不連続な読書日記(2007.6-8)



【読了】

●坂部恵『和辻哲郎──異文化共生の形』(岩波現代文庫:2000.12.15)
●前田英樹『言葉と在るものの声』(青土社:2007.4.30)
●富岡幸一郎『スピリチュアルの冒険』(講談社現代新書:2007.7.20)
●福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書:2007.5.20)
●和崎宏ほか『地域SNS最前線――Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』(アスキー:2007.4.3)
●田中森一『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎:2007.6.25)
●東野圭吾『幻夜』(集英社文庫:2007.3.25)
●カール・ハイアセン『復讐はお好き?』(田村義進訳,文春文庫:2007.6.10)
●真山仁『ハゲタカ』上下(講談社文庫:2006.3.15)
●真山仁『ハゲタカU』上下(講談社文庫:2007.3.15)
●高杉良『金融腐蝕列島』上下(講談社文庫:2002.12.15)
●高杉良『再生 続・金融腐蝕列島』上下(角川文庫:2001.12.25)
●草凪優『夜の手習い』(幻冬舎アウトロー文庫:2007.6.10)
●『舞妓Haaaan!!!』(脚本:宮藤官九郎、監督:水田伸生)、『ニッポン無責任時代』、『肉体の門』(鈴木清順)、『張込み』(野村芳太郎)、 『ゼロの焦点』(野村芳太郎)、『山椒大夫』(溝口健二)、『黒の試走車』(増村保造)、『刺青』(増村保造)、『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(第 11作)、『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(第15作)、『それでもボクはやってない』(周防正行)
●『スティング』、『ジャン・コクトー/真実と虚構』


【購入】

●養老孟司・内田樹『逆立ち日本論』(新潮選書:2007.5.25)【¥1200】
●山本七平『日本人と組織』(角川oneテーマ21:2007.6.10)【¥686】
●富岡幸一郎『スピリチュアルの冒険』(講談社現代新書:2007.7.20)【¥720】
●藤井良広『金融NPO』(岩波新書:2007.7.20)【¥780】
●赤坂憲雄『結社と王権』(講談社学術文庫:2007.7.10/1993)【¥1100】
●大岡信『日本の詩歌──その骨組みと素肌』(岩波現代文庫:2005.12.16)【¥900】
●『古今和歌集』(窪田章一郎校注,角川ソフィア文庫:1973.1.30)【¥700】
●永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み──哲学的諸問題へのいざない』(ちくま学芸文庫:2007.8.10)【¥880】
●鶴岡真弓『黄金と生命──時間と錬金の人類史』(講談社:2007.4.20)【¥2800】
●北野圭介『大人のための「ローマの休日」講義──オードリーはなぜベスパに乗るのか』(平凡社新書:2007.8.10)【¥780】
●大澤真幸『恋愛の不可能性について』(ちくま学芸文庫:2005.12.10)【¥1100】
●『群像』7月号【¥876】
●田中森一『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(幻冬舎:2007.6.25)【¥1700】
●カール・ハイアセン『復讐はお好き?』(田村義進訳,文春文庫:2007.6.10)【¥886】
●真山仁『ハゲタカ』上下(講談社文庫:2006.3.15)【¥781+733】
●真山仁『ハゲタカU』上下(講談社文庫:2007.3.15)【¥714+762】
●高杉良『金融腐蝕列島』上下(講談社文庫:2002.12.15)【¥619×2】
●高杉良『再生 続・金融腐蝕列島』上下(角川文庫:2001.12.25)【¥667×2】
●高杉良『混沌 新・金融腐蝕列島』上下(講談社文庫:2006.9.15)【¥752+781】
●草凪優『夜の手習い』(幻冬舎アウトロー文庫:2007.6.10)【¥648】



  【ブログ】

★6月24日(日):『歌舞伎と操り浄瑠璃』─「うた」と「語り」、舞踊と「しぐさ」

 絶不調を通り越して、ほとんど死に体の状態が続いている。梅雨時の空のように、頭の中に重たい雲が垂れ込めて、体には黴がはりついている。心はすっかり 干からびている。
 今日、雨があがった午後の公園を操り人形のように直線状に歩行し、図書館で和辻哲郎の『歌舞伎と操り浄瑠璃』を借りてきた。岩波版全集の第十六巻、七百 頁に及ぶ大著で、和辻の作品で三番目に長いもの。昭和三十年初刊時の書名は『日本芸術史研究 第一巻(歌舞伎と操浄瑠璃)』。
 序と第一篇の冒頭を読んだ。梅雨の晴れ間の清清しい涼風のように、私の頭と体と心がすっかり更新された。そう書いておきたいところだが、「すっかり更 新」されるかどうかは、もう少し先まで読み進めてみないとわからない。第一、このまま最後まで通読できるかどうかもわからない。
 と、否定的なことばかり書いていてもしかたがないので、今日ざっと眺めたところから、気に入った箇所を抜書きしておく。

《浄瑠璃は、まず第一に、平家がたりのような叙事詩朗唱の伝統をうけ、そうしてその伝統をみずから重んじている。もちろん浄瑠璃が浄瑠璃として立ち始めた ときには、在来の伝統の上に根本的な変革が加わったであろう。その変革は、抒情詩をうたうという歌謡としての要素を強度に注入し、それと結びついて三味線 による音楽的な性格を全面的に浸潤させることであったであろう。しかしそういう変革にもかかわらず、浄瑠璃は決して物語を「語る」という立場を捨てたので はない。浄瑠璃は「歌う」のではない、「語る」のだということは、この技を学ぼうとするものに対しても、またそれを鑑賞しようとするものに対しても、常に 警告されていたことである。このように「語る」ということを、すなわち叙事詩朗唱の伝統を、堅く守っていたということが、何よりもまず浄瑠璃の特徴に数え られてよいであろう。
 しかし第二に、この伝統に対して加えられた変革も、決して軽視することを許さないほど重要なものである。三味線やその小唄の節による浄瑠璃節の変貌は、 恐らく当時の人を驚かすに足りたであろう。それは人をして浄瑠璃節は「語る」のではなくして「歌う」のであると誤認させるほどに、強度に音楽的性格を帯び ていたであろう。だからこそ「歌う」のではなくして「語る」のであるということを、わざわざことわらなくてはならなくなったのである。とすれば、浄瑠璃 は、「語る」のか「歌う」のかの区別が素人に明らかでないほどに、叙事詩朗唱のぎりぎりの限界点にまでに達していたのである。そうなると、在来の代表的な 演芸であった能楽の、謡を「うたう」態度と、浄瑠璃を「語る」態度とは、ただ一歩の差違に過ぎなくなった。従って浄瑠璃に伴って演技する人形も、謡に従っ て演技する能役者と、ただ一歩の差違に過ぎない。いずれも音楽的表現に即して形象的表現をやるのである。悲しみの歌が耳に響いてくる時には、悲しい姿が眼 に見える。そういう楽劇として、操り浄瑠璃と能楽とは、ほとんど同じ立場に立っていたのである。
 がそれにもかかわらず、第三に、浄瑠璃は「語る」立場を固守し、それによって人形の演技を明白に能役者の演技から分離せしめた。浄瑠璃の叙事詩的な描写 は、謡曲の抒情詩的詠嘆よりも、一層具体的に人間の出来事を取り扱うことができる。そうしてそれを舞台上に表現する場合に、「うた」に伴う演技はおのずか ら舞踊になって行くに対して、「語られる」人間の動作はおのずからしぐさとなってくるであろう。だから人形の演技は、生きた能役者の演技よりも、一層具体 的に、また写実的に、人間の生活を表現することとなったのである。》(『和辻哲郎全集 第十六巻』54-55頁)

 この引用文のすぐ後で、「が、これらの特徴だけでは、操り浄瑠璃が何ゆえに世人をあっと言わせたかのゆえんがわからない。そうしてその点が最も重要なの である」と和辻は書いている。そこから先がとても面白いのだが、今日のところはここまで。

★8月15日(水):『コーラ』2号

 Web評論誌『コーラ』2号[http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/index.html]が発行されまし た。「哥とクオリア/ペルソナと哥」の第2回[http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-1.html]を 寄稿しています。よかったら眺めてみてください。

●「コーラ」
 http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/index.html

●哥とクオリア/ペルソナと哥
 第2章 貫之現象学と定家論理学
  http://sakura.canvas.ne.jp/spr/lunakb/uta-2.html


★8月19日(日):【國男・哲郎・清】死者の世界への構想力

 忘れないうちに書いておく。
 8月11日の早朝、寝覚めの夢で、ある本の「企画」を練っていた。
 その本には、柳田國男(1875─1962)、和辻哲郎(1889─1960)、三木清(1897─1945)という、播州生まれの三人の思想家が登場 する。
 それぞれの思想もしくは思考に共通するものを抉り出す。あるいは、なんら共通性のないところで、この三人の思想もしくは思考をつなぐ見えない糸をみつけ だす。たしかそんな趣向だった。
 かなりいいところまで考えていたように思うけれど、なにせ夢の中の出来事なので、詳細はもう記憶に残ってない。たぶん、何も思いついていなかったのだろ う。

 いま、ひとつだけ手がかりがあるとすれば、それは坂部恵著『和辻哲郎』(岩波現代文庫)の副題、「異文化共生の形」という言葉のうちにある。
 この場合、「異文化」とは、この世から見たあの世、生者の世界から見た死者の世界の文化──「柳田の「山人」、折口の「まれびと」、そして、和辻の「エ キゾーティックな(外から来たものらしい)珍しさ」(『和辻哲郎』233頁)──をいうものでなければならない。
 また、「共生の形」とは、「文化的身体、精神そのものとしての身体」(41頁)もしくは「生きた生活形式としての〈形〉の感覚」(47頁)のうちに表現 された「構想力」(和辻の場合は「室町時代の構想力」、柳田の場合は「神話的想像力」(29頁))のあり方のことでなければならない。

★8月20日(月):【國男・哲郎・清】見出された幼児体験──神に拉致される子供

 坂部恵は『和辻哲郎』の第1章、和辻晩年の著作『歌舞伎と操り浄瑠璃』を取り上げた「見出された時」の後半――「和辻と柳田という一面では大きく資質を 異にする二人の思想家の間には、他面また意外なほどに深い歴史的地理的出自の面でのつながりがみられるのである」(24頁)云々以下――で、「和辻と柳田 の発想をつなぐ細い糸」(30頁)、あるいは、さしあたっては和辻における「かくされた思考の糸」(32頁)をめぐる考察をおこなっている。

《こうした[資質の]ちがいにもかかわらず、この二人の播州生まれの村のインテリ[医家]の子にあって、すでにみたそれぞれの幼児期における違和体験とあ えていってよいものが、のちにともにそれぞれに一種の境界人[マージナル・マン]としてユニークな思想家に成長する素地をすくなくともなにほどか用意して いることは否定できないようにおもわれる。さらにいえば、それぞれに後にまで強い印象を残した両者の幼児期における違和体験ないし脱我体験のちがいが、い まここでくわしく立ち入る余裕はとてもないとはいえ、ほとんどそのまま、二人の以後の思想展開の軌跡のちがいを正確に予料している一面をもっていること も、わたくしはきわめて興味深いとおもう。》(27-28頁)

 和辻と柳田の「資質」の違い、そして、彼らの幼児体験(「和辻の実在の神戸の親戚と、柳田の空想上の「神戸の叔母さん」」等々)の異同は措いて、サワリ の部分だけ引き写しておく。
 坂部氏はそこで、「一種の自己との違和体験をもち、日常の自己を超えて拉致され、「現実よりも強い存在を持ったもの」や「超地上的な輝かしさ」をそなえ た世界に出会う一種の脱我体験ないし憑依体験に近いものをもった」(33頁)和辻の体験を、「神に隠され易い子供の気質」の持ち主であった柳田のそれと比 較している。

《むろん、和辻は、資質的にいってロマン派流の神秘体験へののめり込みや陶酔、ひいては王党派流の熱狂ともまったく無縁といわぬまでも、すくなくともある 内面的な距離をそれらにたいして持するたぐいのひとであったから、軽々しいひきあては慎まなければならない。ここでは、むしろ、柳田とおなじく、幕末に左 幕の立場をとった姫路藩の伝統を汲む地に育った和辻が、明治以後の近代国家の思想的基盤を場合によっては根底から相対化する象徴的回路につながるとおもわ れる手傀儡や説経の世界に晩年になって強くひかれたという事実のはらむ意味をおもってみるべきであるのかもしれない。》(47頁)

★8月21日(火):【國男・哲郎・清】子供を連れ去る仮面神

 昨日書いたことと関連して、中沢新一の「映画としての宗教 第三回 イメージの富と悪」(『群像』5月号)に、とても興味深い話題がでてくる。
 マルセス・モースの『贈与論』に取りあげられたアメリカ先住民のポトラッチ(贈与のお祭り)で、ホスト役の首長の手によって破壊されたり、海に投げ込ま れてしまう「お返しもできないほどに貴重な品物」は、表面に何かの顔のようなイメージが打ち出された銅版である。
 中沢氏はこの銅版を、「交換にとっての貨幣」ではなく「贈与にとっての貨幣」である「原初的な貨幣」もしくは「潜在的な貨幣」と呼び、「映画としての宗 教」で提起されたイメージの考古学でいうところの、「有」と「無」のインターフェイス(物質的境界面)に出現し消滅する「イメージ第二群」に関連づけてい る。
 ところで、レヴィ=ストロースは『仮面の道』で、銅版のイメージは、この地域で大きな意味を与えられている「スワイフウェ」や「ゾノクワ」などの仮面神 と深い関係を持っているのではないかと述べている。

《スワイフウェやゾノクワという仮面神と原貨幣である銅版とが、隠喩的に結びつけられている道筋を理解するのは、それほど困難ではありません。これらの仮 面神の住処は、湖底とも山中深くとも言われますが、いずれにしても人間の生きる世界の縁にあたる部分の境界地帯、あるいはその外の暗い領域であると考えら れています。そこは死者の住む世界でもあるのですが、同時にあらゆる富の源泉の場所でもあります。スワイフウェやゾノクワはそこに隠されている富と財宝を 守っているのです。
 現実世界の富や幸運は、これらの仮面神の管理下にあるこの暗い潜在空間から、人間のもとにもたらされます。潜在空間に眠っているあいだ、富も財宝もまだ 「無」の状態にあります。ところが仮面神を仲立ち(インターフェイス)として、潜在空間を出て富が現実世界にあらわれてくるとき、「無」は「有」に転換す ることになります。そのために、「無」と「有」の中間のどっちつかずの状態にいる者は、仮面神の接近を許しやすいと言えます。とくにゾノクワ女神(この仮 面神は女性の神だと言われています)などは、山や森の奥から豊かな富をもたらしてくれる女神でありながら、先住民の村から子供をさらっていってしまう恐ろ しい山姥でもあるのです。
 仮面のイメージを打ち出した銅版と比較してみますと、両者の密接なつながりがあきらかになってきます。最大の貴重品である銅版は、社会的な富の「有」を 支える贈与の環を抜け出して、「無」であると同時に「無尽蔵」でもある海中に飛び込んでいこうとしていますが、仮面神はその逆に「無」であり「無尽蔵」で ある海や湖の底から、社会的な価値を持った富を引き出してくると同時に、子供をさらって境界領域の向こう側に連れ去っていってしまう存在です。両者はよく 似たやり方で、「有」と「無」の転換を司っているわけです。
「仮面」が山姥的女神と貴重品の銅版をつないでいます。スワイフウェやゾノクワは仮面であらわされますが、銅版は自分の顔とも言うべき場所に仮面神のイ メージを打ち出すことによって、仮面と山姥と銅版とをひとつの大きなイメージ群に統合しようとしているように見受けられます。地下の財宝を守っている神々 をあらわす仮面と、貨幣の原初形態である銅版とは、イメージ第二群の特徴を共有し、隠喩はそこをとらえて、両者を一つに結び合わせようとしています。この ようにして仮面と貨幣は、神話的思考にとっては「同じもの」を違うやり方で表現したものである、と理解されることになります。》(372-373頁)

 冒頭の「昨日書いたこと」というのは、「神に拉致される子供」としての柳田國男と和辻哲郎をめぐる話題で、これとの関連で興味深いのは、いま引いた文章 に出てくる「子供を連れ去る山姥」の話だ。
 また、そこにいわれる「神話的思考」というのは「詩的思考」とたぶん同義で、実はこのことの方がもっとずっと興味深い。それは、坂部恵の「一種の境界人 [マージナル・マン]」という言葉とも響き合っている。

★8月24日(金):【哲学の問題】「私」とは何か、「私」とは誰か

 寝覚めの夢の中で『國男・哲郎・清』の企画を練った日の午後、こんどは白日夢の中で、とりあえず『哲学の問題』という仮のタイトルを与えたもうひとつ別 の本のアイデアが浮かんだので、これも忘れないうちに書いておく。
 はじまりは、「私」とは何か、という問題。いや、それは「問題」というよりは問題感覚。私なりの言い方では「哲覚」的な感触。まだ、整理された言葉で 「問題」として他人に伝えることのできない生のもの。身体的・生理的なドロドロした部分と、言葉や他人の存在がからまって訳がわからなくなった部分と、そ うした身体や言葉や他者から蒸留され澄みきった部分とが渾然一体となったもの。
 ここで少し脱線すると、「私」とは何か、ということと、「私」とは誰か、ということとは、まったく別の問題の領域に属する。どう違うかというと、万葉集 と古今和歌集との違いくらい、かけ離れている。
 これはある本の受け売りだが、万葉の歌人は、心を客観的にとらえ、それがあるかないかを問題にした。別離の哀しみが自分の内に生成し、いつまでもそこに 留まっているのを、当の自分が自覚しているといった具合だ。ところが、古今集になると、そうした物のごとき心ではなく、自分と外界、意識と自然といった区 分が融解して区別がつかなくなった心がうたわれる。そこでは主客分離でいう「主」としての自己は消失している。心はそういう曖昧な「私」のうちに染みこ み、染めあげるものになっている。たしかそんなことだったと思うが、いま手元に出典(相良亨『こころ』、一語の辞典、三省堂)がないので、うろ覚え。
 ここに、古今和歌集と新古今和歌集の違いをもちこむと面白くなる。大雑把にいうと、古今集の言葉が物(自然)と渾然一体だとすると、新古今では言葉の世 界が物の世界から自律している。そこでは、「私」とは何か、という問題感覚が、万葉集の次元とは異なるところ(言語世界、もしくは物狂いの世界)で再び浮 上する。このあたりのことも、尼ヶ崎彬『花鳥の使』からのうろ覚えの受け売りで、かなりあやしい。
 話を少し元に戻して、「私」とは誰か、という問題感覚をめぐって、意識と自然、とついさっき苦し紛れに書いた二分法を、昨日の私と今日の私、私と他人、 といったかたちでとらえていくと、話がふくらんでいく。「考えているのは誰なのか、それが私だとして、その私とは誰のことなのか」という、この私自身の 「哲覚」的な問題につながっていく。
 そこまで広げなくても、「私」とは誰か、という問題感覚と、「私」とは何か、という問題感覚は、その手触りがまったく違う。狂人と子供くらい違う。子供 にとって、「私」というたしかな実質感をもたらすものが、問いの発生場所であったのに対して、狂人にとっては、その「私」が、問いに対する答えが到達する 場所になる。
 「僕って何?」という問いをリアルに生きている子供には、「何」と問えるだけの実質は君にはまだない、あるとすれば、君の身体がその「何」なのだ、だか ら身体を鍛えなさい、と答えればいい。こうして、「私」とは何か、といういまだ「哲覚」的な次元から、身心問題、そして心身問題という、最初の「哲学の問 題」へと移行する。
 かなり乱暴なことを書いているのは百も承知、二百も合点で、アイデアだけ書いておく。
 この第一の問題(心身問題)を解くためには、実は、第二の問題が解けなければいけない。というより、第一の問題はおのずから第二の問題へと移行する。そ れが、時間問題。同様にして、第三の問題である他者問題へ移行し、最後にようやく出発点にもどる。それが、意識問題、自我問題、いいかたはいろいろあるだ ろうが、要するに、「私」とは何かという問題。あるいは、「私」とは誰かという問題と切り離せなくなったそれ。
 こうして、出来合いの四つの哲学問題の意味、位置づけを明らかにしていく。それが『哲学の問題』という本のアイデアだった。その最後の問題を解くために は、さらに第五の問題へと移行しなければならないのではないか。そう直観は告げる。でも、それはやってみなければわからない。

★8月25日(土):【哲学の問題】心身論、夏休みの哲学

 春は自我論、秋は時間論、冬は他者論。
 出来損ないの枕草子みたいだが、これは、以前書いた「夏休みのハードプロブレム」[http://www17.plala.or.jp/orion- n/ESSAY/TETUGAKU/23.html]という雑文集に出てくる。出てくるというのも無責任な言い方だが、あいかわらず同じことを考えている (同じことしか考えていない)こと、そして、その同じところから一歩も先に進んでいないことに、ちょっとがっかりしている。
 春、秋、冬とくれば、夏はどうなるのだとなる。その答えが、「夏休みのハードプロブレム」。
 ハードプロブレム(正しくは「意識のハードプロブレム」)とは、「物質としての脳の情報処理過程に付随する意識やクオリアというのは、そもそも一体何な のか」「そしてこれら意識やクオリアは、現在の物理学が提示するモデルの、どこに位置づけられるのか」という問題のこと。ウィキペディア[http: //ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%97%E3% 83%AD%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%A0]にそう書いてあった。
 平たくいえば「物質である脳に、いかにして心(意識、クオリア)が宿るのか」ということ。私は、このようにとらえられたハードプロブレムは、その提唱者 デイヴィド・チャーマーズの主張とは違って、物理学の問題に還元されると考えている。
 とはすなわち、たとえ意識のハードプロブレムが将来、物理学者によって解明されることがあったとしても(それ自体は途方もなくすごいことだが)、「哲学 の問題」としての心身論は、より蒸留されたかたちで生き残る、というか生き続ける(身をもって、生き続ける)、夏休みがめぐってくるたびごとに、そのつど 初めてのこととして考えられ、語りだされる、ということだ。

     ※
 永井均さんの『翔太と猫のインサイトの夏休み──哲学的諸問題へのいざない』が文庫(ちくま学芸文庫)になった。
 私はこれまで、永井さんの本はほとんど読んできたが、そのうち、『〈私〉のメタフィジックス』という記念碑的作品は別格として、この『夏休み』が最高傑 作だと思っている。
 文庫版あとがきに、永井さん自身がこう書いている。(ここまで「自画自賛」できるのは、文庫解説を書いている中島義道さんかニーチェくらいだと思ってい た。)

《…ここで思い切って自画自賛してみたい。世界的に見ても、これほど面白い哲学入門書はほかにないと私は感じている。とりわけ第二章[たくさんの人間の中 に自分という特別なものがいるとは]は、…読み返すたびごとに心を動かされる。自分がいまだに到達できない深みが、そこに予兆されているのを感じるから だ。
 入門書とか教科書とかいえば、ふつうは、何かすでにある問題とか学問体系へといざない、そこへ導入するための「門」であるだろう。だが、本書はそうでは なく、その「門」がそのままその「門」を通って入って行くべき内容そのものである。これ以上の内容は、今のところまだない。教科書であるにもかかわらず、 本書は、その中心的な点では、まったく独自の内容を扱っており、この本以上のことは、まだ誰によっても(もちろん私自身を含めて)考えられていないから だ。そして、たぶん、それだからこそ、本書は哲学への入門書の資格を持つのだと思う。》

 「門」がそのままその「門」を通って入って行くべき内容そのものである。──うまく説明できないけれども、先に書いた、物理学の問題としてのハードプロ ブレムが解明されたとしても、哲学の問題としての心身論は生き続ける、という事態と同じことが、ここに書かれている。
 そして、私が『哲学の問題(仮)』という本の中で取り上げたいと目論んでいるのは、そういう事態の解明である。

     ※
 これまで、心身論や心脳問題について考えてきたことの一部を、いま思い出すままにメモしておく。

◎心脳問題をめぐる三つの論点(「夏休みのハードプロブレム」所収[http://www17.plala.or.jp/orion- n/ESSAY/TETUGAKU/23.html])

 第一の論点。心脳問題というときの「心」とはそもそも何か。
 意識[consciousness,awareness]、こころ[heart]、自己=自我[self]、私[I]、精神[mind]、魂 [soul]、霊[spirit]、表象[representation]、情動[affection]、意志=意図[intention]、等々。── これらのうち、どの「心」を対象とするのか、しかもどのような定義=限定のもとでとり扱うのかによって、問題の様相はまったく異なってくること。
 あるいは、心と脳、心と身体、心と物、霊と肉、精神と物質、文化と自然、等々。これらは、それぞれが異なった「心」を問題としているのではないかという こと。

 第二の論点。心と脳の「関係」とは何か。
 因果関係や対応関係のメタファーを超えた心と脳の関係、というときの「関係」とはそもそも何か。あるいは、粒子と波動、離散と連続、生と死、有限と無 限、内と外、面と体、主観と客観、世界と自我、超越と内在、神化と受肉、等々。──これらの事柄をめぐる「関係」とは何か、仮にそれが意味的・論理的関係 にほかならないのだとしても、では「意味的・論理的関係」とはいったい何かということ。

 第三の論点。「情報」とは何か。
 「情報」とは何か。それは、たとえていえば生者と死者、機械と幽霊、動物と人間、神と人間、等々の「関係」を問う言語そのもの、あるいはシステムそのも のの起源と構造と機能と変容(進化)をめぐる学、第三の脳の学ともいうべき「神学」の問題に帰着するのではないか。(啓示と預言。一人称単数の「告白」と 二人称単数の「祈り」。旧約=古い脳を包含する新約=新しい脳。)

 補遺。ある特殊なシステム(たとえば脳)があって、これに対応してある特殊な観測者(脳)がいる。この二つの要素からなる全体を「原システム」と名づけ よう。そして、この原システムから観測者を除去して考えられたシステムを「抽象(あるいは一般)システム」と名づけることにしよう。
 抽象システムは、その「内部」に「測りがたい」深淵や超越や分裂や矛盾等々をかかえている。なぜなら、そこには観測者がいないから。──この抽象システ ムにおける不在の観測者は、時として「神」とか「意志」などと呼ばれることがあるが、実はそれは「外部」に仮構されたインターフェイスないしは「外部」へ のパスウエイのこと、「鏡」とでも名づけるべきもののことをいっている。(たとえば、「鏡」と「自己」の二つの要素からなる擬似「原システム=情報システ ム」としての「精神」。)

◎「心脳問題をめぐるテーゼ(私家版)」[http://d.hatena.ne.jp/orion-n/20050820]

 その1.意識は言語から「生産」される。
 その2.意識と物質はつながっている。
 その3.身体は意識を「表現」する。
 その4.使用価値と交換価値の分岐が心脳問題の起源である。

★8月29日(水):【哥の勉強】哥と身体

 8月19日付け毎日新聞の「今週の本棚」に掲載された、佐伯一麦著『ノルゲ』への三浦雅士の書評[http://www.mainichi- msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/archive/news/2007/08/19/20070819ddm015070125000c.html] に、印象的な一節があった。

《『マルテの手記』はパリに滞在して「見ること」を学ぼうとする詩人の手記だが、それに倣えば、『ノルゲ』はオスロに滞在して「聴くこと」を学びながら自 らを癒してゆく小説家の物語である。佐伯一麦の主人公の多くはクラシック音楽の愛好家だが、必ずしも現代音楽の愛好家ではない。それが滞在を経るにした がって心を開いてゆく。音楽が時間芸術であるよりもはるかに空間芸術、空間の変容にかかわる芸術であることが示される。人は時間にではなくまず空間に耳を 澄ますのだ。》

 最後の「音楽が時間芸術であるよりもはるかに空間芸術、空間の変容にかかわる芸術であることが示される。人は時間にではなくまず空間に耳を澄ますのだ」 が、哥の体験に通じていると思った。
 哥は読むものではなく詠むものだ。かな文字で描かれた哥を、目で読みながら、朗詠する。同時に、朗詠する自分の声を、聴く。それらは、いずれも身体的な 体験だ。(かな文字で描かれた哥を目で読むこと自体、一つの身体的運動だ。)哥が「空間の変容にかかわる」とは、哥の体験が身体感覚に根ざしていることに 通じている。
 考えてみれば、それは哥だけのことではなくて、およそ芸術経験とはひとつの身体経験である、ということの一例にすぎないのかもしれない。

 尼ヶ崎彬氏の『縁の美学』のあとがきに、「芸術体験を、何事かを認識することとしてではなく自身がどこかに攫われることとして、言い換えれば身体的経験 として記述すること」という一文がある。
 音楽を聞くとは、音楽的時間という非日常的時間を生きることだ。音楽家が作り出す時間に聴衆が参加し、同じ流れに乗り、身体的に時間を刻み直すことであ る。舞踏とはまず自分で踊ることであり、他人の踊りを見ている場合でも、舞踏家の作り出す時間にひきこまれ、それを楽しむ観客のノリがあるのではないか。
 美術でも同様に、絵画を見るとは、身体が何事かを経験することではないか。文学でも、小説を読む快感は、虚構の世界に没入し、虚構の人物に同一化するこ と、つまり、別の世界の別の人生を経験することだ。では、詩の場合はどうか。

《世界でも稀な短詩型である短歌や俳句では、時間的変化を経験する余裕などないのではないか。いや西欧の詩学が音韻などの構造的規定を論ずるのに対し、日 本の歌論が縁語や掛詞などを語ってきたことを考えれば、むしろ和歌の方が時間的経験の設計に熱心であったように思われる。縁語や掛詞は、読者に連想や飛躍 を促し、意識の運動をコントロールする仕掛けである。和歌を味わうとは、言葉の舞踏に引き込まれ、一足ごとに変容するイメージの旅を歩むことである。中世 に流行した連歌は、何人かの共同作業によってこれを大規模に行うものであった。
 おそらく自然に対しても日本人は同じ態度を取ったのではないか。つまり、四季の推移の中を、その一部として、または対話者として、引き込まれ、乗せられ てゆくこと。あるいは旅人として、その世界を回遊すること。》

 尼ヶ崎氏は、『日本的感性と短歌』(佐佐木幸綱編、短歌と日本人U、岩波書店)に収められた「簡潔と詠嘆──短歌という形式」で、物語と短歌の違いを 「世界への没入」と「図式の受肉」という言葉で説明している。

《短歌は物語を形成するに至らない具体的事例の記述であり、私たちが没入や同一化できるほどの具体的細部をもたないけれども、私たち自身の経験を受肉させ ることによって強い実感をもたらすことができる。それは言葉の意味を概念や表象として把握し理解することではなく、事態の意味を生きることであり、ある意 味で身体的に体験することである。「思い当たる」とは意味を帯びた事態、意味を生きた経験に思い当たることであり、「受肉」とは言葉が身体的に経験可能な ものになるということである。》(52頁)

★8月30日(木):【哥の勉強】哥と共感覚

 昨日書いたこととの関連で、いくつかの書物から気になった箇所を「拾い書き」しておく。
 昨日書いたことというのは、三浦雅志さんの「音楽が時間芸術であるよりもはるかに空間芸術、空間の変容にかかわる芸術であることが示される。人は時間に ではなくまず空間に耳を澄ますのだ」が、哥がもたらす体験に通じていて、それは要するに(芸術体験の異称としての)身体経験のことなのではないかというも のだった。
 私は、ここでいう「身体経験」とは、「共感覚」のことではないかと思い始めている。それが芸術体験一般に妥当することなのかどうかは別として、少なくと も、哥の体験は、視覚と聴覚と触覚が共感覚的に渾然一体となった身体の状態(ここでいう「身体の状態」には、記憶や知覚といった表象の状態、感情や感覚と いった心理の状態も含めておく)をいうのものなのではないかということだ。
 私の言葉遣いは、本来の意味での共感覚とは違うもの(たとえば比喩表現)を、朦朧曖昧未分化なままで含んでいるのかもしれない。そこで、例によってウィ キペディア[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E6%84%9F%E8%A6%9A]で検索していて、次 の文章が目にとまった。

《共感覚者に、共感覚がいつ頃からありましたか、と尋ねると、たいてい「物心ついたときから」という答えが返ってくる。共感覚を持つことが検査によって確 認された人が、誕生時、あるいはそれ以前から共感覚を持っていたということは、十分にありうる。生まれて二、三ヶ月の時期には、後から思い出すことはでき ないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた、と言われる。》

 ここに「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」とあるけれども、「誰もが皆、共感覚を持っていた」ときの脳のニューロ ン結合の構造と、何事かを「思い出す」(思い出すのは、いつもきまって「後から」なのはどうしてか)ことができるようになった脳のニューロン結合の構造と は、たぶん異なるのだろう。
 だとすると、ある構造をもった脳(「思い出す」能力を備えた脳)をつかって、それとは異なる構造をもった脳(「思い出す」能力をもたない脳)のはたらき を「思い出す」ことは、そもそも「できる・できない」の範疇で論じられることではないだろう。
 もっというと、「誰もが皆、共感覚を持っていた」といわれるときの「持っていた」の意味は、「(共感覚を)体験していた」ということでなければならない と思うが、ここでも、もはや共感覚を体験できなくなった脳を使って共感覚の体験を思い出すことは、原理的に不可能だ。
 何をいいたいのかというと、「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」という言語表現は、どこか倒錯的で謎めいていると いうことだ。
 そもそも、そういうことが言語を使って言えるようになるより以前の脳のはたらきを、それより後で言語能力を獲得した脳のはたらきを使って言語で表現する ことは、どう考えても倒錯的だ。(思い出すことと、言語を使えるようになることとは、実は同じ脳のはたらきなのではないだろうか。どちらも「後から」はた らく。)
 ところで、先の文章は「生まれて二、三ヶ月の時期には、後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた、と言われる」と書かれて いた。ここで、そのように言うのは、たぶん脳科学者だろう。脳科学者が「誰もが皆、共感覚を持っていた」というときの「持っていた」は、「(共感覚を)体 験していた」という意味ではない。いや、言葉としてはそういう意味なのだが、当の脳科学者が「体験していた」わけではない。「後から思い出すことは(誰に も)できない」のだから、それはありえない。そもそも、「誰もが体験していたこと」を、当の脳科学者が、わがこととして体験することは不可能だ。
 だとすると、脳科学者がいっているのは、「生まれて二、三ヶ月の時期には、誰もが、これこれしかじかの脳状態にあったのだから、その時期には、誰もが共 感覚を体験していたに違いない」ということになる。しかし、この仮説は、決して実証されることがない。決して実証されることはないけれども、この仮説が正 しいことはあり得る。そういう仮説、命題のことを形而上学的命題という。
 永井均さんが『私・今・そして神』(講談社新書)で、「私の場合にも他人の場合にも、心と脳を並置して、二つを並列的な観察対象とすることはできない。 同時に入手できるのは、私が知覚する、しかし決してその知覚をつくりだしているのではない、脳だけである。このずれこそが、心脳問題が依然として哲学的問 題であることの理由だろう」(77頁)と書いている。
 「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」という表現がはらんでいるのは、「知覚」ではなくて「記憶(想起)」について の、正確にいうと、現在のそれではなく現在と過去にまたがる心脳問題だったのかもしれない。

 何を書いているのか(何を考えているのか)自分でもよくわからなくなってきたが、「誕生時、あるいはそれ以前から」は、胎児期、受精期、そして父母未生 已然の、どこまでを指しているのだろうか。
 あるいは、「物心(ものごころ)」とは、いったいなんのことなのだろう。
 辞書的な意味[http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%94%E3% 81%93%E3%82%8D&enc=UTF-8&stype=1&dtype=2]でいうと、「世の中の物事や人間の感情な どについて理解できる心。分別」とか「世の中の物事や人情について、おぼろげながら理解・判断できる心」のことで、英語に訳すと、たとえば「物心がつくよ うになってから」は‘ever since I can remember’、「物心がついて以来」は‘since I was old enough to understand things’になるらしい。
 どうやら「物心」とは、記憶や理解・判断といった脳のはたらきのことをいっているようだ。そういう意味での「物心」(「物=脳」の「心=はたらき」) は、「物」(みるもの、きくもの)に託して「心」に思うことを「言の葉」として詠み出す古今集歌人の「歌心(詩心)」と相通じているのだろうか。
 また、古今集歌人にとっての「物」を「クオリア」ととらえると、「物心(歌心)」がつくとは、たとえば視覚クオリアと聴覚クオリアと触覚クオリアが相互 に分離され(体験としての共感覚の消失)、それらが「詞(クオリア憑きの言葉)」のうちに再結合される、ということになるのかどうか。
 前置き(というより、脱線)が長くなったし、混乱をきたし始めた。冒頭に書いた「拾い書き」は、次回に。