聖なる夜に
「いらっしゃい真壁くん。お待ちしてましたわ…なんちゃって」 ドアを開けた蘭世が笑顔で俊を出迎えた。 漆黒の長い髪と対比するような真っ白なロングコート。 襟元には肌触りのいい上質のファーが、蘭世の肌の白さを一層際立たせる。 俊はまじまじと見つめる。 「馬子にも衣装、でしょう?」 蘭世は俊の言葉を先回りし、悪戯っぽく笑った。
『いつかおまえをもらいに行く』 あの言葉から1年。 二人の関係は進展のないまま季節は流れ、クリスマスが今年もやって来ていた。 曜子は『あんたたちってば、一体どうなってんの!?』と 何度も横やりをいれてくるのだが、蘭世はいつもただ曖昧に笑うだけだ。
あの日貰ったブローチは、今日もコートの下のセーターの胸元で輝いている。 もう俊は自分の元から突然消えたりすることはない。 敢えて言葉で伝えなくても、心に届く気持ちがある。 それがわかるから、蘭世はエアポケットのような不安に陥る事もない。 様々な出来事が、二人の関係を確かなものにしている。 あと必要なのは、一つのきっかけだけだった。
望里と椎羅は次回作の取材と称して旅行中、鈴世はなるみとデートのため家の中は静かだった。 二人はそのままどの部屋にも入らず、まっすぐあかずの扉へと向かう。 扉を開ければ異世界が広がる。
霧の道は魔界へと続く。先に見えるのは聳え立つ城。 しかし時間がないため城へは立ち寄らず、目的地へと急ぐ。 「じゃあ、行くか」 「うん!!」 帰りの分を忘れずに水筒に入れると準備は完了。 蘭世は俊の腕にしっかり掴まると、想いケ池へ飛び込んだ。
ゆらゆらと流される感覚から、両足にしっかりと地面の感触。 まだ足を踏み入れたことのない街。 写真やブラウン管を通してしか見る事のなかった街。 そこに今二人は立っている。 夕暮れ時を既に過ぎた空は薄闇に覆われていた。 あともう少しで光が灯される。 その瞬間を見るために、多くの人で道は溢れ返っていた。 「人酔いするんじゃねーか?」 あまりの混雑ぶりに、俊が蘭世を気づかう。 「へーき!それよりあとどの位かしら?」 蘭世は俊の腕時計を覗き込む。 時計の針はまだしばしの有余を残していた。
数年前、大きな傷を負ったこの街の冬の風物詩となったイルミネーション。 天へと召された多くの人たちの魂を慰めるため、闇を照らす星のようにその街は光に包まれる。
周りがざわめきだした。 皆、まだ色のない絵のようなアーチを見上げている。 流れ出す音楽が、その瞬間がもうじき訪れる事を知らせている。
音楽が鳴りやみ、一瞬、時間が止まったのかと蘭世は思った。 次の瞬間。 しんと静まり返った空気に突然光が挿し、まるで一枚のステンドグラスのような光の彫刻が現れた。
「うわぁ……きれい…」 蘭世が呟く。 再びざわめく人ごみの中、俊にはまるでそこだけ一筋の光をうけて蘭世が立っているように見えた。 紅潮した頬。煌めく瞳。その横顔が誰よりも輝いている。 いつも蘭世は隣にいた。それはこれからも変わらないだろう。 揺るぎない自信がある。 ポケットの中に忍ばせた小さな箱が、『いつか』がもうそう遠くない未来である事を告げている。
人々の流れが動き出した。 道行く誰かの肩がぶつかり、まだ見とれて立ち止まっていた蘭世がよろめく。 「きゃ…」 前のめりに倒れそうになった蘭世を、俊は片方の腕で抱き止める。 「大丈夫か?」 「う、うん。ごめんね、真壁くん」 俊の腕に支えられながら、蘭世は状態を立て直した。 「まったく…ちゃんと掴まっとけよ」 横を向いた俊が、蘭世に手を差し出す。 「はい!」
二人はゆっくりと流れにのって歩き出す。 幾つもの光のアーチをくぐる時も、手はしっかりと繋がれて。
愛ある世界(柚子書房)さまへの投稿作 なおみ名義のものです。 すっかり冬の定番となった「ルミナリエ」と想いヶ池の間違った使い方の話(笑)です。 一度行きましたが、凄い人すぎてそれっきり二度と行っていません。 綺麗なんですけどね。お腹がすいても店までが渋滞なんですよ。それがツライ。
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