第二章 道路がすさまじい


道路で見かけるものいろいろ
 とにかく、インドの交通事情にはおそれいりました。テレビでも見たことはあったし、ガイドブックも読んで理解していたつもりだったけど、インドの道路には疲れさせられた。インドの道は、いろんなものであふれていた。

〈小型乗用車〉
 道路の中で一番えらそうにしているのは一・五〜二リッタークラスの乗用車。ほとんど見かけないが、たまに見ると、「おれが一番えらいんじゃあ」って顔で、ホーンをビービー鳴らしながらほかの車を追い抜いている。その次にえらそうなのがTATAなど一リッタークラスの乗用車。TATAはインド国産車(ドイツ系の技術が入ってる?)。
〈mahindra〉
 イギリス車、ローバーの旧型四駆をよく見る。ライセンス生産のようだ。
〈軽自動車〉
「自動車」と呼べる、道路をきちんとスピードを出して走れるものの大半は、軽自動車。スズキのばかりが目についた。インドでは軽四がずいぶんと安全性の高い頼もしいものに見える。新しい型も多い。
〈アンバサダー〉
 インドの国民車。さすだ。初代ブルーバードよりもまだ古いスタイルに見える。数少なくなっているのか、タクシーしか見なかった。ガタイは大きいが、室内はスズキより狭そう。
〈バイク〉
 一〇〇CCあたりのものがほとんど。ホンダを中心に日本製が多い。少ないが、イギリス製も。スクーターはVESPAかな、古いイタリア製。

〈バス〉
 外国人ツーリスト用は新しくきれい。ほかは全部ひどく旧式な感じの、TATA製ばかり。
〈トラック〉
 TATA製ばかり。全部古いボロボロに見える。スピードが遅い。でも、たくさんのトラックが、勇ましく走っていた。車体後部にはことごとく「BLOW HORN(ホーンを鳴らして)」の文字が。
〈オートリクシャー〉
 三輪自動車。ハンドルは丸くなく、旧いオートバイのハンドルの形状。あらゆるパーツを、修理を繰り返しながら使っているようで、みんなかなりオンボロ。幅が狭く三輪なので小回りが効くのだろう。運転手が車から降りて、ハンドルと車体を持って狭い場所で切り返しているところを何度か見た。まるでバイクだ。バックギアがなさそう。一〇人ほども、制服を着た小学生を鈴なりに乗せているのをよく見た。市街地だけに走っている。
〈リクシャー〉
 人力車の人が引く部分に自転車を付けたもの。リクシャーをこぐ人は年配の人でもけっこうなスピードで走り、パワフル。どうやって乗ってんのか、これも一〇人近く小さな子どもを鈴なりに乗せているのをよく見た。市街地だけに走っている。
〈トラクター〉
 農民の万能車。道路ではトラックとして、そしてたぶん乗用として。
〈ローカルカー〉
 エンジンとハンドルの付いた荷車。ポンポンポンと、昔の漁船の焼玉エンジンの音がする。かなりシンプルな構造のエンジンを積んでる感じ。こんなのまで高速道路を走っていた。農村部でよく見かけた。
〈ラクダの荷車〉
 デリーあたりでは見なかったがそのほかではよく見かけた。ラクダは大きくて、いつも姿勢良く頭をぐっと持ち上げて歩いているので、誇り高い哲人のよう。
〈馬車〉
 一頭立て。荷物を運ぶ。観光地では乗り合い馬車も。
〈ロバ〉
 一頭から、十数頭の群れで、背に少しずつ荷物を積んで移動。小さいくせに、トラックやバスなどがガンガン走っているなか、群れを乱すことなくリズミカルに足を運んでいるのに感心。その群れを一人か二人で操っている様子にも感心。
〈ヤギ〉
 うろついてる。
〈ブタ〉
 たまにうろついてる。
〈牛〉
 いっぱい。突っ立ってる。さすがに交通の激しい市街路の真ん中にはあまりいない。
〈人〉
 いっぱい。
〈ワゴン〉
 バザールでは道の端に、屋根のない移動式屋台が並んでいる。これも人が道路上を押していれば立派な車両としてまかり通っている。こいつが前を通っているとかなり邪魔。


ごったまぜ  この迫力、テレビ画面では分かりません
 ともかく、道路は、いろんなものがごたまぜになって通っている。最初、歩くだけでもかなり怖かった。イギリス植民地だったからだろう、日本と同じく車両は左側通行。でも、交差点あたりで、何の都合でか、自分の乗っているリクシャーが、大量の車が流れている反対車線の方に突っ込んでいったりする。うわあ……!
 道路中央部に近いほど、スピードのある自動車が走る。一番外側は売り物を乗せて動いていないワゴン。ただ、そんな傾向があるという程度で、リクシャーだって普通に道路のど真ん中を走ってる。この部分は自動車しか走れない、なんて区分は一切ない。とにかくごったまぜ。


ドライブの三大要素  なるほど、そりゃそうだわ
 今回の旅行中で三日間お世話になった、ツアーガイド兼運転手、Grover氏によると、ドライブの三大要素は、㈰good horn ㈪good brake ㈫good luckだそうだ。まったくそのとおりだ。みんなビービービービー鳴らしまくる。リクシャーもずっとまわりに声を出し続ける。どうやらHORNを鳴らすときは、「今から追い抜く、右側空けろ」という合図。もちろん日本みたいに「バッキャロー!」と鳴らしてるときもしょっちゅう。速い車両は遅い車両をかすめるように追い抜いていく。歩行者の横をかすめるように、というか、ときどきかすめて、時には手で相手を押さえながら、リクシャーもバイクも追い抜いていく。ちょっとふらつきでもしたらたちまち引っかけられそう。だからビービー鳴らしてもらわないと困る。トラックも、追い抜くときには必ず合図をして欲しいのだろう、車体後部にはことごとく「BLOW HORN(ホーンを鳴らして)」の文字が大きく書かれている。



ひるみました  おそれいりました
 交差点でも信号はろくにない。でも、インドの人はためらいもせず道を渡る。川のように車がひしめき合っている流れを、ガンガン横切って行く。車は決して止まってはくれない。どんどん、体の横をすり抜けて通っていく。今まで、道路を渡るのが大変とガイドブックに書いてあるような国でもけっこう平気だったけど、インドでは完全にひるみました。もう、いろんな種類の車両がどわっと押し寄せてくるところを、向こうの人たちは平気で渡るんやから。押し寄せる流れをかき分けて進むんやから。道の上流からやってくる、ひしめき合うドライバー全員が自分を上手にすり抜けてくれるものと信じて。あんな状態で誰もミスをしないと信じて、流れの中に飛び込むことなんて、とてもできなかった。
 主要な交差点ではちゃんと信号があることも。でも、横断歩道はない。ドライバーは右折左折のとき、歩行者が渡るのを待ってくれたりしない。信号があるところでも道を渡るのは大変だった。


外人が道を渡る術  スクリーンプレイ
 ニューデリー市街の道路で、車の流れを前にしていると、ある男が「ここは外国人には渡れない。向こうの交差点で渡れ」と教えてくれた。だいたいこちらが頼みもしないのに道を教えてくれれば、その行き先は土産物屋、ろくなことはない。ちょうどそのとき三人ほどが道を渡ろうとしていたので、その横にさっとついて渡る。後ろにつくのでは恐い。横に、車の流れの下手になるようにインド人にくっついて渡る。外人だって道を渡れるんだぞっ。ばかにすんなよっ。でも、一人じゃ渡れませーん。


トン  車間ゼロの世界
 激しい渋滞の中になると、リクシャーは前のリクシャーに「トン」と追突する。最初、乗客のこっちは一瞬ひるむ。追突された方もなんだか文句言ってるふうだが、けんかごしでもない。でも、ひっきりなしにあちこちで何か言い合っている。そのうち後ろからもトントン追突してくる。リクシャーの後輪同士がひっかかったりする。とにかく、前後も横も、とことんぎゅうぎゅう詰めになって走る。そのすき間をバイクがビービーすり抜けようとしてくる。ここまで混んでても自動車は、他の車両よりもオレはずっと速いんだと主張する。その中をバナナを載せたワゴンを押す人が通ってる。さすがの牛もそんな流れの中には入ってこない。


ベンツ  高級車の走れないのが小気味いい
 今まで旅行した国ではどこでも、けっこうベンツをよく見た。でもインドでは一度も見なかった。きっと、いくらお金持ちでも、ボディ横にすり傷がいっぱいできても平気な車じゃないと、乗ってられないだろう、車幅が広い車だと走りにくいだろう。ベンツを持てない僕にはひそかにうれしかった。ざまみろー。


ドアミラー  それどころじゃない
 Grover氏の車(TATA)には左ドアミラーがついてなかった。両方のドアミラーをたたんだまま走る車も見た。ドアミラーなんか出してちゃ、あの人ごみ車ごみの中を走れないよな。だいたい誰も車の後ろなんてあんまり見てない。見てる余裕ない。後方確認はHORNの音に頼るのみ?
 こんな道路事情では、インドの道路に未来はないぞ! と心配してみたものの、だからといって、道路から自動車、バイク以外の車両を排除すれば、大量の失業者が発生するだろう。日本の道路に存在しない車両や人や動物が、そこでたくさん働いている。いったいこれからどうやっていくつもりなんだろう?