本当は未来の大魔女だけど、愛良は見た目はごく普通の少女。

 

目下の悩みはーーーーー宣言通りにならない胸の膨らみと近づきそうで縮まらない彬水との関係のこと。

 

「あたしってつくづくこのテの誘惑に弱いと思う…」

 

重厚な扉の前に一人立ち、愛良はひとりごちる。誰もいないことを再度確認して扉を開くと、眩いほどの白い光が流れ込み愛良を捕らえた。

強すぎる光に足元がよろめきそうになる。

踏みとどまってみるものの、鉄砲水のような勢いで溢れる光の洪水に、愛良はなす術もなく目を閉じて飲み込まれていった。

 

 

ふいに「ごめんなさい」という声と同時に何かが肩にぶつかる。

スイッチが入ったかのように、遠くに近くにざわめきが耳に入り込んできて、やがて愛良は静かに目を開けた。

 

制服姿の少女が駆けていくのを、起き抜けの朝のようにはっきりしない頭でしばらく見ていたが、愛良の意識はようやく鮮明さを取り戻しつつあった。

駅へ急ぐ人たちの流れをせき止めていたことに気づいた愛良は、慌てて道を譲る。

 

「…とうとう、来ちゃった」

 

ぽつりと呟いて朝の通勤ラッシュの流れとは逆へ歩き出す。ここは見慣れたようで見知らぬ町。

 

夢の中の世界を歩くように、どこか心許ない気持ちで彬水が住むアパートの辺りに来たが、マンション建設予定の看板一つ立てられた更地になっていた。

軽く衝撃を受けるが、看板に書かれた西暦を見て、どこかへ引っ越す可能性だってあるのだと自分を納得させる。

 

もう学生ではないのだから大学にいるわけもなく、おそらく社会人になっている年齢だから花屋でバイトもしていないだろうし。

だからもうサッカー部のコーチでもないかもしれない。だが彬水が現在どこで暮らしているのかわからない以上、確実な所で手がかりを探すより他はない。

 

愛良は真壁家、つまり実家へと向かうことにした。父はこの時間だったら家にはいないし、兄もおそらく務めにでているだろう。

できればこの世界まで来たのに、お小言は遠慮しておきたいから母には会わずにいた方が賢明だろう。ならば自分自身に聞いてみるしかない。

 

「あら愛良じゃない、どうしたの?」

 

あれこれ想いを巡らせて歩いていると後ろから声をかけられ、飛び上がりそうになるのを堪えて振り向く。

 

「ココお姉ちゃん!!」

ほっと胸を撫で下ろし、愛良は駆け寄る。

「大学は休み?」

にこやかにココもまた歩みよった。

「う、うん。まあね。お姉ちゃんはどうしたの?」

「やっとねねを幼稚園へ送り出してきたところ。ぐずっちゃって大変だったわ」

 

ーーーそれってやっぱりココお姉ちゃんの子供ってことよね?てことは、ココお姉ちゃんは結婚してて、そんでもって相手は…

 

まじまじと目の前に立つココを見つめる。ふわふわの長い髪を緩やかに束ね、ごく薄い化粧を施している。

何かが大きく変わった訳ではないのに、愛良が知るココとは明らかに何かが違う。

 

「どうしたのよ、愛良。なんだかヘンよ」

「お姉ちゃん、幸せそうだね」

 

愛良の何の脈絡もない言葉にココは瞳を大きく開いたが、吐息をひとつ落とすように瞬きをしてから、微笑みで答えた。

愛良の口元も自然と綻ぶ。言葉にしない分だけ伝わってくる。ココが纏う空気は幸せそのものだ。

 

「じゃああたし、もう行くね」

 

満ち足りた気分でココと別れると、愛良はしばらく歩いたところでふと気づいた。

 

「結局何も聞き出せてないじゃん、あたしってば…」

 

ぺちんと額を叩く。

じゃあねと手を振って別れてしまった後だけに、また真壁家でココと再会するのもなんだか間抜けな話だ。

 

探すあてもなく妙案が思いつくでもなく、愛良は足取り重く公園へ向かった。

結局愛良は彬水のことをよく知らなかったという事実を見せ付けられた気がしたのだ。

 

平日の通勤ラッシュが終わった午前中というのは、どことなく緩んだ空気が漂っていた。

公園には子供たちを送り出した若いママたちが数人立ち止まってお喋りの花を咲かせている。愛良はベンチに腰掛け、目を細めて空を仰いだ。

 

「愛良…何やってんだ?」

聞き覚えのある声に、声の主を探す。懐かしくて、胸の奥が痛くなるほどだ。

 

「開…陸なの?」

愛良は立ち上がった。何度も瞬きをして、確かめるように見つめる。

子供の頃の面影は残しつつも、もう少年ではない。いつの間に背も随分伸びて、愛良を見下ろすほどになっている。

 

「久しぶり!!元気だった?」

「元気だったって…おまえ」

 

口に出してしまってから愛良はしくじったことに気づく。この世界では自分は過去からきた人間だったということに。

しかし開陸の視線は誤摩化しを許してはくれないようだった。愛良は潔く口を割る。

 

「あたし、過去からきたの。でね、ある人を探してるの」

「……」

悪戯がばれてしまった子供のように、愛良は俯いてぽつぽつと語った。

さすがに久しぶりに会った親友の前で、彬水の名前を出すのははばかられたから、ちょっとぼかしながら。

 

「…で、見つかりそうなの?そいつ」

愛良は黙って頭を横に振る。

「ふうん…」

愛良は時折顔を上げては開陸の横顔を見る。開陸は何の表情も見せずに話をきいている。

当時は気づかなかったけど、案外睫毛が長い。意外に整った顔立ちをした横顔に見蕩れてしまい、焦った愛良はまた下を向く。

 

ーーーなんでドキドキしてるの?相手は開陸なのに。新庄さんじゃないのに…

 

一人でドギマギする愛良をちらりと見下ろし、開陸はぽつりと言う。

 

「きっと見つかるさ」

「え?」

「おまえが探してるヤツ」

新緑の葉が風に揺れるように、開陸は笑った。今はその笑顔も彬水に重なって見えて、愛良の胸をちくちく刺す。

 

ーーーあたしが好きな人は新庄さん…なのに…

 

わからない。開陸に似ているから彬水に惹かれたのか。だったら目の前にいるのは、彬水に似ている開陸に惹かれても不思議ではないということなのか。

じゃあ、愛良が本当に好きなのは一体誰なのか。

 

「おい、愛良どうした?」

ぐらりと視界が揺れて、愛良の思考はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

気づけば愛良は扉の外に出ていた。いつの間にか帰ってきたのだ。元の世界へ。

きっとほんの少しの時間旅行だったはずなのに、今は泣きたいほどこの世界が懐かしくて愛おしい。

 

開陸は言っていた。探している人はきっと見つかると。でもそれは「ずる」をして見つけるのではない。

この世界で同じ時を歩みながら未来を見つけるのだ。

しばらく扉にもたれていた愛良だったが、弾みをつけて一歩踏み出した。同じ時を生きる大切な人に会うために。

 

 

 

 

「もう帰っちまったか」

残された開陸は呟く。やがて彼を呼ぶ声がして、振り返った。

 

スプリンターのごとく疾走してくる姿に苦笑しながら、開陸は軽く手を振る。

「もう行っちゃった?」

息を切らせてかけつけて開口一番。開陸が頷くと、彼女はがっくりと頭を垂れた。

「出かける時にココお姉ちゃんが、あたしと会ったって言ってたから、まだ間に合うと思ったのにな〜〜〜」

「そんなに会いたかったのか」

「だってあの時のあたしに、大丈夫だよって言ってあげたかったんだもん」

どこか遠くを見るように、愛良は目を細めて空を仰ぐ。

 

時を越えてやって来た愛良も、今頃同じ空を見ているかもしれない。

そんな気がして開陸もまた空を見上げた。

 

 


本来はイベントの個人作品用として考えていたものでした。

本家の『あいらのタイムトラベル』が過去だったので、

じゃあ未来はどうかなという単純な発想です。

愛良はやっぱり難しくて、やたらと時間がかかってしまいましたが、

そのおかげでねねちゃんの名前を出せたのが、けがの功名といったところです。

当時もなんとなく女の子のような気がして書いてたので、助かりました。

 

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