a long long time ago

 

 

 

意に添わぬ相手との結婚式を目前に控えたある日の夜、シーラは祖母の部屋に呼ばれた。

 

祖母のララはあまり自分の部屋から外に出ることはない。

一日中、窓際の椅子に腰掛けて何かいつも考え事をしているように見えた。

それでも、ただ一人きりの孫娘である自分を、祖母はことのほか可愛がってくれていた。

優しい笑顔をいつも浮かべて、部屋へ招き入れてはいろんな話をしてくれたものだ。

 

「さて、今日はおまえに昔話をしてあげよう」

 

 遠い昔、狼少女が恋をしました。

 種族も身分も違う二人でしたが、やがて将来を誓いあうようになったのです。

 

 周囲の人たちは皆反対し、二人を引き裂こうとしました。

 

 二人は人間界へ駆け落ちすることにしました。

 誰にも邪魔されず、生きていくために。

 

 その日が来ました。

 けれど少女は家を出ることができませんでした。

 

 見えない古い鎖が少女の身体に絡み付いていたのです。

 

 約束の時間を告げる鐘が鳴ります。

 恋の終わりを告げる鐘が鳴ります。

 暗く、低く、重く。

 

 やがて少女は親が望んだ通りの相手と結婚し、夫が望んだ通りの妻となり、母になりました。

 

 役割を終えた狼女はふと気付きます。

 いつのまにか年老いてしまった自分の姿を。

 まるで恋をあきらめてしまった魔女のよう。

 顔にも手にも、深く刻まれた皺。皺。皺。

 

 でも狼女はちっともかなしくありません。

 

 これは罰。

 愛する人を裏切った罪の報い。

 だから甘んじて受けるのです。この先ずっと。

 

シーラの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「まだ鎖は、彼女に絡み付いたままなのでしょうか?」

穏やかな笑顔のまま、ララはハンカチでその涙を拭いながら話を続けた。

 

「その狼女はね、待っているのさ。いつか自分の力で鎖を断ち切るその時を」

シーラの瞳の奥まで見透かしそうなくらい、じっと見つめてさらにこう言った。

 

「さ、シーラや、今夜はもう遅い、自分の部屋へお戻り。家の者は皆、眠りについている。きっと朝まで覚めることはないだろうけど。ふふふ」

 

部屋へ戻ったシーラは祖母の言葉が、ずっと心に響いていた。

『おまえは縛られてはいけないよ。自分の足で自分の人生を歩むんだよ』

 

その夜、シーラは書き置きを残し、家を出た。

星の明かりに照らされたその姿を窓の向こうでララが見守っていた。

頬を紅潮させ、愛する人の元へと駆けていくその姿を見届けると、静かにカーテンを閉めた。

 

 狼女はこの先ずっと、見守っていきます。

 その昔叶わなかった悲しい恋が今、形を変えて次の世代に引き継がれていく様を。

 いつか長い眠りにつくその日まで。

 


 

かるさんへプレゼント。

元々はもっと長いお話だったはずが、いわゆる「風呂敷を広げすぎた」為、

あれこれ削っていくうちに、逆に短くなりました(笑)

(ララおばあちゃまの若かりし頃の話とか、織り込む予定だったんですよね〜。)

でもこの頃の話は和紗さんに書いて頂いたので、良しとしましょう!

 

NOVEL