内緒のプレゼント

 

 

 

 

肌を刺すような風はいつのまにか消えて、ゆったりと木々の間を行き交うそよ風に変わった。

 

蘭世と俊の結婚式は数週間後にせまっていた。

望里は平静を装いつつ、どことなく落ち着かない様子。

ソファに腰掛け、手にしている本に目を落としているけれど、ぱらぱらと頁をめくるだけでさっきからちっとも読んでいない。

目に入る文字は映っているだけで、頭には入っていない。

隣に座っている椎羅はそれをよそ目に、 楽しげに運針している。

銀色の針が真っ白な布を泳ぎ、まっすぐに白い跡を残していく。

 

少しずつ完成へと近づくウェディングドレス。

一針一針、愛情を込めて。

出来上がって袖を通した時、蘭世はどんな笑顔を見せてくれるのだろう。

思い描くだけで、心が弾む。

これが手作りの醍醐味よね。

椎羅は微笑んだ。

 

とうとう諦めたかのように本を閉じた望里が、椎羅の幸せそうな笑顔に気付いた。

「もうじき出来上がりかい?」

「ええ。でも後は、花嫁さんのヴェールをこしらえなくちゃね」

口は動かしながらも、椎羅は手を止めない。

尚もリズムよく真っ白な生地に針を滑らせていく。

 

「あまり無理をするなよ」

望里はそっと椎羅の肩に手をのせた。

「ありがとう、あなた」

ようやく手を休め、椎羅は笑顔を見せる。

「わたしは書斎に戻るよ。締め切りが近いんでね」

望里が部屋を出ると、椎羅は再び作業に取りかかりはじめた。

 

まさか蘭世のウェディングドレスを縫うことになるなんて。

時間がたつのはなんて早いんでしょう。

椎羅は感慨深く、形になってきた娘の花嫁衣装を見つめる。

忙しく動いていた椎羅の手はしばらく動くことを忘れ、懐かしい記憶の中へ引き込まれようとしていた。

 

望里との出会い。周囲の反対を押し切っての駆け落ち。

そして生まれたのが蘭世と鈴世だった。

緩やかな時間を過ごす魔界と違って、ここ人間界では目まぐるしく毎日は過ぎていった。

俊がまだ人間だった頃、二人を引き裂こうと躍起だったこともあった。

二人の絆が揺るぎないものだと、何度思い知らされたことだろう。

どんな逆境にあっても、俊を想う蘭世の気持ちの強さは昔の自分を思い出させた。

いや、きっとそれ以上だった。

いろいろあったけれど、この20数年間幸せだったと改めて椎羅は思った。

 

その頃望里はというと、書斎には戻らず地下室におりてご先祖様の扉を開けようとしていた。

式に参列してもらうため、羅々や冬馬を起こしに来たのである。

「蘭世が結婚とはねぇ…あなたたちが人間界に来て、それだけの時間が過ぎたのね。で、結婚式はいつなの?」

「来月です。それでおばあさまにお願いがあるのですが…」

 

 

 

数日後、遂にドレスが出来上がった。

椎羅に手伝ってもらって、蘭世は初めて身に纏う。

花嫁だけに許される輝くような純白は、蘭世の肌の白さを一層引き立てた。

「きついところはない?蘭世」

「ん、大丈夫みたい」

動く度に優しい衣擦れの音がする。

 

「お母さん、ありがとう」

「ふふふ。お母さんからのお祝いよ」

そう言いながら、最後にヴェールをかぶせた。

これで手にブーケがあれば、完璧。

「さあ、お父さんたちに見せてあげなさい」

「はーい」

 

部屋を出ると、ドアの所で望里と鈴世が待ちかねていた。

「どう?」

裾を摘んで蘭世がくるりとまわる。

「だんなさまが惚れ直すかもね」

鈴世がにっこり微笑む。

「やあね、まだだんな様じゃないわよ〜」

蘭世は照れながら、鈴世の背中をばちんと叩く。

 

まだまだ先の話だと、高をくくっていたけれど、ほんの瞬きの間に、この娘が巣立つ時を迎えることになろうとは。

どこか遠くへ行ってしまうわけではないけれど。

胸に去来するのは懐かしい想い出。

望里は急に後ろを向いて、目頭を押さえた。

「あなた、結婚式はまだ先ですよ」

そう言って、椎羅はこっそりハンカチを背中越しに手渡した。

 

 

 

 

そしてその日を迎えた。

爽やかな風と青い空。

厳かに和やかに、式は始まった。

 

交わされる揃いの銀色の指輪と、誓いのくちづけ。

花嫁の瞳からこぼれる、真珠のような涙。

それを拭う花婿の手と優しいまなざし。

 

出席した人たちからの暖かい祝福を受けて、二人は夫婦となり、式は滞る事なく無事に終わろうとしていた。

椎羅はひとまず安堵した。

 

ところがここで予定外のことが起きた。

 

「ではみなさま、ほんの少しだけお待ちください」

蘭世はそう言うと、参列者に向かっておじぎをした。

そして、びっくりしている椎羅に近付いてその手をとる。

突然の事態に、椎羅は振り返って望里に訴えるような瞳で問いかけた。

しかし望里はただにっこり笑うだけ。

 

それだけではない。

この状況を飲み込めていないのは、どうやら自分だけらしい。

誰もそれが当然のことのように、おとなしく黙っている。

訳がわからないまま、とうとう控え室まで連れてこられた。

 

「ちょっと蘭世!いったいどういうことなの!?」

答える代わりに、蘭世は自分がかぶっていたヴェールを椎羅の頭にそっとのせた。

「え…?」

やはりにっこり笑うだけの蘭世。そして控え室のドアを開けた。

 

「お、おばあちゃま…」

そこには親族の列からこっそり抜け出していた羅々が待ち構えていた。

「さあ、座って、お母さん」

蘭世に導かれるまま、椎羅は鏡の前に座らされた。

「じゃあわたしは外で待ってるわ。おばあちゃま、後はよろしくね」

と言い残して蘭世はドアを閉めた。

 

 

 

しばらくして、控え室のドアがゆっくりと開いた。

 

手製のウェディングドレスを身にまとった椎羅が微笑みを浮かべる。

白いタキシードに身を包んだ望里がドアの向こうで待っていた。

 

花嫁からのブーケが椎羅の手に。

花婿からのブートニアが望里の胸に。

 

「お父さんから聞いてたの。結婚式がまだだったってこと。これはわたしたちからのプレゼントよ。受け取ってくれる?」

蘭世の涙にまじった笑顔がきらきら光って見える。

「ありがとう…蘭世…」

潤んだ瞳で椎羅が答えた。

 

「みなさんお待ちかねだ」

望里は椎羅の手をとる。

「ねえ、あなた…教会で式を挙げても大丈夫なの?」

椎羅は心配そうに小声で囁く。

 

「わたしはキリストの前だろうが、どこだろうと、君との愛を誓えるさ」

そう言って望里は目配せをして笑った。

一瞬の間をおいて、椎羅の頬が喜びに満ちて紅潮しはじめる。

 

そして二人は駆けていく。

まるで少し遠い昔を思い出しているかのように。

ただ一つ違うのは、あの時は得られなかった祝福が二人を待っているということだ。

 

その後ろ姿を蘭世と俊が微笑んで見届けた。

「俺たちも戻ろう……」

言いかけた言葉を俊は思わず飲み込む。

馴染みの呼び方はもう使えない。

 

「……蘭世」

 

俊はぎこちない声を発した後、照れた顔を背けながら手を差し出した。

そういうところは、きっと何年たっても変わらないのかもしれない。

蘭世は俊に見えないように、くすりと笑った。

いつも包み込んでくれた彼の手。

愛おしそうに見つめてから、蘭世はもう二度と離れないようにしっかりと彼につかまった。

 

「はい!」

 

 

花嫁の父として歩いたばかりのバージンロード。

今度は新婦を待つ新郎として立つ望里。

先程夫婦となったばかりの二人は、今度は祝福する側に。

ゆっくりと近付いてくる新婦、椎羅。

 

そして再び式が始まる。

 


 

yokoponさんへプレゼント(ウェディング企画)

椎羅さんは駆け落ちしたので、ウェディングドレスを着ていないはず!

どうせなら内緒にしちゃえということで、こんな話になりました。

嬉しいサプライズは書いてて楽しいです。

 

NOVEL