乙訓寺の文化財

幽愁の毘沙門天

国指定重要文化財(毘沙門天立像)

乙訓寺で古来から庶民に親しまれた信仰に観音信仰と毘沙門天信仰がある。
観音信仰は「その御名を呼べば、観音さまは変化自在のお姿になって、お救いくださる」のだが、毘沙門天さまは「弘く名の聞こえた者」との原語を持つ仏法世界北方の守護神で四天王の随一・多聞天のこと。
通常は厳めしいお姿だが、乙訓寺のものは「幽愁の毘沙門天」との異名で語り伝えられ、像高1メートルの優作。あわれみ深く、拝めば、財宝富貴が得られるという七福神の一つにふさわしいお姿である。

長岡京指定文化財

十一面観音菩薩立像・本堂・八幡社・鐘楼・表門(南門=四脚門)裏門(東門=高麗門)

そのほか

乙訓寺講堂跡(長岡第三小学校校庭に埋没)・乙訓寺窯跡(当寺近く)・狛犬(境内八幡社)など著名。

乙訓寺講堂跡

昭和41年、長岡第三小学校建設に伴う発掘調査で講堂跡が見つかった。講堂の規模は東西27メートル、南北12メートル、両端には回廊が付くという立派な建物だったことが裏付けられた。講堂は僧侶が仏法を学ぶ道場で、その北側には五棟の小建物が見つかり、弘法大師が起居されたと考えられる独立した僧坊も同時に発掘された。
これらの結果から、1200年前当時の乙訓寺は東西約327メートル(三町)、南北218メートル(二町)、現在の敷地(110メートル=一町=四方)の6倍もあったことが分かった。
今、これらの遺跡跡は小学校校庭地下に埋没保存され、説明板が校庭南端にある。