廃都論




死者の街(の記述のために)──未定稿


   1

その街は、揺るぎない光と影の交錯が築きあげた
絶対的な静寂に覆いつくされていた。

その街は、揺るぎない光と影の交錯によって築きあげられた
絶対的な静寂が覆いつくしていた。

その街は、揺るぎない光と影の交錯によって
絶対的な静寂が透彫にされていた。

その街は、………静かだった。


   2

とある街角に痩せた裸身の少女が立っていた。
少女の不安な存在がその街の風景に一種の思索的な印象を与えていた。
貧相な胸とかすかな陰毛の中に透けて見えるスリットが
少女の未熟な思索の痕跡を示していた。

とある街角に痩せた裸身の少女が立っていた。
少女の…(解読不能)…視線がその街の風景を切り裂いていた。
貧相な胸と未成熟なスリットが
少女の犯しがたい堅牢さを示していた。

とある街角に裸身の少女が立っていた。
少女のあやうい存在がその街の………………
………………とかすかな血がしたたっているスリットが………
………………………………………………

とある街角に少女が立っていた。
少女は、はらんでいた。


   3

その街で昨夜企てられた陰謀のために
住民は遠くの街へ出かけた。
     ある者は観劇に
     ある者は避暑に
     者は武器を買い出しに。
そして彼らは、少女を置き去りにしたことを忘れていた。

その街で昨夜企てられた陰謀のために
住民は遠い街へ出かけた。
     欠席裁判所の書記官は
     書き終えたばかりの調書に署名し
     毒を飲んで果てた。
そして少女は、子供を産み落とした。

その街で昨夜企てられた陰謀のために
住民は…(解読不能)…で首を吊った。
     死刑執行人は………
     少女は………
     徴税吏は………
………………………………………

その街で昨夜………………



信仰の起源


   1 失墜篇

やがて訪れる末日にそなえて
最初の男はマラソンし
第二の男は哲学を志し
最後の男は釣糸をたれる

すでに訪れた暦日のために
一人目の女は自裸像を描き
二人目の女は万能定期券を拾い
三人目の女はフォルマリン漬けになる

ついぞ訪れぬ昔日にむけて
一番目の私は天体鑑定士となり
二番目の私は老司書を殺し

ついぞ訪れぬ昔日にむけて
三番目の私は神守を辞し
光量子の骨をむさぼり喰う


   2 殺戮篇

踏みつぶされた神の卵
鋼鉄のカラ 追星あらわ
愉悦の如き律動で
死の痙攣 その後蒸発

空揚された天使の球根
非望の尾翼しばたき
自責の如き声調で
死の唱和 その後昇天

劫殺された戒律師の幼虫
緑色なる肉汁滴り
非有の如き秘密符もて
死の請雨 その後蝶葬

分類された信徒の種子
不実ゆえに発育不全
罪喰鳥についばまれ
死の交接 その後焼失

接木された罪人の地下茎
逆光性ゆえに血下
知解の如き面容で
死の浄財 その後招魂


   3 求光篇

錆ついた千匹の蛾         埋められた千羽の鳥類
地を這って巡礼          ばらまかれた光の種子ついばみ
通勤電車に便乗する        万能調律師宙吊り

分解された千本の薔薇       からまった千匹の蛇
発かれた秘部は発条        遠心分離法により脱皮
求婚する歯車かみくだく      天球は黄金分割される


  ──4 査問篇  5 断滅篇  6 積日篇  7 飛翔篇 (未発見)



「唖者劇場のために」のために 1


コケむした老女の彫塑
  その亀裂から響いてくる
呪言
  としての 不在の 未明の
鶏鳴に切り裂かれた私の
  潔白の証
から
  吹き荒れる バリ・ザンボーへの
黎明の問答
  熟した殺意
    見取図 オペレーター
サイ…………
  コロニムヘカテケラリスムス………
  ぬわ らるんくーる りむ らん
から
  塗りつぶせ!
  かるらもん ちーず
せいうち 漁師たちの夜合
イサリビナ
  たらりす
    こーるめく 今朝のちかい
から
から
から
  アスファルファン
  ル ル ルン ルン め!

      ※「唖者劇場のために」(富哲世氏の作品から)


「唖者劇場のために」のために 2


けずりとられた遺跡のカケラを
粉末にして私は袋につめた
旅を急ぐ私の兄弟たちのために
芝居小屋の解体工事は今日も続く

受難の告知されなかった日を
私は指折り数えて待ちましょう
白馬にまたがった老王からの
求婚を待ちあぐねて
ドーモーな花の萎れてどうと倒れる日を

カラダがくずれおちて
痕跡だけになった私の たましい

あなたがたが
茸たちを殖えたあのパラダイスから
くさっていくわたしの根をもやす火がさかっています



擬態的歩行の記述の試み
    ──あるいは都市における歩行術


   1

 都市を覆い尽くしたあのコロシアム劇の日々もその抽象的残酷性ゆえに取り返しのつかないなしくずしの腐乱に喘いでいる。散佚したエネルギーの過ぎ去った更迭劇への郷愁を一陣の涼風がかきたてる今、いたずらに限定出版のからくりの電話帳の中に安閑と捕虫器を軋ませているわけにはいかない。なぜなら我々は鳥類図鑑の欠けた頁の補填作業や自動レジスターの分解修理に因果律を読みとることには厭きてしまったからだ。我々は風景の彼岸に屹立する極光の黒澄んだ戦きの裡に沈んでいく熱力学第一法則を呪うことはよそウ。そして静かに(できれば刺殺者のように)歩行しようではないか。その時すでに歩行は萎れたゼンマイ仕掛けの原子爆弾のように軽やかであろう。

   2

 歩行は敬虔な静謐のうちに始められなければならない。密会を終えた敗残兵の確固たる足どりであらねばならない。地下茎を断ち切って舞い上がる鳥どもの倨傲に模倣わねばならない。そしてなによりも仮初の聖者の汚れた狩衣の優麗を旨とせねばならない。

   3

 都市における歩行の根源的本質は、その完璧な匿名性と他律性の故に、すでにある一部有識者をして次の如く断言せしめたほどの一種不可解な尋常ならざる相貌を呈している。
すなわち、都市における歩行の形態学的研究の結果、有機的生命体から無機的生命体への進化はいよいよその第一過程にむかいつつある。
 しかし、われらの時代の古典的進化論に裏打ちされた枠組みの中にあっては、切符切り駅員が自動改札機に発展的解消し得ることは、とおの昔に予言されたことではないか。

   4

 街をバッチ売りの少女が徘徊している。なけなしの浄財をはたいて、私はその身体障害児が作ったといるいびつな七宝焼のバッチを大量に買い込んだ。そして精確に10メートル間隔で捨てていく。最後の一個のバッチを手にした私は、いつか自分自身もまた、歪んだ肉体の所有者であることに気付く。
 かくの如く、都市における歩行は、いたずらな発見に満ちている。



飛翔のための序説
    ──地下には千の鳥が眠っている

 爛れた地下茎に水夫の葡萄色の魂が産卵されている。なけなしの一生を敬虔と禁欲と節水に明け暮れした老母の亡霊が宿っている。
 街には株式配当人の声高い嬌声と徴税執行人の慎み深い方尿が満ちている。酒精中毒の売笑婦は気紛れに訪う傀儡師との床入りを待ちこがれている。
 斜坑を千の水脈が犯している。冷凍された漿液の饐えた水路は寡黙に海へ連なっている。
海には鳥どもの種が蒔かれている。湧き立つ泡の中で死は安酒に酔っている。


句集


1 神学校[セミナリヨ]出て 鏖殺されし 蝉時雨かな

2 夏茸 からまったままに 人眠る

3 石斛[デンドロビウム] 穿鑿好きの 穿鑿好きの

4 蝉茸[セミタケ]の セミコロンに似て 骸かな

5 供物もて 松果体 塗抹の 聖歌隊

6 夏服に 白き汚れの 少女かな

7 霊猫香[シベット]の黒き人 吐血の果てに 死せり

8 宿坊に 黒き蝶の舞い来て 眠る人

9 生まれ得ぬものの 名付けの儀式 唱和しばし止む



ある植物的な体験


   1

 それは私がいつも仕事帰りに立ち寄る古書店で知った。
 カストリ雑誌を思わせる古めかしい装丁の、陳腐な文章と安っぽい写真とどぎつい図版で埋められたその書物は、密かに流通しているあやしげな情報誌であった。「秘密クラブ特集」という見出しに惹かれて読みはじめた私は、そこで「ミゼラブル」というクラブの存在を知った。それは以外にも私の職場の向いにあるギリシャ正教会の中にあった。

   2

 ミゼラブルへの入会を許されるためには、ギリシャ正教とは名ばかりのいかがわしい偶像崇拝教徒になることが条件であった。
 私は日曜日毎に礼拝を義務づけられた。礼拝は黒い布を被ったなにものかを見据えてひたすら言葉を紡ぎ出していくだけのものだった。薄暗い礼拝堂には終日低い呻きのような呟きが立ち篭め私はしばしば言葉を失いかけたが、礼拝を重ねるにつれてあたかも私の口を借りてなにものかが言葉を送り出しているかのような錯覚にとらわれるようになった。

   3

 ミゼラブルへの入会式は深夜執り行われた。私は全財産を寄付することと今後世俗の世界との交渉は許されないことを言い渡された。私はすべてを承諾した。
 これらの一切は告解室で行われた。私は私にまつわるすべてを語った。語り終えると私はそれらをことごとく忘れていた。

   4

 儀式が終わると私はマルロという名の僧侶に導かれて教会の奥へと連れていかれた。
 マルロは青臭い檸檬を絞った後のような匂いを持った、国籍不明の整った顔立ちの少女だった。薄れゆく記憶の中で私はその顔が、私がこれまで見たすべての女に似ていることに気付いた。そのことをマルロに告げると、マルロは無表情のまま私もあなたを知っていますと答えた。私はそれ以上考えることを止めた。

   5

 私が連れていかれた所は、天井も床も壁も漆喰で固められた狭い部屋だった。窓はないのに光りが充満していた。
 マルロは衣服を脱いだ。その肢体は白く光りの中に溶け込むかのようだった。私はマルロに促されて、陶器を思わせるその冷たいからだに触れた。その時マルロは始めて幽かに微笑らしき表情を浮かべた。それは一瞬に消えた。私は軽いめまいを覚え、自分のからだを一個の物体のように感じた。

   6

 マルロとの奇妙な共棲が始まった。私は出口の失せたその部屋にただ一人居る。マルロの姿は見えない。もしかするといなくなったのは私の方で、ここに居る私がマルロなのかも知れない。だがそれはどうでもいいことだ。
 とにかく私は幽閉されている。それがどこだか分からない。ここではすべてが満たされている。私は満足している。



緑色の部屋


 その部屋は床も壁も天井も整然としつらえた家具類も すべてが緑色であった(濃淡によって個々の物が区分されてはいるものの)。窓がなく採光のための工夫の跡すらなく 物自体がみづから発する光によってその存在の輪郭を顕にしている(もっともその光は可視界に達するやたちまち緑の波長に調律されてしまってはいたが……)のであった。

 (男が緑色の部屋に幽閉される)

 男を襲った最初の眩暈は 物が平面的に見えること 遠近の感覚が剥離していくことであった。だがこの感覚の崩壊は 物がその形態の裡に所有している「深み」を視てとることで均衡を保った。

 (女が忽然とあらわれる)

 しばらくして男は冷たい空気のそよぎを感じた。振り返ると裸体の女が立っていた。
 女は淡い輪郭のゆえにか 目に見えないスクリーンの上に結ばれる映像のようだった。金属的な輝きをうかべたその裸身はおよそ生理的なにおいとは無縁の「物体」であった。ただ無造作にのびきった髪とわずかに濃い緑の影をとどめる恥毛が無機質の女の表情にそぐわず生ま生ましかった。

 (女が横たわる)

 女は歩み寄り男に向って手をさしのべた。女の冷ややかな手が男の額に触れた。女の緑色の眼球に男の顔が映った。女は男を誘って大理石の寝台に身を横たえた。
   私ニ触レテクダサイ
   私ヲ視ツメテハ イケナイ
 女はそういうと眼を閉じた。

 (女が揺れ動く)



母の思い出


 母の思い出を語るのは苦しい。なぜなら母とはむしろ語り得ぬものの一切(たとえば無残にも志し半ばで処刑された祖父の今は忘れられた遺言であり、あるいは王位を拒み伯母達とともに自殺した兄達)をその身に秘めた一個の観念だからだ。

 私達の一族は「選ばれた」者とよばれていた。丘の上にしつらえた宮殿には村の若い女達が一年毎に入れ替わりやってきては私達の身の回りの世話をやいてくれた。それというのも村の男達は皆不能者だったからである。一体その風習がいつ頃から始まったのか知れないが、村で生まれた男はその場で断種されるのである。だから村人は「選ばれた」一族を養いその血と交わることによってその子孫を絶やさぬほかはないのである。

 だがそれだからといって私達が村人の上に君臨しているわけではなかった。確かに王と称される者はいたがそれとてもなんら特権を与えられてはいず、ただ押し付けられた権威怩ニそれを裏付けるために課された数々の戒律とに縛られた残酷な人身御供でしかなかった。王位は必ず血でもって奪われねばならず、また悲惨な最期を遂げてこそ王は偉大なのであった。

 母は先の王の愛妾でありその娘でもあった。私達一族の女は皆一様に青ざめており物静かな思索的な女が多かったが、私の母は違っていた。母は激しい気性の持ち主で、与えられた役割を筋書き通りに演ずるだけでは飽き足りなかった。(もっともこのような母の性格も村人の目には、慣例化した政権交替の繰り返しを破るために何年かに一度現れる「恐ろしい女」の一人にすぎなかったであろう。また母がその意図せざる役割を演じきった後見舞われた運命をある期待とともに見通していたことも間違いのないところであろう。)

 母は私を王位につけるために、あらかじめその収拾策の相談された反乱劇を利用した。この事件は先の王の父親が叛旗を翻すという近来にない趣向だった。もっともこの反乱は第一王位継承権者である私の兄達によって制圧されることになっていた。母はこのからくりに怒り一族の集まりの席で「陰謀」を暴露したのである。このことは村の娘達の知るところとなりたちまちのうちに村人達の興奮を招いた。このため王は反乱を未然に防がねばならなくなり陰謀の首魁は厳罰をもって報いられることとなったのである。村人は久しく絶えていた血で血を洗う王位争奪戦の始まりを祝った。そしてこの事件の後彼らの期待をいやがうえにもかきたてる事件が起きた。兄達が次々と王位を拒む遺書を残し伯母達とともに自殺したのである。村人達は毒殺を噂し、事実兄達は母の手で葬られたのだった。

 こうして私は今一族の王である。王位についた夜私は掟により先の王の妃と交わることとなったが、その時すでに妃は殺されており私の寝室に忍んできたのは母であった。私はあの夜の陶酔を忘れることはできない。母はあらんかぎりの秘術を尽くし父をそうしたように私をとりこにしようと努めた。それはほとんど殺意に近い気迫であった。

 だが母の役割は終わった。「選ばれた」一族の血は絶やされてはならない。母は村人に興奮を与えたが私は彼らに安堵を与えねばならなかった。とめどない殺し合いに終止符を打つべく私は母と、母との間に生まれた我が子を謀反の罪で処刑した。母は最期の時までいささかの乱れも見せなかった。

 母の思い出を語るのは苦しい。



人売り


  ……少年は1851年ロンドン博覧会に出かけいまだに帰ってこない……

   1

 とある晩秋のうらさびれた街での話だ。男が一人長旅の疲れを色濃く止めた姿を現した。日に焼けたその顔は何事かを耐えているようでもありあるいは一切の思索を放棄しているようにも見えた。実際のところ男は喉の渇きに悩まされていただけなのかもしれなかった。だが今となっては知る者はない。

   2

 男が入った酒場はだだっ広い板敷きのほこり臭い店だった。客はいなかったがさっきまで何人かの男達がいたことを示す痕跡はあった。大きな掛時計が昼下がりの時刻を告げか怩ッたがそのまま止まってしまった。男は何事かを言いかけたがそれは言葉にならなかった。

   3

 だれもいないのかと思って男は調理場を覗いた。そこでは醜く太った若い女が爪を切っていた。女は男に一瞥をくれたがそれっきりまた爪を磨ぎ始めた。
 「冷えたビールはないですか」男──言い忘れたが男は古めかしい礼服に身を包んでいた──の問いには答えないで女はじっと男が手に持っている鞄をみつめていた。

   4

 生温いビールを飲み干した男は突然形相を一変させると怯えきった女に跳びかかった。 「黒い子供を産んだのは君だね」男はそう言うと女を後手に縛った。

   5

 それ以後女の姿を見た者はない。
 これは推測だが男は人売りだということだ。女は多分どこかの屋敷に爪切女中として売られたのであろう。街の人々は黒い子供を探したが見つけることはできなかった。
 男がどこへ行ったのかは分からない。何年か後男が街はずれの古木に首をくくって死んでいるのを見たと一人の少年が言い張ったが誰も信じなかった。