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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.269 (2005/03/21)
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 □ 内田樹『他者と死者』
 □ 内田樹『先生はえらい』
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●926●内田樹『他者と死者──ラカンによるレヴィナス』(海鳥社:2004.10.20)
●927●内田樹『先生はえらい』(ちくまプリマー新書:2005.1.25)

 レヴィナスの著書はまだ読みきったことがない。最小限の「蔵書」をモットーに
している部屋の本箱には、ここ数年来、講談社学術文庫の『実存から実存者へ』(
西谷修訳)と『存在の彼方へ』(合田正人訳)、ちくま学芸文庫の『レヴィナス・
コレクション』(合田正人編訳)がほとんど手つかずのまま眠っていて、どうして
も「整理」することができない。いつの日にか必ずや耽読することになるであろう
という確信がある。というのも、これまでに読んだレヴィナス関連本がいずれも劣
らず印象的かつ刺激的だったからだ。レヴィナスの名が題名に出てくるものだけを
列挙すると、熊野純彦の『レヴィナス入門』と『レヴィナス 移ろいゆくものへの
視線』、合田正人の『レヴィナスを読む 〈異常な日常〉の思想』、小泉義之『レ
ヴィナス 何のために生きるのか』の四冊で、どれも第一級の力作。これ以外にも、
論述の決定的な局面でレヴィナスが援用されていた書物が何冊かある。

 昨年『死と身体──コミュニケーションの磁場』に続いて読んだ内田樹の『他者
と死者』は、これまでに読みえたレヴィナス本やレヴィナス関連本のなかでも群を
抜いたとびきりの面白さだった。それ以来、折にふれては部分的に読み返し、その
つど世界の様相が一変するような驚愕を覚え、しかしすぐに忘れ、また読み返して
は随所にちりばめられた叡智の言葉に感嘆することの繰り返しで(なんといおうか、
「中間的なもの」にとどまる強靱な知性の膂力に圧倒されたとでも)、軽々に感想
文や書評めいた小文を認めて本箱から「整理」することができなかった。

 もうすっかり内田節に魅了されてしまって、「時間論」と「身体論」が論じられ
るというライフワーク「レヴィナス三部作」の完結篇を心待ちにしつつ、レヴィナ
スの「師弟論」「他者論」「エロス論」を考察した前作『レヴィナスと愛の現象学
』を眺めては禁断症状の予防につとめていた。そうこうしているうちに、若い人た
ちを相手に「近所のおじさん、おばさん」が学校でも家庭でも学べない大事なこと
を教える、というコンセプトで創刊された「ちくまプリマー新書」に内田樹の『先
生はえらい』がラインアップされていた(他は、橋本治と玄侑宗久と最相葉月と吉
村昭)。さっそく入手して一気読みして、こんなに難解でひねくれて謎に満ちた書
物を「若い人」に読ませるのはとんでもないと思った。もったいない。秘伝書の中
身をこれほどあけすけに語ってしまっていいのか。いいんです、そこに慈愛があれ
ば。内田樹ほど「近所のおじさん」にぴったりの慈愛の人はいない。

 ──『他者と死者』は私の年間ベストどころか、もしかすると生涯にわたるベス
ト作品の候補にノミネートされるべき本かもしれないと思う。そういえば、毎日新
聞の「2004年この三冊」で養老孟司さんが(佐野洋子『神も仏もありませぬ』と加
藤典洋『小説の未来』とともに)本書をとりあげていたし、朝日新聞の「今年の3
点」でも高橋源一郎さんが推挙していた(他は、中沢新一『対称性人類学』と斎藤
環『文学の徴候』)。内田樹さんは養老孟司の評価がよほど嬉しかったのだろう。
2004年12月20日付けの「内田樹の研究室」[http://blog.tatsuru.com/]には次
のように書かれている。

《養老先生は「真のリアリスト」である。/そして、真のリアリストはいわゆる「
リアル」といわゆる「ファンタジー」のあわいが「リアリティ」のすみかであるこ
とを知っている。/私が『他者と死者』という本に書き連ねたのは私の「ファンタ
ジー」である。/でも、この「ファンタジー」は長い歳月をかけて私の中に根を張
ったものであり、私という生身の人間はこの「ファンタジー」をビルトインしたか
たちでしかもう成り立たない。/この本で私は「他者」について書いたのだが、私
の「他者」は哲学的な概念ではなく、レヴィナス老師であり、多田先生であり、亡
き父であり、東京で元気に遊んでいるるんちゃんである。この方たちとのかかわり
は私にとって「リアルなファンタジー」なのである。/レヴィナス老師の書物を読
むことも、多田先生の下で修業することも、父の位牌に(釈先生からもらった)お
香を焚くことも、るんちゃんにクリスマスのおこづかいを送金することも、「なに
げない生活」の一断片である。にもかかわらずそれは死や時間や暴力や愛について
考えるときに、私が参照できるもっともたしかな経験なのである。》

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