「じゃ、行ってくる」

「気をつけてね」

 

いつも通りの会話が囁き声になるのは、サリの腕に抱かれた赤子が丁度すやすやと寝息をたて始めたからだ。

二人は顔を見合わせてこの上ない笑顔を互いに交わし、サリが「行ってらっしゃい」の言葉の代わりにジョルジュの頬へ唇を寄せると、

いつも通りに頬が赤らんでしまったことを気にしつつ、ジョルジュは仕事へ向かう。

 

 

 

 

人間はあらかじめ決められた寿命を全うする。

「神」と名にあれども、決めるのは滅多なことでは姿を現さない、ジョルジュいわく「偉いさん」であって、彼ら死神には決める権限などない。

 

「だけど生き返らせることもできるのよね。それって矛盾してない?」

「そうなんだよな〜〜」

ジョルジュは腕を組んで、眉間に皺を寄せて唸ったが、急に顔を上げて手のひらにぽんと結んだ拳を落とした。

「あーつまり、あれだ。神様だって気が変わることもあるからだろ」

「…何それ」

「気が遠くなるくらい長い間神様やってたら、神様だってたまにはご自分の決めた結果を覆したくもなるんじゃねーの?」

「まさか」

「でなきゃ、生き返らせる方法を俺たちに授けないと思うんだよ」

「でも、本当に生き返らせてしまった死神なんて、聞いた事なかったわよ。大魔女ヘガーテの時代だってなかったんじゃない?」

サリは苦笑混じりに、屈託の無い笑顔を見せる「張本人」を見つめた。

「たしかに、あの後こってり絞られたなー。おまけに減給でさ。いやー参ったね」

どれだけ大変なことだったかは、容易に想像がつく。しかし目の前の彼は微塵も感じさせずにあっさりさらりと片付けてしまった。

 

気が変わったという理由で救われた生命だとしても。決まり事を破ったジョルジュは罰せられた。

神の気まぐれにつき合わされた彼は、とんだとばっちりだ。

なんだか自分のことのように憤るサリだが、肝心のジョルジュがまるで他人事なのがなんだか悔しくて、サリは俯く。

 

「どうしたサリ?」

急に無口になったサリを訝しんだジョルジュから、笑顔がすっと消えた。身長差の分だけジョルジュが屈んで、俯いたサリを覗き込むような形になった。

「え?」

顔を上げるとそこには、真面目な表情になっているジョルジュの顔がびっくりする程近くにあって、サリは慌ててもう一度下を向く。

 

恋と呼ぶには未熟な感情まま、永遠に封印したのに。もう今は目の前の人にどうしようもなく惹かれてしまうなんて。これもまた神の気まぐれなのだろうか。

サリは熱くなる耳を押さえて、ざわめく心を必死で鎮めていた。

 

 

運命の相手に巡り会うまでの些末な紆余曲折なんて、

壮大なる魔界の歴史に比べれば、神が瞬きひとつする間ほどのことなのかもしれない。

これが最初から決められた運命であっても、気が変わって作り替えられたものであっても、サリはジョルジュを選び、ジョルジュはサリを選んだ。そして新しい命が生まれた。

 

「もし神様の気まぐれだったとしたら、感謝しなくちゃね」

仕事へ向かう夫の姿が見えなくなってしまうと、サリは腕の中で眠る我が子を見つめ微笑んだ。

 


 

拍手お礼用で長らく置いていたものです。後半を少し加筆しました。

サリにとっての「神さま」は「死神」さんだったということで…

この二人の子供ははたして男の子だったのか、女の子だったのか。

気になります。

 

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