オザキ譜庫マンドリン楽譜 本文へジャンプ
オザキ譜庫発売マンドリン合奏譜
126.秘密の結婚」序曲 D.チマローザ作曲 G.F.ポーリ編
原編成 第一・第二マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、マンドローネ
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成と同じ+ティンパニ
解説 イタリアナポリ楽派オペラ・ブッファ作曲家ドメニコ・チマローザ(1749-1801)は貧しい家庭に生まれ、幼い頃に父親を事故で亡くしたが、持ち前の音楽的才能を生かしてオペラ作曲家として大成。ナポリローマ中心活躍ペテルブルグウィーンの宮廷で過ごした時期もある。軽妙華麗で技巧的なオペラ・ブッファを多数作曲し、ヨーロッパ中で人気を博した。オペラのほかにカンタータオラトリオモテットほかの宗教曲、多数の器楽曲がある。65作以上のオペラを作曲したが、『秘密の結婚』と『女の手管』以外は、現在ほとんど忘れ去られている。『秘密の結婚』は1792年ウィーンで初演された二幕の喜歌劇。

 編曲者ポーリは、1896年創立されたクレモナの「Circolo Mandolinistico di Cremona」の指揮者として、イタリア各地で開催されたコンクールに度々入賞するなど目覚ましい活躍をした。「Circolo Mandolinistico di Cremona」は、マンドリン系楽器によるマンドリン四重奏団 、約25名によるプレクトラムオーケストラ、さらには若干の管楽器とオルガンやハープ等を加え、ポーリの編曲によるモーツァルト、ポンキエルリ、ヴェルディ、ドニゼッティ、ロッシーニ等の作品を演奏するグランドオーケストラの三つのグループで構成されていた。1927年のポーリの死後、「Circolo Mandolinistico di Cremona」は「Circolo Mandolinistico di G.F.Poli」と名称を変更、ポーリの名を冠し、ポーリの功績を称えた。

 スコアは1912年、編曲者ポーリの自筆譜をそのまま、クレモナのAndrea Manfredi社が印刷し、イル・プレットロ誌の出版元であるA.Vizzariが代行出版したものを用いた。(右上はG.F.Poli)
127. 「木の葉が散る」 V.ポッジ作曲 中野二郎補筆

原編成 第一・第二マンドリン、マンドラ、ギター
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成+マンドロンチェロ、ベース
解説 中野二郎氏が自家出版「イタリアマンドリン百曲選」第12集(1971年6月発行)で紹介された小品。曲集に添付された『イルプレットロ-12』に同氏による解説をそのまま引用させていただく。
「作者については詳でないが、本曲は1898年トリーノのイル・マンドリーノ誌から発表を見たもので、原曲はマンドリン、マンドラ、ギターの三部合奏となっている。初期の合奏曲は二つのマンドりンとギター或は前記の編成で書かれたものが多いが、曲想が故武井氏好みの可憐なワルツで捨て難いので多少手を加えておいた。この他に勿忘草の一曲があるが、当時月々発表された新曲の中では秀逸の部に属する。秋の抒情の中に点綴するマンドリンの動きは恰も遊ぶが如く、木の葉の舞い落ちる様を描いて楽しい。近年本邦でのマンドリン合奏は大がかりなものにのみ走って、斯うした味わいのものを忘れ去っているので採りあげた翫味すべき作品と云えよう。」

第二マンドリンの"Brillante"部分は中野二郎氏の補筆。運指の多くも中野氏による補筆である。

128.「セビノ湖上で」 S.サルヴェッティ作曲

原編成 第一・第二マンドリン、マンドラ、ギター、マンドロンチェロ
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成+ベース
解説 作者は、1870130日にアルプスの麓、ブレノ(Breno、ブレッシアの北60㎞にある山岳地の町)に生まれ、19321210日、ダルフォ(Darfo、トレントの南東20㎞)に逝去した。パルマ音楽院でピアノ、オルガンと作曲を学び、ピアノのディプロマを得た。芸術的センスと、優れたオルガン奏者として地元の数団体の合奏団を指導・指揮する収入だけで、伝統や習慣にこだわらない自由な彼自身の生き方を満たすことができた。彼の生き方はValle Camonica(ヴァッレ・カモニカ)地方では有名で尊敬されていたという。1904年、サン・マリノ近くのマルシア·ディ·ロマーニャ(Marciano di Romagna)でおこなわれたマンドリン作曲コンクールのマンドリンオーケストラ・宗教曲部門で名誉金賞を得、さらに次の年トリーノのイル・マンドリーノ誌主催の作曲コンクールに マンドリン合奏のために書いた間奏曲『海の囁き』が第一位で入賞し、マンドリン界で知られるようになった。彼の作品はいずれも抒情的な色彩と火のような情熱と気品に定評があり、我が国の斯界でも親しまれている作品が多い。作品はミラノのイル・プレットロ誌、ボローニアのイル・コンチェルト誌、トリノのイル・マンドリーノ誌、スイスのマンドリニズモ誌などから、判明しているだけでも、60曲余の作品が出版されている。「セビノ湖上で」は、ミラノのイル・プレットロ誌から1923年に出版された。当時のイル・プレットロ誌には、題名の「セビノ湖上で」と書かず、Salvettiの副題”Remigata”が演奏されたとの記事があり、「漕ぐ」の意である"Remigata"を、「舟こぎ歌」「舟歌」とも考えたが、敢えて「舟遊び」と考えたい。
 セビノ湖はイセオ湖とも呼ばれ、北部イタリア・ロンバルディア州にある小さな湖。
スコアの左上段に、「麗しい夕べ、淡い月あかりの下、銀色にかがやく穏やかで魅惑的な湖は、あなたを舟遊びに誘う」と記されている。  


129.「祈り」間奏曲 S.サルヴェッティ作曲

原編成 第一・第二マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成+ベース 
解説 作者は、1870130日にアルプスの麓、ブレノ(Breno、ブレッシアの北60㎞にある山岳地の町)に生まれ、19321210日、ダルフォ(Darfo、トレントの南東20㎞)に逝去した。パルマ音楽院でピアノ、オルガンと作曲を学び、ピアノのディプロマを得た。芸術的センスと、優れたオルガン奏者として地元の数団体の合奏団を指導・指揮する収入だけで、伝統や習慣にこだわらない自由な彼自身の生き方を満たすことができた。彼の生き方はValle Camonica(ヴァッレ・カモニカ)地方では有名で尊敬されていたという。

「祈り」は、ミラノのVizzari社から”Repertorio del PLETTRO"第二集に収録され、1924年に出版された。また、1932年、イル・プレットロ誌からパート譜が出版されている。

静かな祈りが、次第に高揚し、そして再び静かな祈りの中て終わる。感情を抑制した描写でありながら、宗教的感動をよく表現している。 楽譜は、1924年出版のスコアと。1932年イル・プレットロ誌出版のパート譜によった。

 

130.「南の港で」タランテッラ S.サルヴェッティ作曲

原編成 第一・第二マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成+ベース
解説 「南の港にて」は、ミラノのMonzino社から刊行されたマンドリン誌、Mandolinista Italianoから1924年に出版された。「二つ振りのMolto Vivace」で演奏する、作者には珍しいタランテッラで、最後は更に速くするよう指示している。陽気に、華やかに、軽快に演奏されたい。