epilogue
アロンの手のひらから鉛筆が転がった。ノートは開かれているが、文字が書き込まれる気配はない。 「あ〜もう。全然わかんないや」 先週出された宿題は手つかずのまま今日を迎えてしまった。もうすぐ先生がやって来るというのに、だ。
「そうだ。未来へ行って宿題の答えを持って帰ってこよっと」 軽やかなスキップでアロンは未来の扉の前に立つ。しかし扉は閉ざされていた。 押しても引いてもびくともしない。ひとしきり悪戦苦闘した後で、張り紙に気づいた。
「只今工事中…何だよそれ!?」
気がつけば過去への扉も全て封鎖されている。呆然と立ち尽くしていたアロンの後ろ姿を見つけ、サンドが駆け寄ってきた。 「アロンさま、先生がお見えですよ。早くお戻り下さい」 有無を言わせないサンドの口調に、アロンは渋々頷くより他はなかった。
* * * *
「この時期に転校生って珍しいよね」 「男?女?」 「女だって」 「へえ、美人だったらいいのにな〜〜〜」
予鈴が鳴っても周りは騒がしい。雑音を聞き流し、俊は机に伏せていた。 転校生が男だろうと女であろうと、別に興味はない。そんなことよりも昨日もジムでしごかれたので、身体がクタクタだ。
ガラガラと音がして引き戸が開いた。
「チャイム鳴ったぞ。早く席につけよ〜」 出席簿を教壇の上に置くと担任の教諭は、いったん外に出た。また教室がざわめきだした。
「転校生を紹介する。江藤蘭世さんだ」 転校生が軽くお辞儀をすると、長い髪が華奢な肩を滑り落ちた。
「席はこの列の一番後ろだ」 指示された通りに江藤蘭世は歩き出した。周囲が興味深々で彼女の一挙手一投足を見ている。 俊はまだ机に突っ伏していた。
ーーーーーマカベクン
どこかで鈴を転がすような声がした。心の水面に一滴の雫が落ちて小さな波紋ができた。 俊は確かにその声を知っていた。誰だ?忘れてはいけない人だったはずだ。思い出せ。 ーーーーーー真壁クン、ドンナニ時ガ流レテモ
また一雫落ちて、波紋が重なる。俊はようやく顔をあげた。目を眇めて俊は転校生を見上げると、二人の視線は自然と引き寄せられた。 その瞬間、俊の視界はハレーションを起こした。それが切っ掛けになったのか様々な画像が洪水のように流れだしてきた。 しかし早すぎて捉え切れない。指と指の間から水が零れ落ちていくのを、黙って見ているだけしかできずにいた。
何度か瞬きを繰り返し、ようやく焦点が合う。俊は蘭世の黒い瞳をじっと見つめた。 蘭世は俊の強い視線を柔らかく受け止め、ふわりと微笑んだ。
ーーーーーー私ハ必ズ、アナタヲ見ツケテミセルカラ
ああ、そうだ。この笑顔も知っている。覚えている。 流れ去った膨大な数の記憶の画像が、ゆっくり戻り始めた。
deus ex machina <新英和中辞典 第6版 (研究社)> 1 【ギリシャ劇】 (作者が急場の解決に出した)宙乗りの神. 2a (劇・小説などで)不自然で強引な解決をもたらす人物[事件]. b (強引な)急場しのぎ(の解決策). ラテン語god from the machineの意; ギリシャ劇で神が突然機械仕掛けで舞台に現われて結末をつけたことから
(あとがき) アロンが過去を変えようとしても無駄だよ〜んという話を枠組みに書くと、どうしても「機械仕掛けの神」が必要になってしまったのでした。 時は巻き戻されて白紙に戻ります。 それでもタイムパラドックスの問題なんかもあるんですが、真壁くんと蘭世の記憶はどうしても消したくなかったのです。(やりたい放題ですね、わたし) 準備期間が短い割には、なんとか無事に開催期間中に終わることができて良かったです。 非常に満足しております。最後になりましたが、この一ヶ月、皆様からの拍手や温かいメッセージにたくさんの力を頂きました。ありがとうございました。
→TOP
| ||
![]() | ![]() | ![]() |