never ending story

 

material by toricotさま

 

 

苦労して書き上げた小説を今一度読み返した後、望里は感慨深くペンを走らせてエンドマークを置いた。

 

「やれやれ…ようやく終わった」

 

ペンをデスクの傍らに置き、背中を後ろに反り返るように伸ばした後、凝り固まった肩をトントンと叩く。

エンドマークを記してペンを置く瞬間は、至上の喜びであると共に、育てた我が子を送り出すような若干の寂しさも漂わせる。

書き上げた瞬間に自分の手元を離れていくような錯覚に陥るのだ。

 

吸血鬼としては失格といっていい程、太陽の光を浴びても灰にならない体質になった。

お陰で夜を徹して書き上げてうっかり朝陽を迎えても、平気になってしまった。

ご先祖様には本当に申し訳ないと思うが、作家としてはありがたいことだ。

現に今も開け放した窓からは、夏の強い日差しがこの部屋へも届いている。フツーの吸血鬼なら今頃は灰になって、風に飛ばされているだろう。

望里は窓辺に立って、眩しそうに手をかざした。

 

真夏の太陽よりももっと眩いものーーーーそれは最近の愛娘、蘭世だ。

 

窓の向こうでは長い髪を風に孕ませて揺らし、蘭世が駆けている姿が視界に入った。

後ろ姿なのに頬を紅潮させ、瞳を輝かせているのがわかる。その細い身体いっぱいに幸せや喜びを発しているのが見える。

 

蘭世の視線の先には、門の所で待っている青年の姿があり、彼女の姿に気がついたのか軽く手を挙げていた。

やがて望里の姿に気づいた青年が軽く会釈をし、それに続いて蘭世は振り返って大きく手を振った。

 

「行ってきます、お父さん」

声は届かなかったが、蘭世はそう言っているのかもしれない。望里は目を細めて手を振り返す。

 

お転婆で手を焼いたこともあった。

あまり例のない異種族同士のハーフということを差し引いても、吸血鬼としても狼人間としても特性がなかなか現れず、

魔界人としては目覚めの遅かった為、心配をしたこともあった。しかし蝶が羽化する瞬間のように、蘭世は大きく変わった。

 

もうじき本当に羽が生えて、飛び立っていくのだろう。両親の手から離れて、愛する人の元へ向かって。

 

今日は蘭世の誕生日だ。毎年家族で祝っていたが、今年はもうその恒例の行事もなくなるだろう。

小さくなっていく二人の姿を見送ると、望里はカーテンを閉めた。長時間日光を浴びているのは、吸血鬼らしくない吸血鬼といえどもさすがに堪える。

 

「四界伝説の続きでも書くことにしよう…」

 

再び机に戻り、ペンを取る。しかし流れる時間とは裏腹に、文字は原稿用紙の上で何度もステップを間違えて、支離滅裂なダンスを踊っていた。

こんな時は捻っても絞っても逆さにして振ったって、一かけらのアイディアも浮かんではこない。無いものは無い。もう諦めて、ペンを置くしかない。

 

その時ドアをノックする音がした。

 

「あなた、お茶にいたしません?」

「ありがとう、じゃあリビングへ行くよ」

ドア越しに告げると、呪縛から解き放たれたようにペンを置いた。

 

テーブルの上には紅茶が二つ用意されていた。鈴世もまた出かけているようだが、誰と一緒かは訊くだけ野暮というものだ。

子供たちはそれぞれ巣立ち、やがて家族の最小単位は夫婦に戻っていく。空席を見やり、望里は席につく。

窓は夕景を映し、ようやく長かった一日が終わろうとしていた。

 

「ただいまぁ〜」

ドアの向こうで声がする。

 

ーーー蘭世?真壁くんと出かけたはずだったが…

 

怪訝に思った望里が立ち上がった時、扉が開いた。

「ただいま、お父さん」

 

両手一杯に淡いピンク色の花束を抱えた蘭世は、その花よりも優しい笑顔で立っていた。

「随分立派な花束だね」

「真壁くんが選んでくれたの」

幸せを具現化したような娘の笑顔を見るのは、やはり嬉しいものだ。

隣の椎羅と視線を交わして、望里は穏やかに笑った。

 

「ハイ」

「??」

大きな花束を突然手渡されて、望里は戸惑う。

「お父さん、お母さん、わたしをこの世に送り出してくれてありがとう。わたしを生んでくれたこの日に、感謝の気持ちを伝えたかったの。」

うっすらと涙を滲ませて、蘭世がお辞儀をする。

「蘭世…」

 

胸に熱い塊が突然こみ上げてきて、思わず花束を持つ手に力が入った。

だめだ、泣いてしまいそうだ。自分と戦いながらも、望里はふと気づく。

 

「真壁くんは…どうしたんだい?」

「それがね、誕生日は家族で過ごすものだって…」

苦笑して蘭世が言うのを全て聞き終わらないうちに、望里は駆け出していた。

「お父さん!?」

「あなた!?」

背中の方から二人の声がしたが、足は止まらなかった。

ドアや門は開け放したままだが、構わなかった。

 

慌てて俊を追いかけるが既にその姿はなく、

日中の熱気をいまだ残した空には、白い月がぼんやり滲んで見えた。

 

「あれ、お父さんどうしたの?綺麗だね、その花」

「あぁ、鈴世お帰り」

「ケーキ買ってきたんだ。あとで皆で食べようよ」

そう言って、鈴世は箱を持ち上げてみせた。

「…なるみちゃんお勧めのお店かい?」

望里が箱を指差すと、鈴世は照れた笑顔で肯定した。

 

蘭世が嫁ぎ、いずれ鈴世が結婚する時がくれば、この家に残るのは自分と椎羅の二人だけになるかもしれない。

時がたてば家族の形は変わる。

だが、問題なのは形ではない。

蘭世も鈴世も大切な家族であることに変わりはない、ということだ。

 

 

腕の中のスイートピーが甘く香る。

かつて自分が椎羅の両親から彼女をさらって行ったように、

今度は俊が自分の元から蘭世をさらって行くのだろう。

その日は近い。

望里は寂しさとともに、誇らしくも思えるのだった。

 

ーーー待っているよ、真壁くん


*ときめき連載開始より25年目を迎えた2007年。

ときめきサイトマスターが集った2ヶ月間限定のサイトにて掲載された作品です。コメントは当時のままです。

 

(あとがき)

スイートピーの花言葉は「門出」

春の花というイメージが強いのですが、今では年中手に入りますので…(言い訳)

真壁くんが選んだという設定にしましたが、

勿論彼は花言葉なんぞ知りません。たぶん名前も知らないはずです(笑)

「あのピンクのがいいんじゃねぇか?」ぐらいが精一杯。

何はともあれ、Happy Birthday 蘭世!!

 

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