medicine

 

 

いつも喉にひっかかっていたものがある。

刺々しく、しぶとく喉を突き刺して留まっている。

言葉は形を変えられて、感情をなくした声になる。

本当の気持ちはずっと心に残ったまま。

喉が痛い。

 

ゆりえは最悪な気分で目が覚めた。

 

布団を頭からかぶる。

思い出したくないことが、嫌味なほど鮮明に蘇ってきた。

 

心にある気持ちと裏腹に、投げ付けてしまったチョコレート。

いたたまれなくて、その場から逃げてきたこと。

昨日の出来事が思い出される度に、ゆりえの喉は痛みを増した。

ベッドの上で膝を抱える。そしてため息。

 

カーテンを開けて外を見ると、昨日からの雪で地面が白く塗りかえられている。

まだ降り止まない雪。

気が重くて、体はだるい。

行きたくなくても、今日は生徒会の会議がある。行かなくちゃね。

自分に言い聞かせるように、ゆりえは制服に着替えた。

 

誰かがつけた足跡が、踏み固められて消されていく。

昨日の記憶は、消したくても消えることはない。

雪のように白く消してはくれない。

 

学校の門がもうすぐ見える頃になった。前方から黒い傘をさした男子生徒が一人やって来る。

この時間、まだ登校してくる生徒はいないはず。

ゆりえは少し不思議に思った。

 

彼は校舎に入ると、傘に降り積もった雪をはらっていた。

そして彼が顔を上げた時、ちょうど追い付いたゆりえと目が合った。

しかし気まずそうな顔で、彼は目を背けた。

 

「…おはよう、日野くん」

刺々しい異物をすり抜けて出てきたのは、いつもの 冷たい声。

ああ、まただ。早速ゆりえは自己嫌悪に苛まれた。

声にして伝えたい言葉は、今日も出てこない。

ゆりえは自分の傘をたたんだ。白い塊がコンクリートの地面に落ちる。

 

克は何も答えなかった。

黙って靴を履き替え、立ち去ろうとしていた。

行かないで。ゆりえは心で叫んだ。

 

「待って…待ってよ…克…どうしてわたしを避けるの?」

克の背中に向かって、振り絞るような声でゆりえが引き止めた。

手から滑り落ちた傘が、ゆっくり倒れた。

雪道を歩いてきた冷たい頬に、温かいものが伝う。

 

ゆりえは何度も雫をはらおうとした。

悲しいからなのか、どうなのかは自分自身でもわからないが、涙はとまらなかった。

だんだんと思考能力は衰え、足元はふらふらしてきた。

 

克は彼女の質問に答えられなかった。

まだどう向き合っていいのか、わかりかねていた。

結果的にそれが彼女を「避ける」ことになっていたのだが。

 

「なんであんたが泣くんだよ…」

克はどうしたらいいのかわからず、取りあえず、彼女の足元にそのままになってある傘を拾い上げた。

 

克はまだ傘の上に溶け残った雪を落とすと、彼女の手にそれを握らせようとした。

彼女の手に触れた時、克は彼女の異変に気がついた。

 

手がやけに熱い。まさか。

克は咄嗟にゆりえの額に手をあててみた。案の定だ。

 

「何やってんだよ…ったく…」

立ち尽くしているゆりえの手をひっぱると、克は保健室へ走った。

保健室のドアを開けると、そこには誰もいなかった。

 

「おれ、誰か呼んでくるから。おまえは寝てろよ」

克の慌てた声を、なんだか遠くに感じながら、

言われるがままにゆりえはベッドに横たわると、すぐに目を閉じた。

そうか、喉が痛いのはこのせいだったんだ。

ぼんやりする頭で、ゆりえは妙なところで納得していた。

 

しばらくして克が戻ってきた。彼一人だった。

大雪のせいで、交通機関のダイヤは大幅に遅れ、道路は大渋滞となっていた。

車や電車などで通勤している先生たちは、当分来れないらしい。

 

そんなことは、ゆりえにはどうでも良かった。

克がそばにいる。それが一番大事だった。

夢を見ているような気がして、しげしげと克を見つめる。

「な、なんだよ」

 

視線に気付いた克は少し戸惑い気味。

それがなんだかおかしくて、ゆりえはくすくす笑う。

こんな風に笑ったのは、すごく久しぶりだった。

克がいつもより優しい。昔みたいに。それが嬉しかった。

 

「喉、痛くねーか?」

「うん、少し」

「じゃあ、手ぇ出してみな」

 

言われた通り、ゆりえは布団の中から手を出した。

何かが克の手のひらからこぼれ落ちた。

ゆりえの手にキャンディーが一つ、落ちてきた。

透明な包み紙の中に真っ白で、ころんと丸くおさまっている。

 

「薬は先生じゃないと棚から出せないんだ。鍵さえかかってなけりゃなぁ…」

申し訳ないとばかりに、克は頭をかく。

 

口に入れると、どこか懐かしい甘い味がした。

そしてあの刺々しい異物も一緒に、和らげてくれるような気がした。

「ありがとう、克」

 

「早く治せよ」

克はわざとぶっきらぼうに答えて、横を向いた。

 

「そしたら来月、ちゃんとしたやつを、やるからさ…」

と最後に小さな声で付け足した。

 

「キャンディー一つ、じゃなくて?」

「うるせえ。病人はおとなしく寝てろ」

 

克は相変わらず悪態をつくが、今はそれすらも心地よく聞こえる。

ずっと引っ掛かって、邪魔していたものがすーっと消えていく。

ゆりえは隣にいる克を確認すると、安心したかのように、徐々に眠りの中に入っていった。

 

次に目が覚めた時、もうあの喉の痛みは消えているはず。

克がくれた魔法の甘い薬のおかげで。

 


 

bitter-sweet chocolateの続編です。

ホワイトデー企画もので、yokoponさんへプレゼントしました。

苦しみながら書いた記憶が…(笑)

この話、結局ホワイトデー当日ではないんですよね;

でもまあ一応めでたしめでたし、ということで。

NOVEL