり和紗さんといえばオムニバスでしょう!!

ちなみに「ひそかな〜」はかるさんのTokimeki Cafeで生まれたものですが、

拙作に和紗さんがその前後のお話をつけてくださっていました。今回はそのご恩返しですね。

拙いながらも和紗さんが以前に発表された作品の続きをかかせて頂きました。

和紗さ〜ん続きは任せましたよ(笑)

…あらこれじゃいつもと変わらない!?

 

NOVEL