亀山神社由緒(亀は此の字でなく難しい字体です)
この神社は彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を、お祭ります。
みことは初代神武天皇の兄君で、大和平定の途中戦傷、雄水門(おのみなと)亡くなり此の地に葬られました。
今から千年程前の国の法律である延喜式の神名張に「紀伊国名草郡 亀山神社」とあり、
古くから官幣に与る皇室御崇敬の大社でありました。
しかるに、天正13年豊臣秀吉が根来寺を伐った時の兵渦により、社地社領を没収され、社殿を始め宝物、
古文書等一切を失いましたが、寛文9年紀州藩主、徳川頼宣公が再建、歴代の尊崇を捧げました。
明治18年4月22日官幣中社に列せられ、大正4年11月10日官幣大社に昇格、昭和13年国費及び崇敬者の
献資を以て、社殿を造営し境内を拡張して現状となっています。
寛政6年の冬、 本居宣長は此の社に詣で。
「をたけびの かみよのみこゑ おもほえて あらしはげしき かまやまのまつ」 と詠まれています。
亀山の岩根に鎮まります御神霊は、この日本の基礎であると共に、永久に、世界の安定と発展とを
お守り下さることでしょう。 亀山神社由緒書による