ちゃぽんと小さな音をたてて、つま先からゆっくりと湯船に沈んでいく。 温かな湯が蘭世の身体を、優しく包みこんだ。 湯気で白くもやがかかる浴室全体を、蘭世は不思議な気持ちで見渡す。
開け閉めの度にがたがたと音を鳴らす、摺りガラスの引き戸。 大小とりまぜた楕円形の玉石タイルが敷かれた床。 1人入れば満員御礼になってしまう銀色のバスタブ。
時々、掃除のためにここに入ることはあっても、 そう言えば使ったことはこれが初めてだ。 だからだろうか。 決して広いとは言い難いのになんだか心許なくて、 つい膝を抱えて小さくなってしまう。
違う。蘭世は両手で頬を押さえる。 自分から言い出したことなのに、やっぱり怖くもある。 何がどういう具合に怖いのかは、自分でもまだよくわからないけれど。 それでも、ハグとキスのその先を知りたいと願ってねだったのは自分なのだから。 先ほどより少し足を伸ばすと、湯の中で足が擦れてきゅっと音がした。
せめて真壁くんが、幻滅しませんように… ささやかな(と蘭世本人は思っている)胸を隠しつつ、浴室を出た。
自分の身体から仄かに放つのは、いつもと違う香り。 俊と同じボディーソープの香り。 まるで俊が後ろから抱きしめているような錯覚さえして、 蘭世はバスタオルを巻いたまま、膝から崩れおちそうになった。
(こら蘭世、今からこんなことでどうするのよ)
気を取り直して着替えを手に取る。 いや、取ろうとして、はたと手をとめた。
(着替え…ていいの?それともバスタオルのまま…?)
パジャマだと色気に欠けてしまうだろうか。 だからといって、バスタオル一枚という姿でここから出るような、 大胆さはあいにくとない。
そもそもこういう時って、ブラジャーはつけない方がいいの? せっかくショーツとお揃いなのに… 違うのっっ!決して見せたいわけではなくって… でも可愛いからちょっとは見てもらいたくて… あっっっ!!別にそんないやらしい意味ではなくて… 濡れた髪先から雫が落ちて、蘭世は自分の身体が冷えてきたことに気づく。
(着替える。着替えよう。うん、そうよね。)
この一連の蘭世の大声での考え事は、 いつも通り俊の思考になだれ込んできていたが、 いつも以上に彼が必死で閉ざしていたことを、蘭世は知らない。
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