7.真壁家に再び届いた一通の手紙

 

がちゃりという音の後、鎖されていた扉はゆっくりと開かれた。

 

置きざりにしてきた悲しい思い出を一気に洗い流すように、新しい空気がなだれ込んで行く。

封印されたまま堆積し、淀んだ空気も掻き分けられ、押しやられていく。

そこには割れたガラスもなく、飛んできた礫もない。

まるであの日の出来事など、最初からなかったかのように、半年ぶりに足を踏み入れた我が家は、いつもと同じ表情で主を出迎えた。

 

長い冬は終わり、凍えた時間は溶けていく。

この家は今ようやく本来の時を刻みはじめたのだ。

 

「卓、ここがわたしたちのお家よ」

蘭世の腕の中で眠っている卓には、まだ魔界と人間界の区別もつかないだろう。

母の温もりはどこにいても変わらないのだから。

しかし蘭世の言葉に、卓が一瞬微笑んだように見えたのは気のせいだろうか。

 

「おい、手紙が来てるぞ」

郵便受けを確認してきた俊が、一通の手紙を見せた。

「誰かしら…?」

小首を傾げる蘭世。

 

「…小塚だ…」

裏返して差出人を見た俊が、珍しく小さな驚きの声をあげた。

「かえでちゃんから!?」

更に驚いた蘭世の声で、夢の中から引き出されてしまった卓がむずがりだしてしまい、慌てて蘭世は卓をあやす。

 

白い肌を急激に真っ赤にさせて卓が泣く。

赤ん坊は食べて眠って、そして泣いて。それが仕事。

 

「腹が減ってんのか?」

「ううん、違うわ。ごめんねぇ卓、起こしちゃって」

とんとんとんと鼓動のリズムで軽く背中を叩きながら、身体を揺らしてやる。

それでも火がついたように、卓は泣き止まない。

そのうち部屋中の物が宙に浮かびだしてきたので、いよいよ蘭世は奥の手を使った。

 

「卓ちゃん、泣き止んで!」

きゅ、と抱きしめると、卓はぴたりと泣き止んだ。

「…すげ…さすが母親だな」

半ば尊敬のまなざしで俊は蘭世をまじまじと見る。

ほんの少し昔のことを思い出して蘭世は懐かしそうに、そして既にまた眠りの中に戻っている息子をみてくすりと笑った。

 

「血は争えないわね…」

「??何のことだ??」

「ふふ…ナイショ」

 

 

 

 

魔界から運んでもらっていたベビーベッドに卓を寝かせると、二人は早速封を開けた。

便せんは俊が持ち、それを一緒に蘭世が見ている。

これと良く似た光景が、二人の脳裏を掠めた。

随分昔のようにも感じられるが、あれはほんの半年前のこと。

 

真壁くん、蘭世、お元気ですか?

二人に会ったのは、もう去年の秋のことでしたね。

この手紙が届く頃には、蘭世は赤ちゃんを抱いているかもしれませんね。

男の子かな?女の子かな?

どちらに似ているのかな?

そんな事をいつも考えています。

圭吾さんはどちらに似ても美男美女だよって笑いますが、もちろんわたしもそう思ってるのよ。

早く二人に、いえ、三人に会いたいです。

 

そうそう、ようやく式の日取りが決まりました。

場所は二人と同じ教会です。

真似しちゃってごめんね。

二人の式がとっても素晴しかったから、あやかりたい気持ちがあったのと、

圭吾さんと出会った場所でもあるから。

 

「そっかぁ、あの教会が二人にとっても想い出の場所になるのね」

感慨深げに蘭世が呟く。

同じ教会、そして日にちまでもが全く同じ。

まるで再現されるかのようだ。

違っているのは式の主役とゲストが入れ代わるということだ。

「あいつらと結婚記念日が一緒になるんだな」

ふと気づいた俊がぽつりと言う。

それを聞いた蘭世が更に瞳を大きくした。

 

「そうよ、そうよね!うわぁ素敵。皆で結婚記念日のお祝いができるじゃない」

両手をぽんと合わせて蘭世がはしゃぐのを見て、俊は呟いた言葉を回収したい気持ちにかられた。

しかし口にした言葉は元へは戻るわけもなく、俊が言わなかったとしてもいずれ蘭世がきづくだろう。

だとすれば結果は同じだ。

蘭世のこういう所は結婚しても出産しても、未来永劫変わることはないのだろう。

妙にひとりで納得している俊の表情に、蘭世は怪訝そうな表情で覗き込む。

 

「どうしたの?」

「何でもねぇよ。ほら、手紙の続き読むぞ」

「あ、うん」

 

俊が重ね合わせていた二枚目の便せんを手にした時、間に挟まっていた何かがひらりと落ちた。

それは風にゆられて紅く舞う、一葉のごとく。

 

「?」

拾いあげようとした蘭世の手がぴたりと止まる。

 

「こ、これ…」

微かに震える蘭世の手に乗せられたものは、季節外れの一枚の葉。

まるで昨日枝から離れたかのような鮮やかな紅で、

五本指に例えれば、ちょうど中指の先端が欠損している紅葉だった。

 


 

1と2は綾さんのところへプレゼント。

続きを書いてみたらこんなに長くなってしまいました。

 

副題をつけてみたくて書き出したものの、

普段タイトルで頭を痛めているわたしには自分の首を絞める行為でした。

でも続きを書こうと決めた時、一番最後のタイトルだけは先に決まっており、

それに向かってちまちまと書き連ねていった形となりました。

 

書いている途中ではまだ自分でサイトを持つことは、現実のものになるとは思えず、

かといってよそ様で連載というのも気がひけて、

書き終えたとしても、日の目をみることはないのかもしれないと思いつつもやっぱり続きを書いていました。

結果としては今こうして皆様に読んで頂けることとなり、本人としては感慨深い作品となりました。

 

筒井×かえでの結婚式の場面まで書くべきなのかどうか迷いましたが、

副題を決めた時と同じくラストはこれと決めておりましたので。

でもやっぱり終わり方が中途半端…?

 

NOVEL