不連続な読書日記(1992.9〜1992.12)



★1992.9

☆ロバート・L・フォワード『竜の卵』(山高昭・ハヤカワ文庫)
 地球の100万倍の早さで時間が進む中性子星「竜の卵」。そこに住む知的生物チーラの進化と、人類との1.2秒間に及ぶ歴史的な接触。久々のハードSFである。そもそもSFに取り組んだのは数年前のW・ギブソンの『ニューロマンサー』以来のことだ。続編の『スタークエイク』もいつか読みたい。なお、この書物は『現代思想としての環境問題』(佐倉統・中公新書)で紹介されていた。

☆パトリシア・コーンウエル『証拠死体』(相原真理子・講談社文庫)
 評判の検屍官ケイ・シリーズ第2弾。錯綜したストーリーと多彩な登場人物を終局のクライマックスへと一気に収束させる手際は素晴らしい。ただ、どこかで読んだという記憶が随所でよみがえる。たとえば真犯人の姿は『羊たちの沈黙』でのバッファロー・ビルを思わせるがやや弱い、といった感じ。絶賛を浴びた処女作を引続き読むつもりだったが、いずれ。

☆牧村僚『女家庭教師と少年 秘密授業』(フランス書院文庫)
 淫書である。アダルト・ノベルと呼ばれているらしい。比較的好きなジャンルである。それもSMものや近親相姦ものよりも、本書のような、どういえばいいのだろう、「年上のお姉さまモノ」(雑誌DIME9/27号の記事による)が好みだ。

☆南聖樹画・今村光一監修『マンガ版スウエデンボルグ』(中央アート出版社・心霊科学名著シリーズ)
 最近、輪廻転生のこと不死性のこと魂のことについて思いをめぐらせている。この18世紀ヨーロッパが生んだ知的巨人にして幻視者について書かれたものは何度か目にした。改めてマンガ版でおさらいしてみたわけである。

☆一条真也『リゾート博物誌』(日本コンサルタントグループ)
 「空間演出のための理想郷カタログ」という副題をもつ。この筆者が取り上げるテーマは、私自身の関心と大きく重なっている。本書は拾い読みで時間つぶしの種にしただけだが、哲学者を扱った部分は面白く、シャルル・フーリエやウイリアム・ジェイムズ(『宗教的経験の諸層』)を読みたいと思った。

☆黒田正治郎『電車の中でできる情報処理』(講談社ブルーバックス)
 電車の中では読まなかった。パソコンを前にして、何日もかけてじっくり、じわじわと体にしみこませるようにして読んだ。BASICの極めて初歩的な入門書だが、随分と有益な本。

☆SIDNEY SHELDON『MEMORIES OF MIDNIGHT』(WARNER BOKKS)
 半年くらいかかったろうか。思いだしては少し読み、興味を失いかけては英語の勉強のつもりで読んだ。内容が薄いなどというつもりはない。それなりに面白いものだった。

☆高橋瑠美子『めぞん一刻』(小学館)
 全15巻を通読したのは、確かこれで三度目。欝っぽい気分の休日をしばし心楽しく、かつ最終巻では一種の感動をさえ覚えながら読みふけった。最高のコミック。

★1992.10

☆小林秀雄『本居宣長』上・下(新潮文庫)
 朝の通勤電車の中、20分足らずの時間を利用して4ヶ月かかって読み継いだ。源氏物語論や古事記伝を扱い、ものの哀れを知るとは何か、からごごろとは何か、そして言霊の働きとは何か等々を論じた上巻は結構刺激的だったが、下巻は筆者も認めるように「くだくだしく」なりすぎているように思えた。それとも読者、筆者の意を汲むに力及ばすということか。

☆蘭光生『飼育休暇』(フランス書院文庫)
 またアダルト・ノベルを読んだ。しかしこれはあまり酔えなかった。短編集だからというわけではないだろうが。やはり由紀かほるのものにすればよかった。

☆ショーペンハウアー 『意志と表象としての世界』(西尾幹二・中央公論世界の名著)
 4年越しで読破したことになる。哲学書でとにかく最後まで読み通したのは、『純粋理性批判』『存在と時間』『ツアラトウストラ』くらいなもの。出来るかどうか判らないが、いずれベルクソン、ウイトゲンシュタイン、スピノザとまとめて論じてみたい。

☆宮崎義一『複合不況』(中公新書)
 1987年10月9日、ブラックマンデイ。そして1990年10月1日、東京暴落。いわゆるバブルの崩壊は、1984年以降の金融自由化の帰結に他ならないと筆者はいう。オンリー・イエスタデイの歴史が、妙に懐かしい。

☆佐藤正午『個人教授』(角川文庫)
☆芦原すなお『青春デンデケデケデケ』(河出書房新社)
 心が陶然とする恋愛小説を読みたいと思った。村上龍の『テニスボーイの憂欝』以来の。適当に選んだ2冊の本は、結果的に青春小説に属するものだったが楽しかった。これまた村上龍の『69』以来。あるいは川本俊二の『ROSE』(文藝第30巻第5号)以来。「個人教授」の方はちょっと村上春樹の世界を思わせる知的に乾いた叙情。「デンデケデケデケ」の方は滑稽でどこか哀しい読後感。不覚にも涙がこぼれそうになった(実はこぼれた)。

☆岡田明憲『死後の世界』(講談社現代新書)
 いま輪廻転生について考えている。参考文献として購入。知的興奮がない。カタログを流し読みしたような感じ。

☆SIDNEY SHELDON『WINDMILLS OF THE GODS』(WARNER BOKS)
 英語の勉強のため、友人から借りて引続きシドニーシェルダンを読んだ。前作より数段面白い。ありきたりな言い方だが、物語の面白さのすべての要素が盛り込まれている。

★1992.11

☆パトリシア・コーンウエル『検屍官』(相原真理子・講談社文庫)
 物語の面白さでは第2作の方が優れているように思うが、『新宿鮫』と『毒猿』の関係と同じで、第1作には捨て難い新鮮味がある。風邪気味で気力、体力ともに最低の状態で、昔ミステリーに凝っていた頃の興奮にやや近いものを感じつつ読了。

☆林真理子『バルセロナの休日』(角川書店)
 恋愛小説を読みたいと思って選んだ。とにかく読み終えた。きっとこの語り口の虜になる読者層はあるに違いない。以前読んだ『葡萄が目に染みる』(だったかな?)のような読後感を期待していたのだけれど、やや欲求不満。

☆柴門ふみ・板元裕二『東京ラブストーリーTV版シナリオ集』(小学館)
 原作コミックを雑誌連載中に読んでいた。あまり印象に残ってないのは、通して読んでなかったからだろう。シナリオを一気に読んで、テレビで見なかったことを悔やんだ。こんな恋愛小説を読みたかったのだ。確か中上健次が脚本家との対談で誉めていた。

☆田嶌誠一『イメージ体験の心理学』(講談社現代新書)
 年に一冊くらいは心理学の啓蒙書を読む。それも大概は「〇〇療法」の入門書のたぐい。今回、本屋での立ち読みで「壷イメージ法」というなんとなく心ひかれる言葉に出くわし、じっくり一日かけて読んだ。望みをかなえる魔法を覚えたような気が軽くなるような読後感だが、いつまで続くか。

☆弘兼憲史『課長島耕作』(講談社)
 コミック。全17巻を通読。これで確か2回目。調子のいいストーリーの連続だけれど、それがいい。

☆赤川次郎『角に立った家』(岩波書店)
 読み始めるとすぐに結末が予想できる。それを確認したくて、一気に読み終える。この作者の作品に凝ると、中毒になるだろう。

☆水上洋子『素敵な朝帰り』(角川文庫)
 恋愛論を読みたいと思った。若い人の、それも女性の書いたもの。ちょうど角川文庫で「女性だからわかる一冊フェア」が始まった。群ようことどちらにしようかと迷ったけれど、休日の午後を一気に過ごせた。しばらく凝ってみたい。

☆水上洋子『恋愛という綺麗なかたち』(角川文庫)
 素敵な趣向。四つの物語をメビウスの帯のようにつなげてみた、と作者はさりげなくいうが、なかなかの筆力。

☆乃南アサ『6月19日の花嫁』(新潮社)
☆笠原 卓 『仮面の祝祭2/3』(東京創元社)
☆黒崎 緑 『闇の操人形(ギニョール)』(講談社)
☆北村 薫 『六の宮の姫君』(東京創元社)
☆折原 一 『死の変奏曲』(徳間書店)
☆宮部みゆき『スナーク狩り』(光文社)
 三連休をミステリー漬けで過ごした。1989年以後発表された、それも比較的若い書き手のものを男女半々で選んだ。一番気に入ったのは北村薫。もっともこの覆面作家(?)の作品はもともと大好きで、これまで刊行された本はすべて読んでいる。芥川龍之介が自作「六の宮の姫君」についてふともらした言葉の真意をめぐる文芸ミステリー。読後の清涼感はまさに逸品。次によかったのは宮部みゆきの作品。やはりサスペンスものが好きなのだ。いわゆる本格推理小説、あるいはパズル小説、フーダニットものは、しばし時を忘れる至福の読書体験をもたらしてくれることもあるが心底好きではないのだ。

☆一条真也『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)
 「幸福創造の白魔術」という副題が付いている。この書物は一気に読み切るのが惜しかった。だから随分時間をかけた。再読したいがその習慣がなかなか身につかない。

☆加藤恭子/ヴァネッサ・ハーディ『英語小論文の書き方』(講談社現代新書)
 何か論文を書いてみたくなった。論理的に無駄のない、引き締まったものが書けそうに思う。『理科系の作文技術』を読んだ時にもそんな気になった。

☆D.H.ロレンス『翼ある蛇』上巻・下巻(宮西豊逸・角川文庫)
 男と女の神話的な結合による自我の檻からの救済。そんな類の思想が表に出すぎていて物語としての陶酔はない。しかし、くどいほどに繰り返されるヒロインの葛藤の描写が思想の観念性をぬぐい、肉体の奥深くにうごめく宇宙的なエネルギーの渦の中で精錬させる。

☆コリン・ウィルソン『宗教とアウトサイダー』上・下(中村保男・河出文庫)
 ウィトゲンシュタインについて書かれた数頁を読むために購入して、ついでに全体に目を通した。途中で面白くなくなった。

☆村上春樹『ノルウェイの森』上・下(講談社文庫)
 出版された時にすぐ読むつもりだったのが、あまりの評判にいつしか読んだ気になっていた。吉本隆明が「愛の不可能性」を描いた近代日本文学史上始めての作品だと指摘していた。

☆平中悠一『"She's Rain" シーズ・レイン』(河出文庫)
 こんな書き方も許されるのかと思った後で、こんな書き方でしか残せない感情もあるのだと、20年以上も昔のことをふと思い出す。

★1992.12

☆風間研『大恋愛』(講談社現代新書)
☆宮城音弥『タバコ』(講談社現代新書)
 最近「現代新書」をよく読む。ここ2月ほどで5冊だ。時々の関心に手っとり早くかたちを与えたくて読み飛ばすわけだが、どれもカタログ本のようで十分な満足を与えてくれない。

☆村上龍『すべての男は消耗品である。』(角川文庫)
 水上洋子に続いて恋愛論の第二弾。村上龍のエッセイを読むといつも元気が湧いてくる。今回は「情報」(インテリジェンス)という言葉の意味を教えられた。

☆宮本輝『愉楽の園』(文春文庫)
 休日を陶然とした気持ちで過ごしたくて、前から目をつけていた作品が文庫化されたのを機に読んだ。(タイとアイルランドが舞台になるものだったら必ず面白いと思う。まして宮本輝なら)でも、ちょっと思惑がはずれた。やや難渋した。

☆村上春樹『国境の南、太陽の西』(講談社)
 島本さんの謎が結局解かれていない。それはしかし欠陥ではない。「森」でもそうだったけれど、それ以上に、いやこれまで読んだ村上春樹のすべての作品がそうだったのだろうけれど、それ以上に、ここには死の予感が、いや死のかたちが濃密に描かれている。

☆市川浩『ベルクソン』(講談社学術文庫)
 ベルクソンの哲学は面白い。形而上学の面白さが判ったように思う。来年は、ベルクソンに凝ってみよう。

☆吉本ばなな『N・P』(角川文庫)
 この作者のものはこれが初めて。率直にいって、期待はずれ。でも、村上龍が解説で書いているように、この小説は吉本ばななの中にある「情報」を伝えようとしたもので、まだかたちを現さない進化の途上にあるものだ。何か、ある。