キャンディにお願い

 

「キャンディ食べる?」

何気なさを装いながら、蘭世が俊にひと粒のキャンディーを渡そうとしている。

まっ先にこれは何かあるなとは気付いていた俊ではあるが、蘭世は決定打を放ってしまったのである。

 

差し出されたキャンディを手に取る瞬間、飛び込んできた声がある。

それは決して意識的に能力を使ったわけではない。

あまりにも蘭世の思いが強すぎて、俊の心へ流れ込んでくるのである。

これでは大声で独り言をいうようなものだ。

 

これで真壁くんの気持ちが、全部わかっちゃうんだわ。きゃ〜〜ドキドキしちゃう。

 

期待に満ち溢れた声を彼女自身は必死で抑えようとしている。

頬に微妙に力が入っているのが、なんだかおかしい。

俊は笑いを堪えるので一苦労した。

 

海の底から沸き上がってくる泡のように、

次から次へと彼女の思考が時には感嘆符やハートマークをくっつけて、俊の心の中で弾けていった。

 

アロンは使ったことあるのかな?

効き目はあるのかしら。

おいしそうだけど、どんな味なんだろう。

食べてくれるかな、真壁くん。

どれくらいしたら、効果があるのかなぁ。

全部食べ終わってから?一口でもいいのかな?ん〜、自分で食べるわけにはいかないし。

 

要約するとこうだろう。

蘭世がアロンからもらったこのキャンディーを使って、蘭世は何かを企んでいる。

おそらく俊が普段言うはずのない言葉を言わせたいのだろう。

 

一種の自白剤みたいなもんか…

 

取りあえず手のひらに乗せて、じっと怪しげな代物を見る。

見れば見る程普通のキャンディなのだが。

問題はこれをどうするかだ。

俊はちらりと蘭世を見遣る。

緊張感溢れる視線を送ってきているが、本人は平静を保っているつもりなのだろう。

 

「なんだよ、じっと見て」

「そ、そお?」

 

口元だけで笑っている蘭世の目があちこち泳いでいる。

つくづく嘘が下手だ。

 

「食べ…ないの?」

これ以上引き延ばしては、かえって怪しまれる。

自白剤とわかってて食べるヤツがいるかと一喝してしまえば話は早いが、読むつもりはなかったとはいえ、結果的に同じ事になってしまう。

俊はもう一度目線を手のひらの上へ落とす。

 

やがて俊は意を決したかのように、勢いよく口の中へ放り込んだ。

蘭世は思わず息をのんだ。

 

「おいしい?」

「……」

 

俊は蘭世の問いかけには何も答えず、ただじっと蘭世を見つめている。

それだけで、蘭世は日なたに置かれた雪だるまのように溶けていきそうになる。

 

もう、聞いてもいいのカナ?

もう少し待った方がいいのカナ?

 

逸る気持ちを抑えつつ、蘭世はとっておきの質問を口にしようと閉じていた唇をほんの少し開けた。

その頬は薔薇色に染まり、瞳は心なしか潤んでいる。

 

「!?」

何が起こったのか、一瞬蘭世にはよくわからなかった。

ふいにぐいっと両腕を引き寄せられたかと思うと、同時に唇に暖かい感触がやってきた。

 

ちょっ…!どうして?わたし、まだ何も言ってないのに…

混乱する頭の中、口に広がっていくものは。

 

甘い感覚を全て打ち消すような驚きが蘭世を襲った。

今、彼女の口の中にある、この甘い味は…

俊が意味ありげな笑いでこちらを見た。

思わず蘭世はごくんと飲み込んでしまった。

固形物が喉から胃へ勢い良く落ちていく。

 

それがさっきまでは俊の口に治まっていたものであり、何故自分の口の中に入ったのかという理由を自覚するまでの時間、

蘭世の動きはねじの切れた人形のように、瞬きさえせずに固まっていた。

 

ようやくぱちくりと瞬きひとつした後、全てを理解した蘭世の体温が急上昇した。

 

「ま、真壁くん…どうして?」

真っ赤な顔で俊に尋ねる。

「どうしてって…おいしいか聞かれたけど、おれが言うより実際食べてみた方が早いんじゃねぇかと思ってな。まだ食ってなかったんだろ?」

蘭世が手にしているキャンディの瓶を見ながら、にやりと俊が笑う。

 

「どうしたんだよ、そんなカオして。おまえが食ったらなんかマズイことでもあったのか?」

 

俊の問いかけに、蘭世は青ざめる。

もうダメ。正直キャンディ食べちゃったから、ホントのことしゃべっちゃう〜〜。

 

蘭世が全てを白状したのはそれからすぐのことだった。

何度もゴメンナサイを繰り返し、必死に謝る蘭世の姿に俊は笑いを噛み殺すのに大変だったとか。

 

さて、残った正直キャンディのその後であるが。

 

「こいつが持ってるとロクなことしねえからさ」

そう言いながら俊は蘭世の頭を軽く小突く。

隣でしおらしく小瓶に入ったキャンディを差し出している。

「作り主のメヴィウスさんにお返しするのが一番いいと思って…」

 

「う、うむ。それも良かろう」

遠い遠い昔に封じ込めてしまいたい程の記憶が、実物と共にやってきた。

それも思いもかけない形で。

手に取った小さな瓶は、昔と少しも変わらない。

 

あの時、くしゃみさえしなければ…。

メヴィウスの記憶は一瞬にして過去へと飛んだ。

正直キャンディを作る為には様々な材料が必要となる。

滅多に使わないものもあるが、それらは棚の上の隅の方に追いやられていた。

埃をかぶって白く変色してしまった瓶が幾つも並んでいる。

メヴィウスは自ら手をのばすのではなく、指をぱちんと鳴らした。

ふわふわと揺れて降りてくる材料を確認しながら、次々に指を鳴らしていく。

カルガモの子のように、メヴィウスの後には幾つもの瓶がついてくる。

そして、真綿のような埃も続いて舞う。

 

「ふ…はっくしょいい…」

大きなくしゃみを一つした時だった。

魔力が途切れたその一瞬、宙に浮いていた瓶が次々に落下したのである。

 

「うわわ〜〜〜」

床にぶつかる際のところでメヴィウスが呪文を唱えた。

勢いよく降ってきた瓶たちは、そのスピードを失速させると、ことんと小さな音をたてて転がった。

 

「あぁ、もう!」

八つ当たりするにもくしゃみをしたのは自分だ。

まめに掃除をしなかったのも自分だ。

怒りはどこへもぶつけようもなく、

やけっぱちに転がった瓶を一抱えにしてどんっと作業台の上においた。

そして手荒に栓を開けては、ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中に材料を放り込んでいく。

ぶつぶつと愚痴をこぼしつつ、人使いの荒い我が儘な王子への恨み言も交えつつ。

 

苛立っていたメヴィウスは気付いていなかった。

作業台の下に転がり込んだ、「竜の涙」と書かれた一つの瓶の存在に。

 

 

 

 

「さすがメヴィウスさんの作った薬はよく効きました〜」

苦笑いを浮かべて蘭世がぺろりと舌を覗かせた。

その言葉が鋼鉄の槍となってメヴィウスの胸に突き刺さったことなど、蘭世は知る由もない。

 

そして正直キャンディの行方はメヴィウスのみぞ知る。

 


 

「キャンディの魔法」の続編。これにて一件落着です。

本音を言わせたい蘭世の思惑と、言葉にできない俊の攻防(笑)

でも口移しってのは、充分答えを出していると思うのですよ。

なかなか大胆。それもひょっとしてキャンディの魔法なのでしょうか?

NOVEL