不連続な読書日記(2005.7)



★7月1日(金)

 石川忠司『現代小説のレッスン』読了。面白い。とりわけ保坂和志論(二章「保坂和志の描く共同性と「ロープ」」)は出色。この本はもう一度読み直すべし。ミネット・ウォルターズ『蛇の形』読了。久しぶりの長篇ミステリー。傑作。

★7月2日(土)

 高橋留美子傑作集『赤い花束』【¥1048】読了。『Pの悲劇』『専務の犬』に続く第3弾で、いずれも「ビッグコミック」に年1回のペースで掲載されたもの。すべて雑誌初出時に読んでいる。まとめて読む愉悦。養老孟司さんは高橋留美子の全作品を読んでいるらしい。池谷裕二・糸井重里『海馬──脳は疲れない』【¥590】と沢木耕太郎『シネマと書店とスタジアム』【¥514】とアレン・カー『禁煙セラピー』【¥900】を買った。

★7月3日(日)

 『pen』【¥476】を買った。「人気建築家が提案する、ユビキタス時代の家づくり 変わる家、出会う家」。数年前から住まい関係の雑誌を集めている。集めるだけでほとんど読んでいない。

★7月4日(月)

 季刊誌『考える人』2005年夏号【¥1333】を買った。「「心と脳」をおさらいする」。「茂木健一郎 ケンブリッジ、オックスフォード巡礼」と題してホラス・バーローやニコラス・ハンフリーやロジャー・ペンローズといったビッグネームたちとのインタビュー記事が載っている。ペンローズいわく、「意識は、古典的なレベルと、量子力学的なレベルが共存するからこそ、生まれてくると私は考えるのです。量子力学的なレベルの古典的レベルへの『染み出し』が、意識なのではないでしょうか。」(58頁)。「意識ある主体が観測することで波動関数の収縮が起こるわけではないと思います。むしろ、話は逆で、波動関数が自然法則に従って収縮する過程で、意識が生み出されると考えられます。私たちの意識は、客観的なプロセスとしての波動関数の収縮をうまく利用してゼロから生まれて来るものなのです! 意識はいわば自然法則の結果であり、原因ではないのです。私の言っていることは、いわば『汎心論』のよな立場だということができるかもしれません。しかし、同時に、私は不用意に意識の存在を物理学の説明原理として導入することには反対です。まずは、あくまでも物理的過程として様々なことを説明すべきだと考えるのです」(59頁)。

★7月6日(水)

 久しぶりに『ニューズウィーク日本版』【¥381】を買った。特集(「世界の新リーダー 注目の12人」)に惹かれたわけではなくて、ただ漫然と読みたくなった。このところ、もうかれこれ一月近く、まったくといっていいほど活字に集中できない。読んでも頭に残らない。たとえば昨日の朝日新聞に掲載されていた丸谷才一さんの「袖のボタン」。今回のタイトルは「石原都知事に逆らって」で、鹿島茂さんの『怪帝ナポレオンV世』に触発されて「芸術作品としての都市」もしくは「実用品としての都市」について考察を加えた軽妙にして自在なコラムなのだが、文章を味わうとか刺激を受けて思索・夢想をたくましくするにはこの程度の分量がせいぜい。少し長くなるとまるで瞬間健忘症に罹ったかのように見当識を失ってしまう。ジャーナリストの無駄のないきびきびとした文章に接することで、頭に活を入れよう。

★7月7日(木)

 漆原友紀『蟲師6』【¥590】を買った。この作品はほんとうに心に残る。「シンプルで美しいものが世の中には時々あって、そういうものを拾っていけたらいいなと思います」。

★7月8日(金)

 午後、仕事を休んで半日ぶらぶらした。「カルチャー・レビュー」に連載している「マルジナリア」の原稿を書かないといけない。とりあえず木村敏の『関係としての自己』を素材にリアルとポッシブル(またはイマジナリー)、アクチュアルとヴァーチュアルの二つの軸に即した文章を書こうと思っている。図書館に寄って木村敏の「リアリティとアクチュアリティ 離人症再論」が掲載された『講座|生命』の第2巻と斎藤慶典の「批判」が掲載された第5巻を借りてきた。活字が定着しない(離人症ならぬ「離文症」に陥った)頭でまとまったものが書けるかどうかとても不安。結局、何も読まず書かないままレンタルショップで借りてきた『レディ・ジョーカー』を観て一日が終わった。これは駄作ではないか。なぜ駄作だと思ったかをちゃんと書いておきたいと思うけれど、書けない。沢木耕太郎『シネマと書店とスタジアム』のシネマ評がとても面白い。あんな感じで書けたらと思う。

★7月9日(土)

 今日から神戸市立博物館で「ベルリンの至宝展」が始まった。東京で見逃したので早速足を運びたいと思ったけれど、初日の混雑が予想されたので県立美術館で今月いっぱいまでやっている「ギュスターヴ・モロー展」を見に行った。サロメを題材にした「出現」とか「エウロペの誘拐」などの大作や数点の習作を堪能して至福の時を過ごした。絵葉書を6枚買った。帰りに木村敏の『偶然性の精神病理』【¥1100】と「イメージ発生の科学 脳と創造性」を特集した『現代思想』7月号【¥1238】を買って、茂木健一郎と港千尋の対談「創造する脳」と田中純の「神経系イメージ学へ」を読んだ。田中論文には木村敏『関係としての自己』の序論が引用されていた。

★7月10日(日)

 マリジナリアの原稿が一行も進まない。締め切りまであと一週間しかない。焦る。黒澤明の『野良犬』を観た。この作品にはなにかしら過剰なものがある。場末の繁華街を延々と歩く三船俊郎(村上刑事)とかブルーバード座のレヴュー・ガールたちの楽屋のシーンとか。

★7月18日(月)

 この一週間ほどは気ぜわしかった。おかげでタバコの本数が増えてしまった。仕事で東京と徳島にそれぞれ一泊して、その合間に木村敏の本を繰り返し読んで(あいかわらず頭に定着しない)、休日を二日潰してマルジナリアの原稿(タイトルは「世界の界面」)をなんとか仕上げて、いまなんとなくホッとして頭を休めているところ。原稿をでっちあげた勢いでやり残したこと、たとえば先日「世界一受けたい授業」に出演していた茂木健一郎さんの『脳と仮想』と『脳と創造性』を世界の(二つの)界面に関連づけて分析してみるとか、パースの記号論と心脳問題と中世普遍論争を同じ土俵に並べてみるとか、いろいろ手を出したいことはあるけれど、もう少し頭のリハビリに精を出さないといけない。
 この間に買った本は、カトリーヌ・マラブー『わたしたちの脳をどうするか ニューロサイエンスとグローバル資本主義』【¥2100】と志村史夫『こわくない物理学』【¥438】と藤沢周平『秘太刀馬の骨』【¥514】の三冊。三連休の最後の一日、漫然と映画を観たり買いためるだけの雑誌類を眺めて時間をやり過ごす気にはなれず、ふと警察小説を読みたくなって昨日図書館で借りておいた雫井脩介の『犯人に告ぐ』を読み始めたらとまらなくなって一気に読了。

★7月23日(土)

 神戸で「ネットデイシンポジウム」が開催された。「参画と協働の地域情報化/その哲学と未来を探る」というテーマのもと産学官民のメンバーが集う。名ばかりの実行委員のはしくれなので顔をだして半日過ごす。ヒッチコックの「裏窓」を観たくなって、帰りにレンタルビデオ屋で探したけれど貸出中。松本人志の『シネマ坊主』(最近二作目が出ている)のコーナーにあった「ノー・マンズ・ランド」を借りた(でも、パソコンの故障かDVDがおかしくなっていたのか1時間ほどで動かなくなり、結局最後まで観ていない)。

★7月24日(日)

 昨日からベルクソンの『物質と記憶』を読みはじめた。一年くらいかけてじっくりと読みこんで、小林秀雄の『感想』やドゥルーズの『差異と反復』(翻訳が間に合えば『シネマ』も)につなげていきたいと思っている。手元にあるのは白水社の全集第二巻、田島節夫[さだお]訳。新装版ではなくてかれこれ十五年ほど前に古書店で手に入れた旧版(1965年)。第二章に入りかけたあたりで挫折していた。小林秀雄が1961年の講演「現代思想について」(新潮カセット)で会場からの質問に応えて「君の問題は哲学の問題だ、なぜ哲学を勉強しないのか、ベルクソンをお読みなさい」とたたみかけるくだりがあって何度聴いても異様に迫力があるのだが、ここで小林秀雄が念頭においているのが『物質と記憶』。百年に一人の天才の仕事だと絶賛している。八年間かけてただ一つの切実な問題を考え続けたことを尊敬するとも。まだ訳者解説と「第七版の序」と巻末の「概要と結論」の冒頭を読み囓っただけだが、ほぼ十五年近い年月を経てようやくこの本を読む準備ができていたことを実感した。八年どころか一年続くかどうかさえ不安だけれど、しばらくはこの本を基軸にしてやっていけそうだと確信がもてたことに興奮して、副読本としてジル・ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』【¥1900】を買った(この本は木村敏の「リアリティとアクチュアリティ」でもさんざん言及されていて、これはいよいよ読まねばならぬと思っていた)。

 ついでに近所の図書館で『差異について』(平井啓之訳・解題)を借りてきた(『無人島 1953-1968』にも「ベルクソンにおける差異の概念」が前田英樹訳で収録されている)。平井啓之氏の解題「〈差異〉と新しいものの生産」を五年ぶりに読み返して、「ドゥルーズによれば、[その終章で映画についての「あまりにも大ざっぱな批判」がなされた]『創造的進化』よりもほとんど十年も前に発表された『物質と記憶』には、映画芸術の優れた今日的可能性をひらく原理的根拠が、運動=像からはじまって時間=像に到るまで、すでに徹底的にきわめつくされている、と主張されるのである」(159頁)とか「私見によれば、[『シネマ』での]ドゥルーズの読みは、『物質と記憶』というこの難解な書物が書かれてから九十年後に、やっとそのもつ意味の射程を明かされた、という印象を残す底のものである」(160頁)とか「おそらく『失われた時を求めて』ほど、映画的なさまざまな技巧を駆使している小説は他に見られない。彼の〈無意識的回想〉は、そのまま映画のフラッシュバックであろう。カメラ・アイの移動、モンタージュなど、映画の技法の用語を全面的に駆使して、あの長大な小説の構造を説き明かすことも可能だろう」(162頁)といった箇所に鋭く刺激を受け、前々から一度読んでみたいと思っていた加藤幹郎さんの『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』【¥1300】を買った。

★7月27日(水)

 NHK英語でしゃべらナイト別冊シリーズの『1日5分で英語脳をつくる音読ドリル』【¥933】を買った。英語をモノにしたいと思ったわけではなくて(それもないことはない)、毎年この時期になると「脳力」がガクンと落ち込み、本を読んでも砂を噛む思いで一向に愉しめず、文章を書こうにも思考がちりぢりに砕けてまとまらず、音楽や映像も救いの手をさしのべてはくれず、ただ漫然と朦朧たる時間をやり過ごす毎日が続く。こういう時は躰を動かすにかぎるのだが暑くてそれもかなわず、焦るとかえってよくないのでのんびり構えていると気分と脳髄と筋肉がかさにきて弛緩する。そんな時の最後の頼りが脳力ドリルとかトレーニング本の類で、昨年も宝島社の『脳を鍛えるマジカル・アイ』というのを買って(それも「決定版!」とか「the BEST」といった修飾語のついたもの)しのいだし、一昨年は齋藤孝さんの『からだを揺さぶる英語入門』をテキストに毎日CDを聴きながら英語の朗読にいそしんだ。

★7月29日(金)

 藤沢周平『秘太刀馬の骨』読了。冒頭、七年ぶりの藤沢節に気分が高揚。中盤、やや中弛み(でも、この丹念な物語の反復と変奏がラストの「急」を際立たせる)。終盤、物語の深部で暗躍していた欲望の噴出、急転、そしてこれに続く静かなカタルシス。エピローグで、何やら清しいものがこみあげる。出久根達郎の文庫解説「意外な「犯人」異説の愉しみ」が謎めいている。引き続き良質・上質のエンターテインメント小説、それもできればハードで濃いものが読みたくなって、打海文三『ハルビン・カフェ』(角川文庫)【¥819】を買った。大森望が「現代ハードボイルドの理想形を実現した驚くべき偉業」と讃えている。

★7月30日(土)

 加藤幹郎『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』読了。カメラマンが「裏窓」越しに「目撃」した殺人事件は本当に起こったのか。カメラマンはなぜ、またいかにして美しい恋人からの求愛を拒絶しようとするのか。この二つの謎の提示から始まる三つのスリリングな論考が収められている。だが、いわゆる「謎解き本」の単純明快で手っ取り早い理解(娯楽)を期待していると肩すかしをくらわせられる。謎は最後まで解き明かされることはない。なぜならヒッチコック以後の現代映画はいまだ完結していない。映画のヒストリーはいまだミステリーのままだからである。(本書を読み終えて、エリック・ロメールの作品を観たいと思った。ロメールの映画は基本的に「ヴァカンス映画」である。著者はそう書いている。そこでは、浜辺や中庭や登場人物たちのいつ果てるとも知れないおしゃべりの中で省察される「現実」と映画のカメラが提示する多少なりとも客観的な「現実」とは齟齬をきたしている。それこそ『裏窓』における外見と内実の乖離が先取りしていたものだ。ここを読んでいて保坂和志の小説世界のことが頭をよぎった。実はとうの昔に観ていたのかもしれないけれど、映画的記憶能力に著しく欠ける私にとって映画体験とはけっして「過去」に属さずつねに「いま・ここ」に生起するものなのだ。だからロメールの映画を観てみたいと思う。)

 本書から受けた刺激を肴に『裏窓』を観ようと思っていたけれど、レンタル・ショップの前に立ち寄った書店でふと「名作映画500円DVD」シリーズの『レベッカ』【¥476】が目にとまり、350円だして借りて観るより500円だして手元に常備しておく方がよほどお得と瞬時に判断し速攻で買った。米国移住後第一作。「ヒッチコックの躍進を示してあまりある中期の代表作」と加藤幹郎さんは書いている(『ミステリの映画学』79頁)。自著『映画のメロドラマ的想像力』について「『レベッカ』や『断崖』などでおずおずとした物腰の演技で観客の視線を一身にあつめた映画女優ジェーン・フォンテインの身体論をふくむ書物です」(151頁)とも。ジェーン・フォンテインはなかなかいい。書店に立ち寄ったのは鎌倉・湘南特集を組んだ隔月誌『自遊人』9月号【¥648】を買い求めるため。数年前から企画していた鎌倉旅行がまだ実現していない。

★7月31日(日)

 漆原友紀『蟲師6』読了。諸星大二郎『孔子暗黒伝』を少し読む。岡野玲子『陰陽師』第12巻【¥819】を買う。ドゥルーズ『ベルクソンの哲学』を通して読む。前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか』と茂木健一郎『脳の中の小さな神々』を読む。ボーム『全体性と内蔵秩序』と遠藤徹『ケミカル・メタモルフォーシス』も読む。