不連続な読書日記(1994.7〜1994.12)


★1994.7

☆隆慶一郎『影武者徳川家康』上中(新潮文庫)
 中巻で息切れ。下巻は楽しみに取っておこう。「坂の上の雲」も中断中だ。歴史物を一気に読み切るには体力が要る。

☆マイクル・クライトン『デイスクロージャー』(酒井昭伸・早川書房 '93)
 よくできたストーリー。

☆R.K.レスラー他『FBI心理分析官』(相原真理子・早川書房 '94)
 「羊たちの沈黙」のモデルというキャッチフレーズに魅かれた。「(怪物の)深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ」というニーチェの言葉が生々しい。

☆中沢新一『はじまりのレーニン』(岩波書店 '94)
 中沢新一がいいたいことは昔から一貫している。それが判っていても、読むたびに新鮮で刺激に満ちている。中沢「チベットのモーツアルト」と山田晶『アウグスティヌス講話』第三話を読み返した。岩波文庫版ヘーゲル「小論理学」の下巻とレーニン「哲学ノート」上巻が中断したままだが、もう読んだも同じではないかと思う。二度読んだ。この書物を出発点にしてみよう。

☆コリン・デクスター『森を抜ける道』(大庭忠男・ハヤカワミステリ1600 '93)
 評判通りの傑作。

☆チャールズ・ブコウスキー『町でいちばんの美女』(青野總・新潮社 '94)
 表題作に出てくる「私たちは、悲哀に満ちた性愛を楽しんだ」というフレーズがいい。30の短編が織りなす「存在」と「ロゴス」の一致した世界。

☆『数学セミナー 1994.8』(日本評論社)
 モニターに疲れてきた。

★1994.8

☆西垣通『マルチメデイア』(岩波新書 '94)
 分かったような気がする。身体感覚、感性と理性との関係、情報化の背景としてのアメリカイズムの指摘など、思想書の趣がある。

☆小林康夫・船曳建夫『知の技法』(東京大学出版会 '94)
 熱い熱い京都をさまよった午後、夢現で冷を求めて立ち寄った書店で何も考えずに買った。それから数日、何も考えないで毎日一単元ずつ読んだ。何も残らなかったけれど、こういうアンソロジーもいいと思った。

☆夏目漱石『虞美人草』(新潮文庫)
「明暗」も面白かったけれど、どちらかというと「虞美人草」の古めかしさと新しさの入り交じった語り口に心が陶然とした。

☆司馬遼太郎『坂の上の雲 二』(文春文庫)
 半年かかって第2巻を読み終えた。これは文明論の書である。

☆『数学セミナー 1994.9』(日本評論社)
 編集者の後書に妙に腹がたった。

☆大塚久雄『社会科学と信仰と』(みすず書房 '94)
 ウエーバーについての講演録が実に面白い。「客人部族」(=漂泊部族?)という言葉を知った。

☆エルヴェ・ギベール『召使と私』(野崎歓・集英社 '93)
 写真集『孤独の肖像』から転載された数葉の写真が素晴らしい。「小天使がびっくりしたような」ギベールの美貌も素晴らしい。作品も実に素晴らしかった。ポルノ小説の枠組みの中で展開される「書くこと」のドラマ。

☆奥泉光『石の来歴』(文藝春秋 '94)
 実に早く読めた。

☆伊那けい『愛と憎しみー倉敷』(桜桃書房 '94)
「女による女のためのリアル恋愛小説」シリーズの一作品。期待はずれ。男の読むポルノと女が好むポルノの違いか。

☆朝日ワンテーママガジン 36 『ジェンダー・コレクション』(朝日新聞社 '94)
 雑文の寄せ集め。深いテーマだと思うがいまひとつ腑に落ちない。

☆ジョルジュ・バタイユ『空の青み』(伊東守男・二見書房)
 20年前に読んだ。「空の青み」というタイトルが気になっている。内戦前のスペインの青い空とナチスが台頭するドイツの灰色の空との対比。地中海的な抽象とゲルマン的な混濁。

☆アンソニー・サンプソン『ザ・マネー』(小林薫・テレビ朝日)
 原著は1989年に書かれている。柄谷行人が書いていたが、数と言葉と貨幣には共通した構造がある。私が魅かれているのも結局これらが持つ神秘なのだろう。本書は神秘感を解明してくれなかった。

☆足立恒雄『たのしむ数学10話』(岩波ジュニア新書)
「フェルマーの大定理 第2版」にチャレンジするために再読した。

☆アンドリュー・クラヴァン『秘密の友人』(羽田詩津子・角川文庫)
 あのキース・ピーターソンが本名で発表した第1作。映画を観ているような異常なまでのスピード感とサスペンスを味わえた。魅力的なヒロイン、エリザベス・バロウズのことがもっと濃く書き込まれていたら傑作だったのに。

☆村上春樹『ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編』『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編』(新潮社 '94)
「村上ワールド」は幾層にも重なった多元宇宙が不思議な透明感をたたえ厚みと重力を欠いて浮遊している、などと書くとありきたりか。この作品は言語論の書である。

☆R.A.ハインライン他『第四次元の小説』(三浦朱門・小学館 '94)
 数学小説集。

☆牧村僚『若叔母・二十八歳』(フランス書院文庫 '94)
 久しぶりの官能小説。精神と体が疲れている時の必需品?
 

★1994.9

☆篠田秀幸『蝶たちの迷宮』(講談社ノベルス '94)
 塔晶夫(?)の「虚無への供物」以来このてのミステリーからは遠ざかっていた。著者が勤務する北須磨高校の同僚の妹が同じ職場にいて、是非読んでみてほしいと勧められた。期待以上にいい出来だと思う。ただなぜミステリーの形式を採用したのか、よく判らない。

☆堀場芳数『素数の不思議』(講談社ブルーバックス '94)
 深遠な素数の世界のほんの上面をかすっただけの本。

☆『数学セミナー 1994.10』(日本評論社)
 この雑誌は行き詰まっている、と思う。

☆NHKサイエンススペシャル『生命 40億年はるかな旅 1 海からの創世』(日本放送出版協会 '94)
 20億年に及ぶ細胞進化の軌跡は実に刺激に満ちている。それ以後に展開される生物の多様性など、取るに足らない出来事なのではないか。

☆菊池秀行『淫蕩師 鬼華情炎篇』(講談社文庫 '94)
 やはりこの作家は自分には向かない。

☆夏目漱石『それから』(新潮文庫)
 とうとう漱石にはまってしまった。

☆立花隆『臨死体験』上(文藝春秋 '94)
 先月亡くなった父親も臨死体験をしていたのだろうか。

★1994.10

☆天外伺朗『ここまで来た「あの世」の科学』(祥伝社NON BOOK '94)
 実に明快で刺激的な仮説だ。

☆立花隆『臨死体験』下(文藝春秋 '94)
 筆者の立場に共感がもてる。質の悪い神秘主義者より数段格上。

☆山田詠美『放課後の音符(キーノート)』(角川文庫)
 まさしく小説の醍醐味。しばらく山田詠美に凝ってみようか。

☆山田詠美『快楽の動詞』(福武書店 '93)
 もう少し英語タイトルの作品を読み込んでからにすればよかった。

☆常盤新平『熱愛者』(祥伝社ノン・ポシェット)
 こういう恋愛小説を読みたかった。

☆鬼頭龍一『叔母・黒い下着の看護婦』(フランス書院文庫 '94)
 また読んでしまった。

☆高竜也『二人の叔母 淫の血脈』(フランス書院文庫 '94)
☆綺羅光『猟辱上 薔薇の淫香』(フランス書院文庫 '94)
 またまた読んでしまった。

☆長尾剛『漱石学入門』(ごま書房 '94)
 こんな本もありなのだ。

☆五木寛之『蓮如 ー聖俗具有の人間像ー』(岩波新書 '94)
 惣と講の組織論が面白い。さりげなく触れられていた吉野地方の不思議さの中身をもっと知りたい。

☆『秋山仁と算数・数学不思議探検隊』(森北出版 '94)
 子供と寝ころんで読んだ。三角錐の体積が三角柱の3分の1になる理由がよく解った。

☆『数学セミナー 1994.11』(日本評論社)
 今月号の特集「構造」はそれなりに刺激的だった。

☆小林信彦『本は寝ころんで』(文藝春秋 '94)
 こんな感じで「読書日記」が書ければいいのに。パトリシア・ハイスミスとステイーブン・キングを読んでみたくなった。

☆大原まり子『ネットワーカーへの道』(ソフトバンク '94)
 パソコン通信をやってみたいと思っている。

☆『週刊文春 1994.10.20』
 雑誌はよく読んでいるが記録をつけるのが面倒くさい。最近継続的に読むのはダ・ヴィンチやBart、ビギナー向けのパソコン雑誌。

☆『現代思想 1994.9 時間と生命』(青土社)
☆『現代思想 1994.10 天使というメデイア』(青土社)
 特集のテーマに魅かれて久しぶりに眺めてみた。

☆Books Esoterica 第5号『日蓮』(学習研究社 '93)
 近く身延山に行く。そこで法華経や日蓮宗のことを少し勉強した。

☆志水辰夫『いまひとたびの』(新潮社 '94)
 標題作を含む九つの短編集。たとえば農村風景を、甘い叙情が抑制し切れずにじみだすハードボイルド(佐々木譲は週刊文春の書評蘭で「むしろ、志水辰夫はアイリッシュの系列に属するのではないか」と書いている)の文体で描くミスマッチ、そこにしびれてしまうのだからしょうがない。いずれも絶品。

☆常盤新平『熱愛者 ふたたび』(祥伝社 '93)
 典子、悦子、そして続編で登場する信乃。くどいほど反復される性愛の情景がその都度新鮮で刺激的で深い陶酔を読み手に伝達できるのは、ちょっと信じられないほどの筆力だ。

☆荒俣宏コレクション『神秘学マニア』(集英社文庫)
 今月の挫折本。このての書物はわくわくしながら読み始め、たいがい飽きてしまう。結局面白かったのはコンピュータと神秘学の意外な親戚関係に言及した部分くらい。

☆森岡正博『生命観を問いなおす』(ちくま新書 '94)
「意識通信」を読んで以来、注目している若手学者の啓蒙書。生命それ自体の中に「悪」が内蔵されている、このことを見据えた生命学を提唱しているのだが、それがどのようなものになるのかよく解らない。梅原猛の反脳死論批判など「思想評論」の書として面白い。

☆マルグリット・デュラス『エクリール 書くことの彼方へ』(田中倫郎・河出書房新社 '94:93)
 訳者解説で紹介されている映画「愛人」の監督アノーとのやりとりの中でのデュラスの発言「あんたは、なんにもわかっちゃいない。映画というのは、言葉なんですよ!」や別の場での発言「ひとつの単語は千のイメージを含んでいる」を先に読んで、書くことにともなう孤独や生命発生以前の原始性、蝿の死の時間の正確な記述や20歳で死んだイギリス人パイロットや閉鎖されたルノー国営工場の全工員名簿をめぐる「語り物」ならぬ「書き物」にひととき浸ったあと、言葉のもたらすイメージがいかに視覚的イメージによって毒され貧困化されているかを改めて思い知り、書かれた物が本来もっているはずの始源的性格、根源性に改めて気付かされ、「読むことの始源へ」という作品の可能性について思いをめぐらせた。

☆上田安敏『フロイトとユング』(岩波書店 '89)
 西洋法制史専攻の学者が「精神分析運動とヨーロッパ知識社会」という副題を持つ本書を書く。実に興味深い。途中まで読んで、フロイトとユングの対立が単に精神分析学の中での出来事ではなく19世紀から20世紀にかけての西欧二大思潮の上に立ったものであるという仮説に気をそそられた矢先、いったん返却した図書館から何度捜しても本書がみつからなくなった。

★1994.11

『宝島30 1994.11』(宝島社)
 創刊時に比べると随分よくなった。「別冊宝島特別編集」の名に恥じない。

☆斉藤美奈子『妊娠小説』(筑摩書房 '94)
「妊娠小説のあゆみ」を扱った第1章が新鮮で面白い。「山の音」がカルト的妊娠小説の白眉であるという指摘は鋭い。「風の歌を聴け」と「テニスボーイの憂欝」の対比も面白かった。

☆竹田青嗣『ニーチェ入門』(ちくま新書 '94)
 永遠回帰(やはり「永劫」回帰の方が馴染む)をめぐる文章は実に刺激的だった。超人や力への意志を扱ったところはやや凡庸、というより徹底性に欠け、というよりよく解らなかった。ニーチェ熱が再発しそうだ。思い起こせばとにかく最後まで読み通した初めての哲学書が「ツァラトゥストラ」だった。

☆藤沢周平『海鳴り』上下(文春文庫)
 久しぶりの藤沢世話物。絶品。

☆牧村僚『人妻・少年狩り』(フランス書院文庫 '94)
 これははずれ。短編集。

☆『数学セミナー 1994.11』(日本評論社)
 モニターレポートに無限をめぐるエッセイを書こうと思ったが苦悶し、最近実は何も考えていなかったのだと気付いた。

★1994.12

☆吉田健一『ヨオロッパの世紀末』(岩波文庫)
 吉田健一の独特の文体と思考の流れは、辻邦生の解説にあるように確かに癖になる。

☆フィリップス・ソレルス『黄金の百合』(岩崎力・集英社 '94:89)
 陶酔はなかったけれど、存在や欲望と確かに切り結んだ言語表現のざらざらした感触が読後残っている。第一級の文学の凄み。

☆池田晶子『考える人 口伝〔オラクル〕西洋哲学史』(中央公論社 '94)
 「事象そのものへ!」を読んでヘーゲル熱が再発し(小論理学を読み始めた)、中沢新一「はじまりのレーニン」でいよいよ熱くなり、「考える人」を読んでとうとう大論理学を買い初めてしまった(タイミングよく岩波から全集が再版されることになった)。池田の描くウィトゲンシュタイン像も魅力的だ。

☆吉田武『素数夜曲 女王の誘惑』(海鳴社 '94)
 出版案内を見て以来書店の店頭に並ぶ日を待ちあぐねたわりには、そして中身も極めて初歩的な内容であったわりには、読み通すのに二月近くもかかってしまった。数論は本当に面白い。が面倒くさい。

☆志賀浩二『数学が育っていく物語 第1週 極限の極み』(岩波 '94)
 せめて大学教養程度の数学はマスターしておきたい。と思って意気込んで読み始めたものの最後は証明の細部をパスし練習問題をさぼって一気読み、もともと漠然と知っていた知識を確認しただけに終った。読物としての工夫がふんだんに凝らされていて勘所が解った感じになる。最終章のオイラーをめぐる記述が刺激的だった。

☆『特選街 1994.12』(特選街出版)
☆『マンガパソコン入門』(木村浩二監修/木内俊彦作画・サンマーク文庫 '94)
 特選街もパソコン特集。

☆石城謙吉『森はよみがえる』(講談社現代新書 '94)
 こういう書物こそゆっくりと時間をかけて丁寧に味うべきで、細部を読み飛ばしてしまうと濃厚な情報を受け取り損なう。

☆夏目漱石『門』(新潮文庫)
 退屈な小説だ。宗助が禅寺の門をくぐるあたりで構成が崩れかける。退屈だが危うい。深い。深いが軽妙。

☆『数学セミナー 1995.1』(日本評論社)
 フェルマーの最終定理を証明した(らしい)ワイルズの論文の冒頭10頁が原文で掲載されていた。眺めているだけでわくわくしてくる。

☆NHKサイエンススペシャル『驚異の小宇宙・人体U 脳と心 1 心が生まれた惑星 進化』(日本放送出版協会 '93)
 言語の起源を知りたい。言語と心の関係を知りたい。脳が脳を自己認識する時に使われるのが言語だとすれば、まず脳を学ばねばならない。続けて全巻、年末年始にかけて読もうと思っていたが、テレビで再放送された。CGを使った映像を眺めている方がよほど面白かった。

☆大野晋『日本語の起源 新版』(岩波新書 '94)
 朝日新聞で岩井克人が絶賛していたので読んでみる気になった。後書で文化と文明の関係についていずれ論じてみたいといったことが書いてあった。いずれ読んでみたいものだ。

☆ウィリアム・D・ピーズ『冬の棘』(田村義進・文春文庫 '94)
 帯に「ミステリーとはいいたくない」とあったけれど、これは紛れもなくミステリーだ。「もっと大きな小説だ」とは思えない。意外な犯人が判明したところで、だからどうなんだと思ってしまう。よく出来たミステリーほど読後が虚しい。ぼくはもう昔のようにフーダニット系のミステリーを楽しむことはできなくなった。

☆『文藝春秋 1995.1 』(文藝春秋社)
 正月にじっくり読もうと事前に買ってねかしているうちに飽きてしまってそれでもぱらぱら頁を繰っているうち本当に面白くなくなってしまったけれど沢木耕太郎のフォアマンを扱った文章と司馬遼太郎の「この国のかたち」で鉄を扱った文章だけは結構面白く読んだのでひまつぶしにはなった。

☆NHKサイエンススペシャル『生命 40億年はるかな旅 4 奇跡のシステム“性”/昆虫たちの情報戦略(日本放送出版協会 '94)
 生命のことを考えれば考えるほど「情報」とは何かが気になってくる。物質、生命、精神、意識へと至る進化の全プロセスのすべてに情報がかかわっているのだが、情報そのものは実体ではない。関係性こそが情報の本質だといってみても、とりとめがない。