第六章 最終日、デリー、コンノート・プレイスで
客引きに道を聞く ささやかな逆襲
外人観光客はひと目でそれと分かるので、常に客引きに声をかけられ続ける。それも、かなりしつこい。インドでしかこんな状況は体験できないと考えれば、すごくおもしろいのだが、これでかなり気力と体力を消耗する。値段も必ず、最低でも相場の三倍以上でふっかけてくる。三倍ならとりあえずまあ、こっちをちょっとは様子が分かっている旅行者だと思っている感じだ。小さな子どもも声をかけてくる。外人が多少は珍しいらしく「Hello!」と声をかけてくるので、返事をするとすごくうれしそうにしてくれるのが楽しい。でも、うっかり返事するとやっぱりその子どもが物乞いだったり客引きだったりする。圧倒的に金めあての方が多い。金めあてかそうでないか、その中間か、区別できない。あと一週間も街歩きすれば、もう少し区別できそうにも思う。
リクシャーに声をかけられたとき、逆に映画館がどこかたずねてやった。映画館がすぐ近くだったので彼はつきまとったりせず、親切に教えてくれた。たぶん客引きに、こっちの考えや状況をはっきり伝えることができれば、しつこくつきまとわれないんだろう。でも、見た目あからさまに外人観光客の僕たちには、それが難しい。
映画 なっとく
ニューデリーで二軒、はしごした。最初のは「アナコンダ」。巨大な蛇が暴れ回る特撮もの。二時ごろ、切符売り場の目の前で、子どもが「次の映画は三時半からだ」と無理にこっちを引き留めてどこかへ連れて行こうとする。それを振り切って、切符を買って中に入った。
二軒目はオデオンシネマという映画館。革張りの椅子は広く豪華で、サラウンドスピーカーはワーナーマイカルよりずっと迫力がある。アクションあり笑いあり涙あり、美人美男が歌って踊って、とお約束のインド映画。観客もピーピー口笛吹いて大笑いして体揺すって盛り上がってる。うわさ通り、全然言葉は分からないのにおもしろかった。
恐怖の耳掃除屋 一度体験してみたかったので、つい
映画をはしごする途中、交差点で信号待ちをしていると、白衣ふうの清潔な衣服で、ごま塩になったあごひげを二〇センチほども垂らした、姿勢のいい初老の男に声をかけられた。なぜか姿を見てすぐに、耳掃除屋だと分かった。これがうわさに聞いていたあれかと、とりあえず値段を聞いてしまった。えー! 一〇〇ルピー? それじゃいらない、とかなんとか言ってるうちに二〇ルピーでやってもらうことにする。
白衣のポケットから取り出したのは、手のひらサイズのステンレスケース。パカッとふたを開けると、中には脱脂綿やらステンレスの医療器具っぽいものが、きれいに並べてある。そこから、ステンレスの編み棒みたいなのを取り出して、脱脂綿を先に巻き付け、それにベビーオイルのようなものを浸し、信号の近くに突っ立ったままの耳に突っ込んできた。
それまでなんとも思っていなかったのが急に、見知らぬ男に金属の棒を耳の中に突っ込まれることに恐怖を覚えた。先端に綿を付けた金属棒は、耳の奥の方まで、遠慮なくズイズイと音を立てて、えぐり込まれてくる。耳の穴から脳の内部へ、どこまでも刺し込まれそうな気分。しばらくして、片方の耳掃除は終わり、もう片方もやってくれる。手早く、奥の方まで耳の穴はきれいになった。ああびっくりした。
ふだん散髪屋で、平気で他人にカミソリを、こめかみやのど元にあてさせているくせに、耳掃除に一瞬ビビってしまった。
マック 短パンTシャツでも外人は上客扱い
冷房がしっかり効いている店はすべて、高級店。客は外国人か、お金持ちのインド人ばかり。必ず入り口にはいかめしい制服のガードマンがいて、金を持ってなさそうな人は入れないようになっている。日中あまりに暑く、ガードマンに丁寧にドアを開けてもらい、マクドナルドに入った。メニューは普通にマックだが、テーブルの天板に天然石が使ってあったりする。インドでは、マクドナルドは高級レストランだった。