古来、 此の歌は知らない人がないくらい有名な歌で、
紀伊万葉の代表歌でもある。

 万葉人は、黒潮寄せる紀の国にあこがれていたという。
海のない大和の国から歩いて四日、
歌人 山辺赤人はこの輝く海原に接し驚喜した。
 そして、感動を静かにおさえつつ、湾内差し潮どきの景観を
この歌に 詠んだのであろう。

 和歌の浦に潮が満ちて来ると、叙々に干潟がなくなっていく様子の中で、
或る一瞬 鶴達が一斉に 葦が茂っている岸辺に向かって 鳴きながら渡って行く。

 和歌の浦に満々と満ちて来る潮、その中を岸辺に向かって羽ばたく鶴の群れ。
 名勝和歌の浦の穏やかにして雄大な景観の中に躍動感とともに時間の
流れまでも感じさせてくれ、みごとなまでに自然溶け込んだ
絵画的構成をみせる歌である。
 また 歌の中の「和歌の浦」が「和歌山」という名の原型となり、
「潟をなみ」が「片男波」として現在も地名を残すなど、
この歌が後世に与えた影響は測り知れなず、

紀伊万葉を代表すると云えるのも当然の事である。