第3話  written by ぴー

 

「ね〜え俊、どう?新しい浴衣なの。似合う?」

袖をつまんでしゃなりと回って見せた曜子は、女性陣の中で唯一の浴衣姿で蘭世に差をつけるべく、

相変わらず俊の隣をがっちりとキープしていた。

増え始めた人波の中、ゆりえ、克、そして蘭世がはぐれないように後ろに続いた。

 

夕日は山々の稜線に溶けるように沈み、空に藍色の闇を落とし始めたが、

はしゃぐ曜子の横顔が蘭世には恨めしいほど眩しい。

 

これは合宿。ボクシング部の合宿。だからみんなで一緒にいることは当たり前。

何かの呪符のように心の中で呟く蘭世だったが、いつものようにバトルに参戦できずにいた。

いつも以上になんだか、特に自分にはそっけない俊の態度が蘭世を遠ざけているように思えて、

蘭世の足を押しとどめてしまうのだ。

 

俊の背中が、今はやけに遠い。

 

10分後に花火の打ち上げが始まるというアナウンスにまぎれて、蘭世は小さな小さなため息を落とした。

 

普段と変わりなく振る舞っているつもりの蘭世だったが、

隣を歩く二人には全てお見通しで、克とゆりえはこっそり顔を見合わせた。

「江藤、たこ焼き売ってるぞ。食うか?」

「あら克、屋台といえばりんご飴よ。ねえ江藤さん?」

無理矢理テンションを上げようとした二人が蘭世を挟んで交互に問いかけてきた。

面食らった蘭世は困ったように笑って、首を振る。目顔でゆりえから促された克は、軽く咳払いをした。

 

「それにしてもすっげぇ人だよな。だからさ、もしはぐれた時の待ち合わせ場所を決めておいた方がいいと思うんだ」

「そうね…また人が増えてきたみたい」

蘭世は辺りを見回そうとするが、すぐに誰かの肩がぶつかりそうになるので慌てて首を引っ込めた。

「わたし、待ち合わせ場所に丁度いい所を知っているの。そこにしない?」

ゆりえがにっこり微笑んだ。

 

 

 

「ここの花火は湖面にも映って2倍綺麗なんですって。わたしたちの愛の夜には相応しいと思わない?ねぇ俊」

からんころんと下駄の音をご陽気に響かせ、元々無口な俊ではあるが、

それを差し引いても口を挟む余地も無い程、曜子は喋り続けていた。

何といっても今は曜子の天下なのだ。

幸いにして蘭世は遙か後方を歩いているようで、割り込んでくるつもりはないらしい。

若干の物足りなさを感じた後、慌ててそんな考えを振り落とす。

 

ーーー何を考えているのかしら、わたしったら。こんな絶好の機会なのに。

 

さぁ後は花火が打ち上げられるのを待つだけ。陶然とした曜子が俊にしなだれかかろうとしたその時。

 

「よ、お二人さん」

「何よ、日野くんじゃない。邪魔しないでくれる?」

曜子はじろりと睨みつけるが、克はにぃっと笑うだけでまるで意に介していない。

「それよりさ、もしはぐれた時の集合場所を決めておこうかな〜と思ってさ」

「あらでもわたしたちは大丈夫よ。だって私たちはこれから…」

二人っきりの甘い夜を過ごすんだから…という曜子の続きの言葉は、夜空に舞い上がった大輪の花が奪った。

 

 

 

 

誰もが空を見上げて一瞬言葉を失うほど、鮮やかな色と光だった。蘭世は歩みを止めて、振り仰いだ。

「綺麗だなぁ…」

ぽつりと呟いた言葉の後に、少し遅れてどぉんと重低音が身体に響いてきた。

しかしその周りには克もゆりえも、道ゆく人々もいない。

蘭世は一枚の紙を手に、人込みとは真逆へ歩いていた。

 

「さすがゆりえさん、用意がいいなぁ。ちゃんと地図まで作ってきてたなんて」

名門校の生徒会長を務めるだけあって、そつがない。蘭世は素直に感心した。

これほどの人が集まってくるのだから、

子供でなくてもグループとはぐれてしまうこともあるだろう。丁度、自分のように。

 

あの時、克は前方を歩く俊と曜子へ待ち合わせ場所を伝えにいくと言って、先に歩き出した。

隣を歩いていたのはゆりえだったはずなのだが…いつしかゆりえも姿を消し、

蘭世は早速迷子になってしまった形となったのだった。

 

「えっと、後は一本道をまっすぐ行くと朱い鳥居が見える…って、え!?」

 

 

 

 

「綺麗な花火ね。まるでわたしたちの未来を祝福しているみたい…ね、俊」

語尾にハートマークをたっぷりつけた曜子の言葉は、残念ながら俊の耳には届かなかった。

「どうしなすったんです?曜子お嬢さん」

代わりに、少し離れたところで綿飴を齧っていた惣がすっ飛んで来た。

 

「俊がいないのよっっ!!!」

 

 

 

 

 

曜子の前から姿を消した俊は、蘭世の目の前にいた。

「ど…どうして?」

答える代わりに、俊はひらひらと白い紙を泳がせるように振った。

「日野のヤローと生徒会長が仕組んだんだよ」

「?」

蘭世は俊から手渡されたメモを読んだ。この場所までの簡単な道順と、

 

『朱い大鳥居の神社の前で江藤蘭世が待っている。とにかく早く行け』

 

というメッセージが、「愛のキューピッドより」という言葉で締めくくられていた。

 

 

 

大きく聳え立つ鳥居をくぐり、長く続く階段を歩く。

天の川さえ霞んでしまうほどの光の花が次々に咲いていた。

一段上がるほどに、手を伸ばせば花弁ひとひらをつかみ取れそうな気がする。

しかし、ボクシング部に所属していても蘭世はマネージャーだ。徐々に息が上がってきた。

それに引き換え、俊は息一つ乱れていない。

正直、かなりキツいのだけれど、上りたいと言いだした手前、文句は言えない。

だけど、ペースの落ちて自分をよそに、淡々と歩き続ける俊の背中が恨めしい気にもなる。やっぱり遠い。

 

「早くしないと、終わっちまうぜ?」

心の声が聞こえてしまったのか、俊が後ろを振り返ることなく言葉を投げかけた。

「わかってるんだけど…ふぅ……足が重くって」

「…しょうがねぇな…ほら」

 

ぶっきらぼうな言葉と同時に蘭世の目の前に手が差し出された。

「引っ張っていってやるから掴まれよ。ちったぁマシだろ」

「うん!!!」

 

2、3歩飛び跳ねるように駆け上がり、蘭世は俊の手につかまる。次々に色を変えるスターマインが、二人の横顔を照らした。

本当は赤く染まった頬を薄い闇に、飛び出しそうなほど跳ねる心音は打ち上げ音の中に隠して、蘭世は歩く。

遠かった俊の背中が、もうこんなにすぐ傍に感じる。

 

永遠を生きる種族であっても、誕生日はやはり大切なもの。

でも俊にとってのボクシングがただの部活ではないことを誰よりも知っている蘭世は、この合宿に来て本当に良かったと思っていた。

 

ーーー来て良かった。だって、真壁くんとこうして二人でいられるんだもん。

でも誕生日を覚えていてもらえなかったのは、チョット寂しいけど。

 

蘭世は心の中で苦笑した。

 

「…忘れてねぇよ」

 

前を向いたまま、俊が言う。また心の声を読んだのか。それともまたしても自分の声が大きかったのだろうか。

蘭世が真剣に悩んでいると、俊は立ち止まって後ろを向いた。

 

「おめでとう…ずっと何をプレゼントしたらいいか考えていたんだが、何も用意できなくて悪い」

気まずそうに俊は下を向く。

 

「ううん!いいの!!ちゃんと覚えていてくれただけで…」

蘭世は手を伸ばして俊にしがみついた。花火大会は佳境に入って夜空はやたらと賑やかだ。

しかし二人にはもう牡丹も枝垂れ柳も目に入らない。ただ、互いの心音と響いてくる花火の音だけを聞いていた。

 

 

 

 

「蘭世さんと真壁くん、無事に会えたかしら」

夜空を見上げながらゆりえが言う。

「俺たちの作戦は完璧だ。会えなかったとしら、あいつらが悪いんだ。まったく世話が焼けるよな〜」

同じ空を見上げながら克が言う。ゆりえは克の手をそっと握った。

「!!」

「克。わたしを迷子にさせないでね」

「お、おう」

しどろもどろになりながら克が答えるのを見て、ゆりえは笑った。

 

 

 

そして花火どころではない人物がここにもいた。

「俊〜〜〜〜〜!!!」

犬並みの嗅覚でもって、俊の居所を探そうと躍起だつ神谷曜子と、

「待ってくだせぇ、曜子お嬢さ〜〜〜ん」

人並み外れた脚力の彼女に追いつこうと必死な、用心棒兼運転手の惣だった。


あとがき(発表当時のまま掲載しています)

白川綾(第1話担当)

          素敵なパートナーお二人と組ませて頂き、後をドーンと任せて のびのびと先頭切らせて書かせていただきました。

          久々のときめき作品を書いたので、なかなか勘が戻らず... なんだか別人のようになってしまいましたが、

          少しでも 原作のキャラに近づいて書けていたら...と思っています。

          お読みいただいてありがとうございました。 やっぱりリレーは楽しい&ときめきはいいなぁと再認識です。

ケイ(第2話担当)

          初めてのリレーと言う事で大変緊張しました。

          しかも2番手、トップからつなぎ、きちんとアンカーにバトンパスできたのか心配です。

          違和感なく読んで頂けたのなら嬉しく思います。

          いい勉強をさせて頂きました。

ぴー(第3話担当)

           一つの話を3人で担当するのは初めての経験でしたが、

           お二人の力を得て、イメージを膨らませていく過程は、リレー小説ならではの面白さでした。

           読んで頂いた方に、伝わればいいなと思います。

 

 

 

 

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