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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.278 (2005/05/29)
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 □ F・W・ニーチェ『キリスト教は邪教です!』
 □ 湯山光俊『はじめて読むニーチェ』
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●956●●F・W・ニーチェ『キリスト教は邪教です!
  ──現代語訳『アンチクリスト』』(適菜収訳,講談社+α新書:2005.4.20)

 「はじめに自己紹介をいたします。私は言ってみれば、北極に住んでいるのです。
」──既訳本と読み比べてみたわけではないけれど、これほど一気に読みきること
ができるニーチェ本、いや哲学書はめったにない。ほとんど小室直樹の文体で綴ら
れた、字義どおりの啓蒙書。啓蒙書というよりはプロパガンダ本。ここで主張され
ていることを箇条書きにすればほんの数行でおさまる。キリスト教は病気です。パ
ウロは「憎しみの論理」の天才です。僧侶は嘘つきです。イエスは仏陀です。キリ
スト教に魂を汚されてはなりません。高貴に生きましょう。キリスト教に鉄槌を!
 
 こういった実質的な内容(ニーチェの思想)を知るために、ましてやニーチェの
哲学やキリスト教というものを勉強するためにだったら、この本を読む意味はほと
んどない。湯山光俊さんが言うように、ニーチェは読むものとしてではなく聞くも
のとして文章を書いている。「それは生きた言葉であり、語るものの情動の動きを
そのままに音楽のように表現しうるものでした」(『はじめて読むニーチェ』)。
『アンチクリスト』はまさに歌うように語られた扇動の書物。ひとつの「気分」(
精神の律動)を直接に読者の脳髄に立ち上げようとする演説であり、説教である。
適菜収さんの「超訳」(松原隆一郎)は、いかにもニーチェにふさわしい。もっと
毒々しくパセティックであってもよかったのではないかと思ったが、これは趣味の
問題だ。

 ちなみに、この本はドゥルーズの「ニーチェと聖パウロ、ロレンスとパトモスの
ヨハネ」(『批評と臨床』第6章)を経てロレンスの『黙示録論』につながってい
く。福田恆存訳の『現代人は愛しうるか 黙示録論』(中公文庫)は名訳だった。

●957●湯山光俊『はじめて読むニーチェ』(洋泉社新書y:2005.2.21)

 本書は三つの章からなる。ニーチェの生涯を『ツァラトゥストラ』に出てくる精
神の三つの変化に準えた時代区分(駱駝の時代・獅子の時代・幼子の時代)にそっ
てたどる第一章。趣向は面白いが、せっかくのアイデアを十分にいかしきれていな
い。ヴァーグナー・コージマ・ニーチェとレー・ルー・ニーチェの二つの神話的三
角関係をめぐる叙述も物足りない。ニーチェの主要作品を紹介する第三章。独立し
たブックガイドとしても読めるが、これはやはりニーチェの思想を解説した第二章
の付録。

 この本は第二章が圧倒的に素晴らしい。湯山さんはそこで、ニーチェが発見・発
明した三つの概念(アポロンとディオニュソス・永遠回帰・力への意志)と二つの
心理学(ニヒリズム・ルサンチマン)と四つの文体=方法(詩・アフォリズム・キ
ャラクター・系譜)を、ニーチェの生理と生涯とその著作に、そしてデリダやドゥ
ルーズやアドルノなどに関連づけて解説している。

 わけても文体論が画期的に素晴らしい。この本のハイライトをなすと同時に、そ
の叙述のいたるところに湯山さんの独創がちりばめられている。未来の文体であり
音楽の精神を体現したリートである「詩」、未来に書かれるあらゆる書物の書き出
しでありあらゆる始まりとしての永遠回帰そのものである「アフォリズム」、身振
りや声を備えた生でありニーチェの悩める身体そのものである「キャラクター」(
概念的人物)、そして歴史のうちに無数の中断(離接点)や不連続(分岐点)を見
出す複眼的な遠近法でありそこで生成される価値を生存の法則としての力への意志
として変換していく「系譜」。

 このニーチェの文体をめぐる四つの論考を構成の中軸にすえて、その生涯と著作、
概念と心理学をこれにそくして配列しなおし、さらにニーチェ自身の文章をふんだ
んに引用・抜粋し、そこに湯山さんの解読と飛躍を重ね書きしていけば、もっとも
っと素晴らしい本になったことだろう。

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