王権神授説 1980ー1981


   王朝崩壊

私たちの愛した王様方は
追放した王妃様方と駈落ちした王女様方の
幸福な私生活を妬み
“すべての処女を姦せよ”とお命じになり
怒った漁師のネットワークシステムによって
捕捉されフォルマリン漬け
──かくて王朝は一朝にして崩壊したとさ


   分類された王様

私たちのお慕いした王様方は
裸のまま羽毛がはえそろい
大空を翔んでいらっしゃる
とある日 盲目の少年の補蝶器に掠めとられ
複写機で増殖され
ことごとく分類整理されたとさ──


   失われた恩寵

私のかつて存在していたその空虚の中で
ひとつの仕組まれた恩寵劇が上演されている
あたかも世の習いのことごとくが
かつてそのもののために組織されたかのごとく
仮に今神の似姿を垣間見る者の眼が
厳罰の戦きのうちに失明するとしても
私は確固とした信仰心に心を凍らせることなく
否! の一言を聞くだけの気力に支えられて

何ゆえにそれは繰り返されるのだろうか
あり得るはずのない至高の極みの果てに
一切が粉末状態に散逸しいたずらな狂騒にかられ

なしくずしに解明され暴かれていく
その最後の日々の第一日めの興奮へと至る
あからさまな定理の純潔を守護するために?


   理想的な結合

仮に私がRと名付けた女性との
出会いから今日までの一切を語り得るとして
そのような表現の方法があるのならば
私はもはや生き永らえる必要はないというものだ
突如として訪れたのだあのかぐわしい出来事は
たとえ何者のさしがねであっても構わない
私はしきりに感謝したものだったあたかも
自らすすんで虚構の儀式の供物となるように

さて私たちの節度を失った結合は
かりそめの涙に溶け込んだ
不能の花の種子に似て

そのかたくなな外皮の完璧の沈黙から
すべりおちた天体の落胆を誘い
理想的な結合と世人の嫉妬を招きはしなかったか


   沈める王座

独善的な看護夫によって切断された私の脚よ
レンゲ草の咲きそう戦場に埋められている
処刑された私の魂の断片よ
不可視の宮廷における陰謀の首魁として
切り落とされたかつての私の顔面にとどめられた微笑よ
悠久の至幸に自閉の螺旋を描くことなく
沈める王座の復活祭の最中に
万古不易の政治権力を樹立せよ!


   瓶詰された戦争

廃王が発令した戦戦布告は
使者の不心得で都市の排水溝から
百年の長きにわたって海洋を漂い
とある群島の神殿の巫女の手に渡った
瓶詰の戦争は時効審査官の手で開封され
古老達の記憶の彼方で
見えない兵士の透明な血によって洗われた


   未完の王者

   Ⅰ
全面的に校訂された註釈書の下書を束ね
僧たちは異端の都市を放浪する
名宛人のいない印刷発注書を携え
見失われた宗祖の肖像画に似た面貌となって

   Ⅱ
かつて僧たちの脳裏をよぎった異教への憧憬は
今や確とした形態をとり眼前にあらわれる
呪詛の唸りは低く地にたれ込め
取り返しのつかぬ徒労の時間を嘲笑するのだ

   Ⅲ
今しも一人の僧はひれふして告発する
──唯一にして未完なる王者よ
  汝の憂い顔に刻まれし老醜の
  透明なる構成の前に我は一個の石とならん

   Ⅳ
かくて僧たちは囚われ鞭打たれ
喜悦の面容にて異端の都市を追放される
商人は装飾体の請求書をつきつけ
裁判官は大欠伸のあとで一切を忘れ去った


   欠落した頁

   Ⅰ
かつて修業僧にあこがれて
老父母を火刑に処し書架に並ぶ百科全書を再生紙に転記した
あの苦悶の日々の最中
ないがしろにされた処女たちの復讐の唱和にとりつかれ
私は深夜条令改訂作業を中止した

   Ⅱ
隠された王権系統図をめぐって一千年の戦は収拾がつかぬ

街中をゆくうらさびれた書物たちの
ききとられることのないつつましやかな警句のひとつひとつに
私は封印を施し海へ流す
ひそかなとむらいの呪文を空に吐き
私は今日欠落した頁に新たな決意を書き込んだ


   忘れられた詩人
  (あるいは直喩による世界の再現)


   Ⅰ
忘れられた詩人は捨てられた歯車のように錆び付いて空転することはない
古代の聖人の魂が化石するように
わずかばかりの喜捨のために一生を奉仕活動にあけくれすることもない
ただ掠めとられた最良の日々を
追憶と悲嘆と狂気まじりの陽気さで忘れつくし岸辺の華の一本のように
民族の分類作業に明け暮れるばかりだ

  Ⅱ
忘れられた詩人は苔むした城壁のように歪んだ世界地図を展開する


   捧げられた貢物
   ──そのかぐわしいことばども

  語り得ぬ回想
  知られざる戒律
  奪われた花嫁
  遺恨の王権相続
  刈り取られた沈黙
  めぐり会う音楽
  点在する生活の処方
  盗み見られた秘事
  解決されない不連続
  ついに訪れた出発
  書き残された迷図
  たどりつくことのない終末
  回転する存在
  反抗的な求婚のてんまつ
  確かめられたカナリア
  たしなめられた外科医
  講義録に走り書かれた展開図
  星座表は消滅する 闇を突き破り
  彼らによって殺された私
  捨て去られた関係の見取図
  私は見ぬかれている
  形をなさないことばの響きに似て
  そこなわれた回想の糸口はほつけている
  壁のむこうに老若男女が会話する
  仕組まれた復讐劇
  酒にあふれた壷をはりあわせよ
  殺されたままの石女
  殺されたままの石女
  たどりつくことのない原点

なにものかは、既に死に果てている。


   ある断想

疑われた法文の解釈学は失職する
王の怒りはとどまらず──
千編一律の宮廷生活の果てに
疾病ははやりすたりを繰り返し
流行の苦悶の色調に身をやつした貴婦人の
ひそやかなくさめのひといきで
粉砕される憂い顔の預言者──


   奪われた思惟

老学者の永年にわたる思惟の体系が
心ない若い娘の手によって奪いさられた
彼女はもの珍しさに寸刻はこれをもてあそび
やがて飽いて池の中に投げ捨ててしまった

老学者の嘆きはいかばかりであったろう!
彼の生涯にわたる思惟のことごとくは
小さな波紋をよびおこしはしたものの
いとも軽やかに水面で壊れてしまったのである 


   仕組まれた感傷     

投げ捨てた言葉の化粧やつれした地顔で
何事かを語り得るだろうか? たとえ
こみあげる流水の濁流にまみれて
私を撃った娘の双の乳房が奪いさられたとしても

かすかに歌われ続けたあの祝婚歌に
とらわれた花嫁の初夜のおののき
──たとえ既にかすめとられた存在の
影のしからしめるところではあるにせよ


   見捨てられた思弁(未完)

数限りない符合の後に
一切は切り刻まれてしまった
はたしてあれらの近似は
無定量の至福のうちに散逸したのか
それとも
しだいに希薄化する精神の増殖過程に
ないがしろにされた王者さながら
打ち捨てられたのであろうか
ともあれ書き記された「事件」の数々は
かたくなに不動の様相を呈し
名付けられ得る全ての領域において
おのれの思弁の痕跡をきざむのである
ひとつの仮説として提示された世界が
堂々めぐりの空騒ぎのはてに
その行きつく末の記憶の粉末をまきちらし
安らかな眠りを眠ろうとするように
あれらの近似
あれらの符合のことごとくは
たちどころにその身をすべりこませるであろう
何者でもない者の
のびきった影
掠奪された王権の
公布されざる最後の勅令    
あるいは──


  (なすすべもなく…)

なすすべもなく死に果てたその構成 彼らの
誰一人として知らされてはいなかった なに
ゆえに刻み込まれたのか これらの記憶の種
子は ついぞ咲くことのない歴史の花をにお
わせている 讃えられたその非業の死 ある
いは死の残影 おびえることはないのだ な
ぜなら彼らの世界はその一切の装飾のうちに
消滅するであろうからには 咲きそう花たち    
その一切れの花弁に滴る花汁のなかにさえ
我らの見失った未来がかくされてはいまいか


  (誘われた…)

  誘われた不貞の王妃
  斬首された沈黙のコルク栓
  たしなめられた海底の白馬
  書き記す男の右手の中の観念
  閉じられた入口への帰還 
  神々の休息の中に芽吹く毒蛇
  片付けられ分類されたセンティメンタリズム
  歌い手に拍手を捧げる死せる処女王
  なしくずしに切り刻まれる詩想
  不毛な地図の中に記された夢捨場
  書き捨てられたなけなしの紙切れ
  背後から奪われた存在のプライド
  企画された断点と見透かされた意味
  眠りの中に芽吹く不信への誘い
  私を育んだ立枯の樹木の空洞
  永遠の別離としての再会という比喩
  とこしなえの誓いを破るための準備

私はかつてあの見捨てられた島々をむすぶ海流に
身をまかせ 花咲く乙女たちのたわわな肉に包ま
れ息絶え絶えでありはしなかったか?


   纂奪された王権

その娘婿の反逆によって斬首された
老王の魂は今 酷寒の地の
さびれた炭坑夫の心に宿り
不毛な報復の計画のために日々をすごしている

ところで娘は今 
王の愛妾への嫉妬のため
醜く痩せさらばえ
ついには発狂したという

──かくのごとく 纂奪された王権は
見あきた家庭劇を反復するのである


  (忘れられた著作集の…)

忘れられた著作集の
発行されなかった一巻の付記とし
書かれるはずだったそれらの言葉を
復刻することはできない

失われた女たちとの数々の情交を
克明に記述した男の手記
語られることのなかった事件の
経緯を分析した走り書き

それらのことごとくは
公表されることのない不遇と
知られることのない汚辱の物語の一部として

私の閉ざされた書斎の中に忍びより
静謐な読書と思索をおびえさせ
ときとしてその姿をかいま見せはするのだが


   諸学の王者 

おもむろに老王は命を下す
──我に万象を記述せる書を与えよ
臣下の者ども大慌て 深夜の談合の果てに
追放されし哲学者にひそかに使者を送る

──汝の罪を赦すほどに 汝の知識もて
  かかる書物の所在をつきとめよ
哲学者は帰国のよろこびに思わず即答
──私のこの脳髄のうちにこそ

老王は彼を呼びもどし密室にとじこめ
外科医と僧侶の手でその脳髄を摘出
王立図書館の別室に展示

──我はこれより世界の王者たり
臣下の者ども安堵し口々に囁き合うは
──これにて一件落着!


   懐かしい天体

     Ⅰ                       Ⅰ
限られた稜線にうかぶ鋭角的な組成式
の崩壊──後退していく回想の起源へむけて
閉じた書物をつきぬけていく永劫の悲嘆よ
むしろ刻まれた聖斑をはぎとる天女たち
標本として固定された男根の彼岸への祈り
ふたなりの革命思想を解読した少年の
目的のない成長を憎む母親の腐っていく子宮口
上に展開される懐かしい天体への回帰のために

     Ⅱ
打ち寄せる永劫の海の侵食のために
不妊の女は放浪の芸人となって
死児の封じ込められた樹を探す──

うめつくされた浮遊卵よ
釣りあげられた腐肉よ
  汲みつくされた女たちの──


   透き通った思弁

     Ⅰ                       Ⅰ
切り取られた観念のないがしろにされた核
われらの時の王者の衣を剥ぎ取るがよい
たちこもる腋臭に息をつめた処女神よ
一切はおまえの気紛れのうさばらしでしかない

     Ⅱ
見失った中心の座標を書き記したカイエ
かき消えた星座の配置転換への誘い
解明されたメカニズムの蝶の飛翔の最中!


   魅せられた時

死児の封じ込められた樹を探す──
讃えられた数々の恩寵ですら
神々の怠惰な饗宴の果てに
パラドックスの遡及効によって潰え去った
──ひとしきり巡礼の祝婚歌とともに
私といえばあたかも夏の盛り
腐っていく内蔵の臭気に息たえだえ
愉悦の奔流に大地を汚し大空と交わり
等神大の観念のほつれを繕いはしなかったか?


  (断食した鳥たちの…)

  断食した鳥たちの鳥葬
  海水に浸された鳩時計の分解
  裸形の精神によって犯された覚醒
  夢遊病者がとなえる再現のない呪文
  書き止められた緊急発信指令
  たしなめられた楽士たちは夕暮の
  海岸通りを舞踏して歩いている
  捨てられた花弁に重なっていく時
  帰らざるバネの行方にさしかかるラバ
  坂道にころがる観念的な悲哀の予感!


    盗み見られた体系

彼らによって盗み見られた一片の体系表
その隠された意味を解き明かす術は失せた
もはやなけなしの霊魂をひきあてに
万年定期の残高計算を繰り返すしかないのだ
──彼らのうちの誰一人として
燃え尽きた債券を復元しようとは試みない
それというのも一切万事が
えぐりとられた眼球の裏側に解き明かされ 
あわれなムクロをさらしているからには!


  (からまりついた観念の…)

からまりついた観念の残骸
虚仮にされた男たちの採用した独身主義
見破られた波形に描かれた陰謀の展開図

  痛風に冒された老いたる探険家の横穴式住居
  彼らによって犯された花嫁の嘆きと出産      
   コラージュされた精神の形態と色合
  調律された女とのひめやかな交わり

訪ねられた天使の欠伸の中の御宣託       
ピアニストの全盲の指先から紡がれた貸借対照表
──ともあれ何事もなく夜はすぎていく     
死刑の実証の中に私は身ぶるいしている


  (今宵俺の脳髄に…)

今宵俺の脳髄に浮かんだ数々の大量殺戮の企画
──ないがしろにされた老いたる大妃の嫉妬 
彼女が俺に命じた彼女の抹殺
──許された罪 与えられた絶対権限
青白き夜のくつがえされた王権神授説
──かぐわしい処女の血 焼けただれた宮廷生活
我は石なり
一千年の時の長きに打ち勝てり 我は石──