茸たちのために・その他


           茸たちのために

          「私たち」という名前の妖術使いに人間の作り方を教わるため
          その頃私たちの父は毎日森へ入っていきました
          森は もう そこには ない はず です
          なぜなら 森は もう そこ には ない から

              ※

          茸たちよ
          おまえたちのために用意した
          この盛りだくさんのコトバのサラダを
          もう父は食べる力すらないのだよ

          茸たちよ
          私が名付けたものたちよ
          おまえたちにとって私というこの立体的な論理構造は
          端的にいってもう存在しないように思うのだよ

          茸たちよ
          私の最後のコトバを
          その見えない耳で聞いていておくれ
          父はもうおまえたちの
          際限の無い議論や壊れ続ける形態には
          うんざりなのだよ


           フラッグメンタリイ・パトリオティズム

          夜のうちに印刷された明日のカレンダー
          余白には呪いと祝いと吉凶うらない
          ゴシック体の深紅のインク
          祭日には自叙伝を書き上げる
          雑用にかまけて愉快な気分になる前 
          百年後の同年同月 百姓集団洗礼
          千年後の同年同月 老宣教師が嗤った

          朝のうちに配られた今日のカレンダー
          我が母の解体修理作業 遅々にして
          来ぬの道 舗装され通行料は値上げ
          祭日には価格見積表を改訂する
          母の日にデノミネーション枯れる前
          UNITED NATIONS 総会に結集せよ
          字引地響きあげて結審を宣告するだろう

          病のうちに回収された昨日のカレンダー
          駄菓子屋にたかる餓鬼になめつくされる
          あかあかと肥満した一匹の紙魚に
          命日には潜水艦を打ち落とす
          なめしだいたすコンブはきすてる前
          命日にはちょうちんアンコウ打ち落とす
          フラッグメンタリィ・パトリオティズム分断される前


           太陽の作り方

          ぼくの読書計画はいたって簡単なもの
          まず第一に数学書一冊
            あらゆる現象数式に置きかえ
            たちどころに解析いたします
          つづいて医学書二冊
            あらゆる生物解剖台にはりつけ
            たちどころに構造分析
          最期に物理書三冊
            試験官に小型太陽純粋培養し
            世界の光を収集いたします


           言葉のスケッチ

          真白のノートブックに最初のインクをおとすとき
          ぼくの手はひとりでに
              我が生涯の生活と意見
          などと書き始めたものだから
          ぼくはすっかりおじけついてしまって
          ただもう恐くて恐くてひたすらふるえたものだった
          そこにはなにか古式ゆかしい由緒ある
          秘密が封印されているみたいで
          そう思うとぼくはたちまち
          あぶりだしの宝島の地図を
          解読するときみたいにわくわくして
          一気に書き上げてしまったものでした


           ステレオタイプによる修辞学

         1 ぼくは海のように蒼醒めて
           眠るように死んでいます

         2 火を嘗めながらシーツのしみを
           穴のあいた目で見ていました

         3 僕は万巻の書物を読み終えて
           寡黙な石ころみたいに充実していた

         4 しんしんと降り積もる記憶の糸くずにまみれ
           僕はあかあかと勢いよく燃え盛っています

         5 鋭利な時間が自らを切り刻むとき
           僕の思索は鋼球のおもりで落下する

         6 最後のことばを言い切らぬままにこときれた少年の
           くちびるから一本の根がはえてくる

         7 なんて素敵なお人形!
           まるで死んでるみたいじゃないの


           MANHATTAN
               ──詩人になりたい

          マンハッタンの夜更けの街を濡らす銀のしずくの中に
          かくれているセンチメンタルな気分は蒸溜された涙の
          においのする海草のすえた眠りから目醒めたばかりの
          際限ない会話をおもわせながら流れていく時の
          はざまをうめつくす含蓄ある失恋の痛手から
          汲みつくすことのできないベルカント唱法で鳴く
          白茶けた鳥のようだった
              たとえばマンハッタンを焼きつくす火!
          やつらのわだかまりを解消するために催された
          歓談の席上で突然ぼくは裸になりたく思った
          手にとったワイングラスを思うさま投げつけるとぼくは
          叫んだのだ──音楽を止めろ!
                 この売国奴らめ──
          そしてマンハッタンには今日も巨大なメロンが
          ぶらさがっているのだ!
              サボテンを食べたい!


           修辞的な休日

          わたくしの休日はめざめのシニカルな着想に
          淡い日の光りを塗りたくっていくセレモニカルな
          口論で始まるのが常である
          毒ならぬ妻はきっぱりと
          しかし仮定的に語られる別れのための理由を
          いりくんだ関係の中で失念し
          わたくしはといえば見捨てられた幼児の玩具箱を
          空け閉めしてはなまぬるいミルクを一口飲む
          かくしてわたくしの休日は始まるのである


           カスタネット・カスタネラ

          流れる旋律をおいかけてピアノの中に潜入した
          密入国者であったかつての少年の私は
          めくらめっぽうにハンマーで打ちすえられて
          プレリアド・ピアノの若き援護者となった

             マンハッタンを打ちすえた気流は今
             さかまいて金髪の巻毛のアバタ少女の
             日記帳の中にその身を安らえていはしまいか
             昔日をしのぶよすがかみしだいて

          アレクサンドリア図書館の老司書を犯し
          天体観測にあけくれたあの日々をおもいだす
          古代の浜に打ち上げられた死人の喜悦に満ちた恥部が
          私を打ちのめしはしたものの──

             カスタネットにたたき刻まれた
             古代アフリカ人の律動よ

          私のあなたへ
          今夜早く帰っていらっしゃることを約束して下さい
          さもないと私の自慢のこの黒髪がとめどなくのびきって
          部屋をうずめつくしてしまうでしょうから

             それではまたお会いしましょう再び別れるために
             ところで私を見積もっていただけません?


           ゴリラ色の恋

          一筆書きの名手だった 死んだ恋人のために
          金貸しの老婆みたいに 無残に生きられたら

          信心深い女には くれぐれも注意して下さい
          にわとりのコケティッシュに たぶらかされないで

               ハインリッヒ・ハイネに捧げよう
               しおれた花を束ねて作った
               ふかふかのカーペットを

          来年の夏まで 私は眠ろう 深い眠りを
          だけど私を 訪ねてくる人は 呪われるがいい

               ハインリッヒ・ハイネに捧げよう
               ペルシャの陶器みたいに冷たい
               ゴリラ色の恋の顛末を


           月の解剖実験

          みにくい老人とまじわった月に下された判決は
          衆人環視の中 衣を剥ぎとられ踊らされることだった
             ──おお この受身形の連続体よ
          かくされた部屋の入口にまどろむ美女二人は
          ついぞ訪れることのない若き狩人である王子を
          まちわび日に日にしなび追いさらばえていったのでした

          なにもののために一体この世はあるのでしょうか
          なにゆえにあなたはそこにたたずむのか

          すべてが完全さを装っている
          この完璧な配列はどうだ


           言葉摘み

          数知れぬ言葉が
          数知れぬ子供らの手で摘みとられ
          いつか透明な炎にまかれ
          ひとつの響きのうちに溶けあわされる時まで
          屠殺場の檻の中の禽獣のように
          安らかに仮眠している

          雑然と放り出された積木遊びの残骸が
          謙虚な沈黙の内側に
          無邪気な悪意と
          虚心な憎しみと
          思い上がった企てと
          それら一切を秩序立てて秘めているように
          摘みとられた言葉たちは
          荒々しい生殖力と
          むききだしの消化器官と
          見えない地下茎への連絡網とを
          堅固な擬態の裏側に
          密かに刷り込んでいる

          数知れぬ言葉の堆積の裏側の
          数知れぬ断点よ
          腐敗する切り口よ
          いつかあぶりだされるであろう
          根絶やしにされた意味の瓦礫よ
          なにゆえにか燃えさかる零度の炎によって
          垂直に昇天する排中律を
          噛み切られた失寵の嘆きとともに
          戒めよ