積み重ねた想い出とともに
つい最近までがらんとしていた新しい家に、少しずつ生活に必要なものが並び始めた。 先に配達されていたのは家具で、その次はオーダーしていたカーテン。 そして最後に今日は頼んでおいた電化製品がやってくる。 大きなトラックから次々に運び出されるダンボール。 キッチンには冷蔵庫。リビングにはテレビ。 かなり重たいはずなのに、作業着の二人組は手際よく運び入れていく。 最後にエアコンの取り付け工事が終わるまで、別の部屋で俊と蘭世は、それぞれ実家から運んでいた荷をほどいて片付けていた。
動きやすいように、二人ともジーンズに真っ白なTシャツ姿。 まるで申し合わせたようにお揃いなので、ほんの少しの気恥ずかしさを隠しつつ、蘭世はその長い髪をひとつに束ねた。 「これ、ほとんどおまえの荷物だな…」 後ろで俊がぼやいている。 でもこれは彼の照れ隠し。 蘭世はとっくにお見通し。 「だって全部大切なものばかりなんだもん」
実際、新しく買い揃えたものがほとんどで、持参した荷物は少ないはずだった。 それは俊の場合。 彼は引っ越す前にある程度処分してきたこともあり、また元々それほど物を溜め込まない質なので、徒歩で一往復すれば荷物は運び込むことができた。 しかし蘭世の場合。 洋服の数からして俊とは比較にならない。 その上捨てられないからといって、手紙の山まで持ち込んでくる。 いくら近いからとはいえ、車を一台借りてこなければならないほどだった。
「早くしないから、こんなギリギリの日になっちゃうのよって、お母さんに怒られちゃったの」 頭の上に角ならぬ耳を生やす椎羅の様すら、どこか楽しそうに話す蘭世。 「おまえ夏休みの宿題、8月31日に必死になってするタイプだよな」 そんな蘭世を微笑ましく思いながら、ついからかってしまう俊。 「そういう真壁くんだって、新学期始まってから宿題するタイプでしょ」 「…当たり」 二人は顔を見合わせて笑う。 こんな感じだから、なかなか作業ははかどらない。
「すいませーん、終わりましたー」 廊下から大きな声がした。 「わたし、行ってくるね」 「ああ、頼む」 蘭世はクローゼットに春物の洋服をかけていた手を止めて、荷物の山をかきわけるように部屋を出た。
「この一番下のところにサインをお願いします。奥さん」
―――奥さん…って、わたし?
何気ないその言葉に蘭世の心臓がどきんと大きく弾けた。 顔がかーっと熱くなるのを抑えながら、あたふたとペンを握る。
―――江藤、じゃないんだよね…じゃあ…
ぎこちなく『真壁』と書く。緊張して妙な力が入ったせいか、あまり綺麗な字じゃない。 書いた文字をしげしげと見つめて、ちょっと苦笑い。
「ありがとうございます。じゃ、こちらが控えになりますので」 手慣れた手つきで二枚つづりのうちの一枚を渡すと、にっこり笑って一礼した。 蘭世も真っ赤な笑顔でお辞儀をした。
「御苦労さまでした」 気がつくと俊がいつのまにか蘭世の横にきていた。
「失礼します」 にっこり笑って二人組はドアを閉めた。 ぱたん、という音がすると、蘭世は隣に立っている俊を見上げた。
「ねえねえ、真壁くん。わたし、奥さんって言われちゃった」 俊のTシャツの裾を掴みながら、蘭世がはしゃいだ声で話す。 「何言ってんだよ。明日から奥さんだろ」 「…そっかぁ。明日、なんだ」 特に意識をしないで口をついて出た言葉だったが、俊は言ってしまった後で急に顔を赤らめた。 いつも隣で笑っている蘭世が明日、自分の『奥さん』になる。 改めて思うと非常に照れくさい。
蘭世は思い出したかのように、その言葉の響きを噛み締めていた。 大好きな人の『奥さん』になる。そう考えただけで、また口元がほころぶ。 明日、左手の薬指には揃いの指輪がはめられる。 今はまだ何もないそこを見つめて、蘭世はこれ以上ないというくらいの笑顔。
「片付け、まだ残ってるぞ」 未だ満面の笑顔の蘭世の頭をこつんと叩く俊。 踵を返して先に歩き出す。 「はぁーい」 夢からさめて、慌てて俊の後について走る蘭世。 ほんとはまだ赤い顔の俊に気付いていない。
昨日までむき出しだった窓には、真新しいカーテンがつけられ風に揺れる。 夕焼け空は翌日の二人を一足早く祝福するかのように、やがて真っ白なカーテンを西日で染めあげて、オレンジ色に変える。
そして夜が明けたら『江藤蘭世』は『真壁蘭世』になる。
かるさんへプレゼント。 二人の結婚式前夜の話。 なんとなくギリギリまで片付けしてそうな気がしたので、 前日に電器屋さんが来てます(笑) この調子だと片づけは夜までかかったに違いない。
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