葡萄状連詩


            1

          人々の吐息の重なり
          内省的な石灰石(ライム・ライト)
          慄きの造形
          眠りながら歩く男
          そして
          失われざる あるいは
          既に存在し尽くした
          フラットアイロン・ホテルにて

            2

          分割された彼女の
          統治者の 不在
          あるいは そして 同時に
          装飾字体による 最後通牒

            3

          三人の少女 葡萄状の 眠り
          蛇の挿入 顔のない 初潮
          遠心力の 勝利
          標本にされた 穴(セックス)

            4

          風を孕んだ 脚
          切り取られた 欲望
            踊る女は みごもっている
            その体は いましめられている
            匿名の 肉体
            苛まれた 乳房
          踊る女は おしひしがれている
          踊る女は 眠っている
          踊る女は 救われない

            5

          銅版の上に刻まれた花たちよ
          削りとられた背景に
          体臭は塗り込まれている

            6

          何者かによってデッサンされた石膏像
          陰影に意味の残滓を留めて
          破られた楽譜 弦の切れたヴァイオリン
          不在の 支配者の 不毛の
          関係づけられた 時間の他に
          そこには何もない

            7

          音楽 たきこめられた香の
          肌理のあらい粒子 にくるまって
          姉は弟のために 凍りついて いる

            8

          風の中に溶け込んでいる 女たちの
          嬌声 つやめいたにおい ほとばしり
          俺は 肺の底まで吸い込んでやろう
          そして はすかいにお前たちの肢体を
          値踏みしてやろう と思う

            9

          陰欝な緑色の深い重なりの彷徨
          石器時代の兵士の亡霊が
          透けるばかりの巨石に並んだ
          敵兵の首を検分している
          おお 馬は太古から
          そこに立っている
          群舞する神話の語り部たちよ
          冷酷なまなざしで
          私の運命をみつめているのか そこで

            10

          徴税執行人が立ちすくむ
          金鍍金された土地のここかしこ
          利殖家によってはぎとられている
          エレクトス エレクトス
          予定調和の教説に鼓舞されて
          突きあげられた間歇泉を透かし
          無骨な裸婦にいだかれた
          おまえの楽しげな死相が 突如として
          かいま見えるではないか

            11

          一切は私の記憶のうちに眠るだろう──
          そして繰り返すがよい たとえ歴史の酷薄な
          吐息に身をくさらせようとも

            12

          白一色の空
          糸状の影を砂漠に落とす樹の生殖
          祈る男 歩む三人の老人
          ギザのピラミッドは
          呆けて眠っている

            13

          すかしぼりの幼児たちの手に
          銀鍍金された葡萄が摘み取られる
          果実は犯されざる妊婦
          不在の神の夜伽ぎのために
          狩り集められた者たちは
          既に結審した審判の陪審員として
          重いカーテンの向こう側に待機している
          ──私はそれらすべてを見ているが
            誰も証人喚問を申し立てない

            14

          首狩り人のために
          捧げられた 花
          装飾されたおまえのエロスを
          中心で嘲笑う者は
          とこしなえに 死んでいくのだ

            15

          隠された処女の吐く息のために
          腐敗した植物が
          系統樹の地下茎によって分類されている

            16

          水平にわずか数秒の狂いを残して
          農夫の置き忘れた鍬の柄
          アニメのロボットの見開かれた両目のように
          朝顔の一輪空に咲く 土壁に刻まれた
          農家の貯蓄残高
          斜めに欲望の触手をのばす無名の低木
          エトセトラ エトセトラ
          これらの田園の憂欝めいたにおいが
          たまらなく 私は好きだ

            17

          母の胸にすがりつき 眠りを眠る
          老いたる幼児 パルテノン テラノドン
          ぐれたガルボの半生が プレタ・ポルテ
          ストライプなメランコリーのニジンスキー
          さながら
          私は 私の 私に 私が 私を 私へ 私と
             空を舞うギャルソンの
             のろわしげな 吐息に
             悶絶したいと 思わないかい?

            18

          のろわし気に あなたは
          森羅万象 ことごとく あからさまに
          白眼視するので あるか
          壁にかかった 楽器らは
          マイスタージンガーの彷徨を
          さかしまに かみくだいて
          暗示しているではないか
          さてこそ あなたは いたずらに
          時のさかまきに たじろくので あるか

            19

          おまえのいびつなくるぶしに
          おまえのみにくい大腿部に
          おまえの突き出した丘に
          おまえの底知れぬ双丘に
          おまえの醒めきった口元に
          おまえの鋭く空虚な眼差しに そして
          おまえのアンバランスな垂直線に
          祝杯を 祝福を 祝祭を そして
          そして そして そして…

            20

          酔い痴れて ヴァックウアヌスよ
          眠れる ヴォッツィツェィリュウスのヴィユウヌウアスよ
          武装せし ムウアウウウルウスウよ
          死せる ジェイズウアス・クウアリュウイヌウトウよ
          溺死せし アキュウイレエイウススよ
          視よ!

            21

          眠れる欲望──のすみか、盲目の、カマキリ状の、意思
          包みかくされた、空虚な、不定型の、音楽の抹殺の為の
          カラクリ、そして、幾何学の、復習

            22

          老人の骨ばった手先に切り取られたウロコのある鳥
          何者をも象徴しない休息の為の準備

            23

          吊り下げられた直線を包み込む眼のある翼
          保護色めいた血の気の失せた記憶のペンダント
          純粋にデザイン上の苦悶を秘めた
          ストイックな形態の裡に
          ヒエログリフを紡ぎ出す 知性よ
          受難者の為に唱和する合唱隊の規律ゆえに
          発明家の愛人は失踪し
          歴史家の妻は失神する

            24

          ココア色をした長方形の小さなアルミ缶が煤けた半透明の空瓶
          と寄り添っている。その瓶に触れてパレットが開かれている。
          ほとんど黒に近い緑と瓶の色と見紛う薄汚れた茶と紫の名残を
          止めた水のにじみ。パレットの下に紙が二葉。失色した日光写
          真のような陰をうかべている。半分ほど使われた白絵具の
          チューブと削られたばかりの鉛筆。ハケで撫でつけられた色の
          痕跡のあるベニヤ板。上方は黒い。

            25

          その重さのうちに 虚ろに響く ターム
          時の生成する あり得ぬ場としての 器
             かつて 名付けられた 腐乱の 屍体
             その骨 沼に身をさらし たて続けに

            26

          その配列に込められた祈りとは?
          今しも少女が自分の影を踏みながら歩く
          木靴の音が巨石の堆積の暗号を解き明かしはしないか
          アンデスの山中にその都市はある
          くるぶしを覆った重いスカートに風は封じ込められている
          瓦礫となった歴史 何千年の風景のスケッチノート
          沈黙の中で雪は溶け始めている
          少女は歩く──いや少女は空に漂っている

            27

          生物進化の系統樹は根毛に護られて
          老いたる学問僧の分類癖を愚弄し
          脳腫瘍を飼育し広告文案を募集する
          累々たるトウモロコシの谷の
          タイムカプセルの眠りの一粒一粒に
          書き記された言葉──
          遺産相続人たちよ
          かつて署名した契約書の写しが化石しているのを
          そこに見たのではなかったか?

            28

          私の書斎に棲んでいた鳥たちの囀り羽撃き
          それらことごとくを私はカーペットに縫い込んだ
          溶けた片目のシナの老人貴婦人とともに──
          狩りとられた紙々の幼年期よ
          よごれていく私のカラダよ
          息づいた男女の群なす輪唱に
          流されていく一滴の雨の透明の中で
          偽装の血族の葬儀が進行しているとしても
          私は窓から夜を見下ろしていよう
          フラット・アイロン・ホテルにて

            29

          幼児の屍体をかかえて老女は笑う
          腐った鳥のにおいをふりまいて
          約十秒の間鳴り響いた啓示
          たち込める愉楽の因果律
          間もなく街から女どもがおしよせてくる
          ──鳥たちに 答えて やってくれ
          ペダンチックな 夜は 嫌いだと
          フラット・アイロン・ホテルにて