不連続な読書日記(2009.9-10)



【購入】

●向田邦子『男どき女どき』(新潮文庫:1985.5.25/1982)【¥362】
 『思い出トランプ』に圧倒されたので、続けて読むことにした。名作の誉れ高い「鮒」が収められている。

●平田オリザ・蓮行『コミュニケーション力を引き出す──演劇ワークショップのすすめ』(PHP新書:2009.9.1)【¥740】
 知人が「平田オリザは凄い」と言っていた。何がどう凄いのか、関心を高めていた。「和歌を演技という観点から分析」した『和歌とは何か』を読み終えたば かりで、この本との「つながり」もあるのではないかと思った。

●『サライ』2009/9/10〔大特集|俳句入門〕【¥743】
 いつの間にか月刊化されていた。古今亭志ん朝の「三枚起請」のCDが付録についていた。

●岡田暁生『音楽の聴き方──聴く型と趣味を語る言葉』(中公新書:2009.6.25)【¥780】
●養老孟司・久石譲『耳で考える──脳は名曲を欲する』(角川oneテーマ21:2009.9.10)【¥705】
●岩崎純一『音に色が見える世界──「共感覚」とは何か』(PHP新書:2009.9.29)【¥720】
 この4月から毎月、某管弦楽団の定期公演を聴いている。生の音楽に身も心も震えると期待していたし、たしかにはじめのうちはそれなりの感動のようなもの があったのだが、ここ2回ほど、音楽がまるで響いてこない。頭と心と躰の全体にバリアーが張られているような感じ。以前、中公新書の岡田本『西洋音楽史』 を読み、深い感銘を覚えたことがある。養老・久石本のカバーに「野生の感覚を取り戻せば、失われた世界が見えてくる」とあって、これは岩崎本の世界に通じ ている。

●植草甚一『ヒッチコック万歳!』(植草甚一スクラップブック2,晶文社:2004.10.30新装版)【¥1400】
 見つけたときに即買っておかないと、きっと必ず行方不明になる。

●関幸彦『百人一首の歴史学』(NHKブックス:2009.9.20)【¥920】
 この本と、同じNHKブックスの『冷泉家・蔵番ものがたり──「和歌の家」千年をひもとく』(冷泉為人著)のどちらを買おうかと迷って、百人一首は「王 朝の記憶」の再生だ、という文章に惹かれて選んだ。

●真山仁『マグマ』(角川文庫:2009.8.25/2008)【¥667】
●P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』(小泉喜美子訳,ハヤカワ・ミステリ文庫:1987.9.15/1972)【¥740】
 『マグマ』第三章の後半。主人公の野上妙子が、川畔で蛍の乱舞にしばし我を忘れた後、湯ノ原温泉「鶴の井別荘」の「天上天下」という喫茶店で、コルト レーンとマッコイ・タイナーの「ホワッツ・ニュー」に聞き惚れ、地熱発電の問題点と可能性に思いをはせ、「心にもご褒美をあげなきゃ」と、出張のお共に 持ってきたポケミスのページを開いたとき、背後から「ほお、PDJの『女には向かない職業』か、あんたらしいね」と、御室耕治郎に声をかけられる。物語が 佳境に入っていく転換点を告げる重要な、そして美しい場面だ。
 そこで二度引用される文章、「コーデリアは早くから禁欲主義を身に着けていた。何人もの養い親たちはすべて、それぞれのやりかたで親切であり、善意にみ ちていたが、きまってひとつのことを彼女に命令した──幸福でいなくてはいけないというのだ。」は文庫版の27頁に出てくる。その2頁前に、「新しい仕事 を探すんでしょう? どう考えたって、あんた一人ではあの事務所はやって行けないものね。女には向かない職業だよ」「バーで働くのと変わりないわ、いろい ろの人に会うという点では」という会話がでてくる。

●『ソトコト』2009年11月号[特集|生物多様性入門](木楽舎)【¥762】
 そもそも生物多様性って何ですかと聞かれて、岩槻邦男さんが答えている。「生物は非常に多様なものの総合である」としか言えません。私は地球上に生きて いる生物は全体で一つの命だと考えています。生きものはバラバラに生きているのではなく、お互いに利用しあって生きているんです。
 福岡伸一さんの「ファーブルの夢」に次のように書いてある。生命現象は、本来絶え間なく動き続けている。動きを止めることは、時間を止めることである。 すると、そこには見事なまでの秩序が立ち上がって見える。時間の停止を解除すると、対象はたちまち動きを取り戻す。そして次の一瞬には、先ほどとは全く異 なった関係性の中に散らばる。
《この世界のあらゆる要素は、互いに連関し、すべてが一対多の関係で繋がりあっている。世界を構成するすべての因子は、互いに他を律し、あるいは相補して いる、そのやりとりは、ある瞬間だけを捉えてみると、供し手と受け手があるように見える。しかし次の瞬間に目を移すことができれば、原因と結果はは逆転し ているだろう。あるいは、また別の平衡を求めて動いている。つまり、この世界には、ほんとうの意味で因果関係と呼ぶべきものは存在しない。世界は分けない ことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからないのである。私たちは今、確かにパラダイムシフトが必要なのだ。死を詮索するのではなく、生を探る方 法、メカニズムではなく、多様性そのものを記述する言葉。それを求めて私はふたたびファーブルに戻る。》

●徳永恂『現代思想の断層──「神なき時代」の模索』(岩波新書:2009.9.18)【¥780】
 岡田暁生著『音楽の聴き方』(これは名著)がしきりにアドルノの文章を引いていて、それがまた素晴らしいものだった。徳永氏は「はじめに」で、この本は 最初、絵画作品論を舞台に「ハイデガー対アドルノ」というドラマを描出すること目論んだものだったと明かしている。第1章のウェーバー、第2章のフロイ ト、第3章のベンヤミンにも惹かれるが、まずは第4章のアドルノが読みたい。

●淺沼圭司『映ろひと戯れ──定家を読む』(水声社:2000.10.20/1978)【¥2500】
●滝浦真人『山田孝雄──共同体の国学の夢』(再発見 日本の哲学,講談社:2009.9.30)【¥1400】
 ある会合でコメンテーター役を引き受けたところ、わずかばかりの謝礼として図書カードをいただいた。ほんとうに「わずか」だったので、中途半端な使い方 はせずに、いつか高額の書籍を購入する際の足しにしようと財布に忍ばせていた。先日、久しぶりに大型書店を散策していて、ふと淺沼本が目にとまった。この 書物のことはかねてから見知っていて、いつか本格的に定家に取り組むことになったときの参考書に決めていたものだった。まだその時ではないとは思ったが、 なぜかしら立ち去り難くなり、つい手にしてしまった。あの図書カードを使うには少し金額的に余裕がある。そこで、この本とあわせて購入するにふさわしい書 物を物色して、滝浦本に決めた。
 山田孝雄(よしお)の名は、最近読むようになった日本語文法関連本に再々出てくるので、興味がないわけではなかったのだが、決定的だったのは、本書の最 終章、第五章の章題を目にしたことで、それは「国体と桜──最後の連歌師と“動かぬもの”」というものだった。「あとがき」によると、山田孝雄の父親は連 歌の宗匠だったという。「山田は連歌的共同体を思い描いているように見え、それが山田の「国体」論にもつながっているように見えた。」この一文が最後の一 押しになった。淺沼本と滝浦本のセットは、妙な胸騒ぎを覚えさせる。

●折口信夫『歌の話・歌の円寂する時 他一篇』(岩波文庫:2009.10.16)【¥560】
●『芸術新潮』2009年11月号[特集|京都千年のタイムカプセル 冷泉家の秘密〕(新潮社)【¥1333】
●宮坂静生『季語の誕生』(岩波新書:2009.10.20)【¥700】
 淺沼圭司著『映ろひと戯れ──定家を読む』がとても面白い。書店でも定家関連本がやたら目につく。

●『BRUTUS』2009年11月1日[特集|美しい言葉](マガジンハウス)【¥600】
 文字が示す表面的な意味しか伝えられない「痩せた言葉」。心に深く響く「美しい言葉」。

●美内すずえ『ガラスの仮面』第44巻(花とゆめCOMICS,白泉社:2009.8.30)【¥400】
●成田美名子『花よりも花の如く』第1巻(花とゆめCOMICS,白泉社:2003.7.10)【¥390】
 ガラスの仮面は何巻まで読んだのかわからなくなっている。花よりも花の如くは能の世界の話。

●柳川喜郎『襲われて──産廃の闇、自治の光』(岩波書店:2009.7.24)【¥2100】
 あるマスコミ人に薦められた。人に薦められた本を読むことはめったにないけれど、この本には興味があった。

●徳間文庫編集部編『禁書 moist』(徳間文庫:2009.10.15)【¥629】
 『七つの甘い吐息』(新潮文庫)がとても面白かったので、二匹目のドジョウをねらった。睦月影郎や草凪優など八人の官能作家のアンソロジー。


【読了】

●松谷明彦編著『人口流動の地方再生学』(日本経済新聞社:2009.6.15)
●大野晃『限界集落と地域再生』(高知新聞社:2008.11.17)
●服部圭郎『道路整備事業の大罪──道路は地方を救えない』(洋泉社新書y:2009.8.21)
●神門義久『偽装農家』(飛鳥新社:2009.8.14)
 たて続けに時事本、というか公共政策関連の本を読んだ。松谷編著本はとても面白く、説得力のある刺激的な論考(とりわけ松谷執筆分)が収録されていた。 政策提言にはそれほどインパクトを感じなかったが、それは本書の瑕ではない。大野本、服部本も面白かった。後著は、最初のうち実証性に難点ありと思えた が、読み進めていくうちすっかり著者の議論に引き込まれていった。神門(ごうど)本は、名著『日本の食と農』を薄めて割ったような印象で、著者の持ち味で ある実証力、論証力の凄みがまるで感じられなかった。以上、いずれも読後相当の時間が経ち、本に書かれていた内容がおぼろげにしか思い出せないなかでの記 録。

●竹田青嗣・山竹伸二『フロイト思想を読む──無意識の哲学』(NHKブックス:2008.3.30)
●森本浩一『デイヴィドソン──「言語」なんて存在するのだろうか』(シリーズ・哲学のエッセンス,NHK出版:2004.5.20)
 どちらも図書館から借りて、あまり気を入れず面白く感じるところを拾い読みがてら通読した。これもまた読後かなり時間が経っているので、印象が散漫に なっている。というか、ほとんど内容が思い出せない。やっぱり、書かないことは消えてしまう。フロイト本では、山竹執筆分──「フロイト思想の全体像」 (第1章)、「無意識論」(第3章)、「エロス論」(第4章)、「自我論」(第5章)──がとても面白かった(と記憶している)。どこがどう面白かったの か、そこのところをもう一度読んで確かめたい。

●向田邦子『思い出トランプ』(新潮文庫:1983.5.25/1980)
●向田邦子『男どき女どき』(新潮文庫:1985.5.25/1982)
 一篇読む終えるたびに深く感嘆し、つづけて読みたくなるのを禁欲し、一日一篇のルールを堅く守って読み進めていった。数年経って、忘れた頃にもう一度、 一篇一篇、かけがえのない人の生を愛おしむようにして、読みたい。

●池谷祐二『単純な脳、複雑な「私」──または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義』(朝日出版社:2009.5.15)
 内田樹さんが『プレジデント』(2009年7月13日号)の新刊書評欄で取り上げている。──二年ほど前、池谷さんと対談した際の印象は「ものすごく頭 のいい人」、つまり「相手のわずかな反応の遅速や思いがけない質問から、自分の専門的研究の新しいアイディアをその場で思いついてしまう人」というもの だった。だからこの本を読んだ「読者は目の前で、卓越した知性が「創発」するありさまを砂かぶりで見ることになる」。
 以下、論脈は無視して印象に残った文章だけ引くと、「「怒っている学者」というのはその一点ですでに知性がかなり不調である」、「私は池谷さんを現代日 本を代表する卓越した知性として久しく畏敬しているけれど、それは池谷さんがどうやって自分を上機嫌に保つかということに最優先の配慮をしているからであ る」。
 「内田樹の研究室」には(書評に書いてある)対談のこと[http://blog.tatsuru.com/2007/02/13_0843.php] や『単純な脳、複雑な「私」』のこと[http://blog.tatsuru.com/2009/05/18_0927.php]、等々の話題が出てく る。いずれも面白いものだけれど、なかでも一番面白いのは「脳による汎化とアナグラム」という(2004年12月10日の)記事[http: //blog.tatsuru.com/archives/000578.php]で、ここから始まる(アナグラム関連の)話題を全部プリントアウトして いつも常備している。
 で、肝心の池谷本については何も書くことが思いつかない。とにかく面白いの一言に尽きてしまう。

●米盛裕二『パースの記号学』(勁草書房:1981.5.20)
 二十年来の宿題をようやく果たせた。

●渡部泰明『和歌とは何か』(岩波新書:2009.7.22)
●平田オリザ・蓮行『コミュニケーション力を引き出す──演劇ワークショップのすすめ』(PHP新書:2009.9.1)
●岩崎純一『音に色が見える世界──「共感覚」とは何か』(PHP新書:2009.9.29)
●養老孟司・久石譲『耳で考える──脳は名曲を欲する』(角川oneテーマ21:2009.9.10)
●岡田暁生『音楽の聴き方──聴く型と趣味を語る言葉』(中公新書:2009.6.25)
 この五冊の新書は、毎朝の電車のなかで続けて読んだ。これほど面白い本に、それも連続してあたるのは、そう滅多にあることではない。一冊一冊、丁寧に 「書評」を書いておきたいと思っているが、さてどうなるか。

●関幸彦『百人一首の歴史学』(NHKブックス:2009.9.20)
 第一章の末尾の文章、「王朝国家段階以降のわが国の中世は、東アジア世界における外交的危機の解消で一時的には相対的に安定した対外関係を共有した。そ の結果、原理や論理よりも情緒=「もののあはれ」を日常世界で優先させる気風が、当該期の文化の本質となったとされる。定家の歌論のなかに看取される「あ はれ」なり「みやび」なりの意識も、そうした王朝時代の文化的土壌で育まれたものだった。」と、終章の末尾、本書の最後に(「武士が王朝と同化する前者 [平氏型]の方向は、おそらく東アジア的世界と類似した国家のグランドデザインだろうし、後者[王朝と別居する源氏型]の鎌倉体制は非アジア的方向という ことができる。」、これをふまえて明治国家の脱亜入欧を考えると、云々の議論の後に)出てくる文章、「貴族的文人主義という武を拒否したところで育まれた 王朝の記憶、「百人一首」はその象徴だったわけで、この時代に分け入ることで、別の中世も見出せるのではないか。それは必ずしも、弱者の系譜ではなく武を 超越したところに登場したもう一つの中世の流れだったのかもしれない。」とを重ね合わせて考えると面白い。(でも、「弱者の系譜ではなく武を超越したとこ ろに登場したもう一つの中世の流れ」とは、いったい何か。)

●真山仁『マグマ』(角川文庫:2009.8.25/2008)
 ハゲタカ・シリーズはとにかく面白かった。この本も期待通り。経済小説、情報小説としても一級品だと思うが、極上の語りに酔って、地熱発電やら企業再生 やらエネルギー政策やらの素材の方はどうでもよくなってしまう。この作品を「PDJ」ばりの手の込んだ濃い描写で倍くらいの長さにして、細部のプロセスを 丹念に書き込んでいくと、きっと途方もない大型小説になる。野上妙子が登場する次の作品を是非読みたいと思う。

●P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』(小泉喜美子訳,ハヤカワ・ミステリ文庫:1987.9.15/1972)
 小泉訳もけっして悪くないけれど、会話の部分を「現代風」に訳しなおせば、二十二歳の「女私立探偵」コーデリア・グレイがもっとずっと魅力的に感じられ たと思う。「どの作品も非常に手がこんでいて満喫できる。描写の執拗さに怯まず、一気に読み通すこと。」P・D・Iの長編を薦める文庫解説者(瀬戸川猛資 氏)の言葉。満喫できたし、執拗な描写にもけっこう酔えた。でも、続けて読むのには怯んでしまう。